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家族(後)

「本当に、薫なのか?」

「そうですよ。どうかしましたか兄上?」

「お前・・・一体どうしたんだ? その格好は?」

「どうしたのって、見ての通り私の私服ですよ。どうですが兄上! 結構似合ってますか? この制服似せるのに結構大変だったんですよ」

 薫はボストンバックを肩から下ろし、驚く亮の目の前でくるりと回ってスカートの裾を摘み上げて見せた。エレガントな女性を演出して見せているが、薫は正真正銘立派な男だ。だが、その容姿は女性の中でも美人の分類に入る程だ。道で男とすれ違えば間違いなく10人中10人は振り返るだろう。

「似合ってる、似合ってないの問題じゃねぇだろうが。何で女装なんてしてるんだよ? しかも声まで変わってるし!」

「そうですね、兄上と最後にあったのは5年前のインドシナ半島紛争以来でしたから、それ以降のことは知らなくて当然すね。あの時、政府軍にいた私はまだ11歳の少年兵で、兄上は革命軍(パルチザン)のゲリラでしたね、あの『共食い』の後に私がどうなったから知らないのも無理ないですもんね」

「ああ、ビルマ解放軍と一緒にタイのケシ畑を占領した後、叔父さんから連絡もらってすぐに日本に戻されたからな、その後の事は知らされてない」

「あの後、私はティン指揮官の命令で工作兵としてゲリラ支配地域に進入する任を任せられたのですよ、それも女性を装ってね」

 薫はボストンバックを地面に降ろすと、楽しそうに語り始めた。

「あああ、あれは最高に楽しく充実した日々でした。ゲリラ兵共は私を女と見るや、自分から人気の無いところへと誘ってくれたんだから、手間が省けてなりよりだったわ。後は私が好きなように獲物の皮をぎ、喉を切って血抜き(下ごしらえ)を済ましたら、切り取った四肢関節(調理材料)を組み替えて死体芸術デコレーションを完成させるのよ。それはもう最高に楽しかったわ」

「つまり、お前が女装してるのは任務中だからか。とう言うことはお前がここにいるのは任務という事だな」

 亮は相手と距離をとると、真っ直ぐに薫を見た。任務で兄弟同士が出会った場合ほぼ9割りは殺しが目的だからだ。それを亮達はお互いに『共食い』と呼んでいる。

「まあ、その後も任務を遂行していたのですが、父上から帰国命令を受けて1年前から日連にちれん(日本連邦)に戻って来ました。それから私って女装だけじゃなくて、『美』について興味がわいてその追求をしています。だからそんな目くじら立てないでくださいよ兄上。私がここに来たのは任務じゃないですから、父上からコレを兄上に渡すように頼まれただけです」

 一方的に話し終えた薫は、下ろしたボストンバックを亮の足元へ投げ飛ばした。

「叔父さんから?」

 見覚えのない使い古したボストンバックを手に取って開けてみると、中からバウンティーハンター時代に愛用していた45口径のコルトガバメントが一丁入ている。亮が自分の手に合うようにコンパクトカスタムを施した愛銃で、それがオーバーホールを済ませ黒光りの光沢を放ちながらご主人様の帰りを待っている状態だ。

 他にも、訓練学校で支給されたノートパソコンや高振動ナイフに集音マイク、電子盗聴器、住宅進入ピッキングキット等など、亮がハンター時代に使用していた道具類一式がそろっていた。

「・・・これって」

「聞きましたよ兄上! 国家バウンティーハンターに昇格したって。おまけに史上最年少だって聞きましたよ。組織かぞくの中でも国家資格を持っているのは父上と兄上を除いて4人だけですし、兄弟の中で持ってるのは兄上だけ、私はその弟として誇りに感じてます」

「・・・そうか」

「そうですとも、これで世界中で合法的に殺しができますね。うらやましいです兄上」

「そうか・・・」

「私も早く国家資格を取って、兄上と一緒に屍の山を競いあいたいです!」

「それは無理だな」

「・・・!? 兄上?」

「資格は貰ったが、使う予定も使う気もないよ。俺はこのまま人として生きるんだからな」

「兄上?」

「資格が欲しけりゃお前にくれてやるよ。俺には必要ないもんだから」

「・・・・・・・・・ふ~ん、そう・・・」

 ボストンバックをそのまま返そうと口を閉じた瞬間。一瞬、つむじ風が吹くと亮の顔に衝撃が走った。薫のローキックが直撃した。そのまま地面に体を擦り付けながら飛ばされ、激しく電柱に体をぶつけ停止した。

「ガハァっ」

「父上の言った通りでした。『あの事件』以降、兄上がおかしくなったって・・・最初は何かの冗談かと思いましたけど、今確信しましたわ」

 静かな口調に怒りを込めながら、ゆっくりと薫が近づいていく。その言葉の中には失望の感情も込められていた。

 未だ立てずにうずくまっている亮の前でくると、まるで汚い虫でも見るかのように上から無表情のまま見下ろしている。

「はっ、寝ぼけんじゃねぇーよ、兄上」

 亮の胸倉むなぐらを掴んで持ち上げると、そんまま電柱に押し当てた。その細い腕の一体どこにこんな怪力が生まれているのかわからないくらい、軽々と亮を持ち上げている。

「薫よせ・・・言っただろう、俺は・・・もう戻らない・・・俺はもう亜民なんだよ」

「あっははははははー、兄上ぇーあっはははは。何を言うのかと思えば、はっははははーとても兄上の言葉とは思えません、くっくっくっ・・・私たち『桜の獅子の子供達』の中で、一番親獅子に近いと言われた若獅子様が『亜民』ですって、ひっひっひっひっひっ・・・・・・・・・はぁー・・・・・・いい加減目ぇ覚ませやぁ!」

