冴鬼法眼
自分のオフェイスに戻った村岡は、メールで送られてきた報告書を開いていた。昨晩の騒々しかった部屋とは思えないくらいオフィス内は静まり返っている。臨時の捜査本部解散後、事後処理で数名残ってはいたが、午後にはある程度終了し残りは市ヶ谷の本部へと引き継がれた。
あの検死後の一件から村岡の頭に引っかかるモノがあった。一条賢治の身分になりすました者は、連邦内で最も高いセキュリティを誇るサーバーへの情報操作が行えたのか。想像するだけでもかなり大きな権力《力》を持った組織で間違いない。それを考えると、その組織を裏切り身命を賭してまで彼が何をしたかったのか、その目的を考えると最後はそこで行き詰ってしまう。
「はあー・・・まったく。やっかいな問題が次から次へと・・・」
目頭を押さえながら村岡は呟いた。徹夜続きの疲れが顔に色濃く現れ、顎の無精ヒゲがその疲労バロメータのように伸びている。
入隊時代は、2~3日の徹夜行軍後でも平気で銃剣道大会に出場できた身体も、24時間酷使すれば関節が悲鳴を上げるありさまだ。
キーボード脇に置いてあるカップには、突然襲い来る眠気と戦う為に用意したブラックコーヒーが用意してあったが、早くも底を尽きかけている。
大きく背筋を伸ばし背もたれにもたれ掛け、村岡はチカチカする蛍光灯を見上げた。
「少し顔でも洗ってくるか」
ゆっくりと席を立ち、部屋を出て廊下の突き当たりにある洗面所に向かいだした。長時間イスに座っていたいせいか、首肩腰が凝り固まって痛み出した。
洗面所にある鏡に自分の顔が映り込むと、もう誰もいないと思って油断しのか、吐き捨てるような言葉を出してみた。
「糞っ!! やっぱり事務仕事は体がなまってしょうがねぇな」
「その通りですね。すこし休まれた方がいい」
「へぇっ!?」
突然声をかけられ、驚いた村岡は横を向いた。その男がいつからそこにいるのか分からないが、村岡が洗面所に入る時はたしかにいなかった。
スラリとした長身の体格に、色白細目のキツネ顔の男がそこに立っている。
「誰だ・・・貴様?」
体が頭より先に反応して構える。
「おっと、驚かせる気はございません。六壬式盤の流れで、ここに村岡殿が来ると出ましたのでお待ちしておりました。道士です。はじめまして」
警戒する村岡に、道士と名乗る男は手を伸ばして拍手を求めてきた。
「・・・ひょとして播磨局長が行っていた支援要員の陰陽師か?」
「いいえ、わたくしは道士です。一応は式神ですが、陰陽師を補佐する式神であり、式神を操る式神です。わたくしの主様はそちらです」
向けられた声の方へ振り向くと、今度は色白で腕を組んだ子供が壁にもたれかけていた。どう若く見ても14~15歳だ。その証拠に学章の付いたYシャツを来ている。
「その方がわたくしの主様です。『源洲裏陰陽道十三家』の御三家の一つである、冴鬼家第39代当主冴鬼法眼様です。先月に『京都特区上宮院陰陽道』の重鎮であられる、安倍聡明氏から法眼の名を継承いたしました」
「道士、しゃべりすぎ」
「失礼したいました。主様、このお方が村岡殿であります・・・主様?」
法眼は無愛想な表情のまま、退屈そうに爪をいじりだす。目の前にいる村岡に全く興味を示していない。
「ちゃんと聞いてるし知ってるよ。僕の事はさぁ~道士がだいたい説明したみたいだらさぁ、さっさと本題に入ろうよ。おじさん」
「おじさん?」
村岡は頭に何か、カチンっと当たったように気がした。今も昔もこの位の子供は目上の人に対する礼儀がまるで出来てないと、部下たちが話していた事があった。村岡にも若い頃に似たような経験があるため、だんだん年を重ねれば自然と直っていくものだと思い、それほど深く考えなかった。だが、法眼の無礼な態度はまだ我慢できるとして、目上の人間に対し堂々と『おじさん』呼ばわりされる事は聞き捨てならなかった。