 大笑いした薫の瞳が血のように真っ赤に変わると、硬く握り締めた拳を亮の腹に食らわせた。

「がぁ」

「兄上、『月宮』の名を持つ自分が何者か忘れた訳じゃありませんよねぇ。私達は人間ではないのですよ、かと言って百鬼衆ひゃっきしゅうのようなあんな出来損ないでもありませんよ。私達は純粋なバケモノなの。戦争と言う怪物が産み落としたバケモノなんですよ。・・・・・・やれやれ、兄上はあの人間達と一緒に暮らしておかしくなったんですか? 人とバケモノが一緒に暮らせるわけないじゃないですか」

「いや・・・はぁっ、がはっ、お・・・俺はちゃんと暮らしていくさ。これからもー」

「今はね。でも、いつの時代もバケモノは最悪を呼ぶのよ、そう決まってるの! そして一緒にいる人間に必ず不幸をもたらすの。あっ・・・でも、そういえば兄上と一緒に暮らしてる人間達って、確か粗悪民そあくみんですよね。なら殺っしゃっても問題ないか」

 薫が言った『粗悪民』は社会不適合者を蔑む最低な差別言葉の一つだ。ただでさえ社会不適合者は市民より下の『亜民』と位置付けられ差別されている。

 その言葉を聞いた瞬間、何故か亮の腹から例えようのない感情がこみ上げてきた。

「おい!」

 腹に食い込まれている拳を掴むと、ゆっくりと引き離した。無論、薫も全力で抵抗はしているが力を入れれば入れほど、亮の力がそれを上回った。

「ぐッぁ、あっ兄上・・・」

 薫の顔が苦痛に歪みはじめ、汗がにじみ出る。

「気にくわねぇ、今の言葉・・・気にくわねぇな!」

「なっ、何が気に入らないのよ? ええ、人間社会から弾かれた連中に何アツクなってるのよ、兄上」

 掴まれている拳がミシミシと悲鳴を上げ、さっきまでとは状況が一変した。薫の顔から余裕が消え、彼の本能がその場にからすぐ離れる事を警告してくる。

「何よ・・・亜民で生きるとか言っても、やっぱり兄上は兄上じゃないのよ。私と同じじゃない」

「黙れ!」

 今度は薫の首を掴もうと亮の腕が伸びた。だが、何の抵抗も無くスルリと体を通り抜けてしまった。

「!?、お前・・・影渡りか?」

 そう言ったた亮の前で、薫の体が薄く消える始める。

「残念でした兄上、私って勝てない戦はしない主義なのよ。それに今の兄上とり合ったら本気で食われそうだし、もうあの時みたいな事はゴメンだわ。だから今日はコレで退散するわね」

「なら、叔父さんに伝えろ! 俺はもう戻らない。ここが俺の帰る家だとな。もし俺の家族に危害を加えるなら容赦しないとな」

「そんなにニセモノの家族がいいの?」

「もう一度だけ言うぞ、手を出したら容赦しない!」

「・・・・・・ガキね、兄上は」

 呆れ顔に笑みを浮かべながら、薫の姿が完全に消えると亮はその場で膝をついた。今日一日で一之瀬・霧島・薫・叔父と自分の過去にまつわる事が合わさり。その副作用なのか亮の頭の中を過去の記憶が早回しで再生され、それをいくら本人が振り払おうとしても繰り返し繰り返し頭の中を駆け巡っていく。

「クソ、クソ、クソ。クソッタレが!!」

 苛立つ感情と湧き上がる苦しみを地面に向けて何度も叩きまくる。

「チキショウ・・・何でだよ・・・チキショウ・・・もうぉ・・・ほっといてくれよ!・・・・・・チキショウ・・・」

 斜めに曲がった電柱の下、街頭が照らすその場所を、亮は何度も叩き続けた。


 廃ビルの屋上と囲む錆びた策に肘を乗せると、薫はある人物に電話をかけた。

「あっ、薫です。例の物は兄上にはちゃんと渡しておきました。ええ、はい。あともう少しです。こっちが終わり次第そっちのアマテラスの件も再開します。・・・心配いりません、兄上の渇きはもう限界まできています。ですから、あとはキッカケさえあればいいんですよ。どんな小さいくてもキッカケさえあれば兄上は元に戻りますよ、ねぇ父上」

 電話越しに話ながら、薫は掴まれていた右手を前に出した。亮の手の跡がくっり残って2倍に膨れあがっている。紫色に変色した5本の指全てが違う方向に曲がり、あきらかに強い握力によって骨折している。

 常人なら痛みで悲鳴を上げる筈だが、薫はさも気にしない様子で話を続けている。

「・・・でも凄かったわ、うまい具合に『ランゲの書』が発動して難を逃れたけど、もう少しで腕がちぎれる所だったわ。まさかね『鬼門の開門(かいもん)』さえしてないのにあれだけ力の差があったなんてね、以後気をつけるわ。じゃあねぇ父上」

 通話を終えニッコリと微笑む薫の視線の先には、暗い街の中で1円玉ほどの大きさになった亮の姿を捕らえていた。

こんにちは、朏 天仁です。

今回亮の家族についての話でしたが、次回はあのキャラが久しぶりに登場する予定です。

今回も拝読してくれた皆さん方に感謝を述べたいと思います。ありがとうございます。m(__)m

でわ、次回は2月中旬の予定です。

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