「そうだよ、おじさん。僕の貴重な時間を割いているんだからさぁ、分かりやすく要点だけまとめてくんない。僕の時間が勿体からさぁ」
「・・・・・・」
村岡の顔が険しくなる。
「おい貴様! それが目上の人間に対する話し方か、人と話をする時はちゃんと相手の方を向け」
「ふっ!」
少しは反省するかと強い口調で注意しても、法眼は全く動じずさらに村岡を挑発するように軽く息を吹いた。
「貴様、その態度は俺を挑発してるのか? そうなんだな」
少し痛みを覚えさせれば態度が変わるだろうと思った村岡は、法眼の胸元を掴み上げてた。教官時代に生意気な新人隊員を何人も片手で締め上げたその右手は、村岡にとってはどんな勲章にも勝る誇りでもあった。
「おい、貴様! があ、あああああああ」
掴み上げた瞬間、右腕全体に電流のような激痛が走り慌てて手を離した。一瞬何が起こったのかわからなかった村岡だったが、正面にいる法眼は子供であっても陰陽師である事に変わりはないのだ。
「おじさん、僕はこの世で一番嫌いな人間はねぇ、僕を子供扱いして勝手に身体に触れてくるなれなれしい大人が大嫌いなんだよ」
シワになったYシャツの胸元を直しながら、法眼の声に軽く怒気が混ざる。
「僕に無礼なことをしたんだから当然罰が必要だよね。おじさん知ってる? 人間の身体の末端って感覚器官がとてもよく発達してるんだって、それなら当然『痛覚』もよく感じるはずだよね」
うっすらと笑みを浮かべ、空中で人差し指を軽く動かし文字らしきものをなぞりだすと、『ゴキッ』と鈍い音が響いた。
「がぁっ!! うがああぁぁぁぁぁぁぁ」
悲鳴を上げた村岡の右手人差し指が根元から反対側へ反り返っている。何か見えない力によって、人差し指が脱臼させられた。
「うぐうぅぅ。このガキぃ、『破壊念術』が使えるのか」
膝を折り、苦痛に顔を歪ませる村岡の額に脂汗が滲み出す。
「そうか、おじさんはあの『根室防衛線』の生き残りなんだよねぇ。大概はみんな驚くんだけど、おじさんにとってはそんなに意外じゃなかったかな? ぷぅ、それにしてもおじさんって、お腹を潰れされたカエルのような泣き声で鳴くんだね」
「法眼様、お戯れが過ぎますよ。播磨様からの私的制裁は禁止されていることをお忘れなく」
見かねた道士が法眼をいさめようとするが、法眼はまるで新しいおもちゃで遊ぶ子供ような表情で返事を返してくる。
「わかってるよ道士。ただ、おいたが過ぎる大人にもう少し『躾』を教えておかないとさぁ、話はそれからだろ」
「主様、再度申し上げます。私的制裁は―」
「大丈夫、大丈夫。殺さないからさぁ、多分」
「まっ・・・待て、」
村岡を上から見下ろし、再度人差し指が空を舞った。直後、今度は中指が鈍い音と一緒に反り返り村岡の悲鳴が廊下に響き渡る。
床上をのたうち回る村岡の姿を見ながら、法眼はパチパチと手を叩く。
「あ~れ? おじさんって、結構~カラダ頑丈なんだね~!! アハハハハ」
法眼はまるで昆虫をバラバラにする子供のように、楽しげに笑い出した。
こんばんは、朏 天仁です。今年も残すところあと1日となりました。
今年最後の投稿となりましたが、ここでドSキャラの登場となりました。
新年早々、次回の内容はついに葵の登場を予定しております。( ´ ▽ ` )やっと重要キャラの登場ですね。てかっ遅すぎだろまったく(`・ω・´)
それでは皆さん良いお年を!!(≧∇≦)b