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アニー・ローニー

 両手を合わせてご馳走様を終えると、亮はカチャカチャと皿を片付け始めた。あの後、呼吸法のおかげで何とか気持ちを落ち着かせる事ができると、忘れていた腹の虫が悲鳴をあげ始めた。

 仕方なく、簡単なインスタントでも作ろうとキッチンを覗き込むと、テーブルの上にラップを掛けられたお皿を発見した。皿の上にはおにぎりが2つと、今朝のおかずの残りがあった。ご丁寧に『亮へ』とメモ書きまで置いてあり、遠慮なくおにぎりをたいらげた。

「はぁっ、食った食った」

 腹も一杯になり、亮はやっと部屋で休もうと荷物を持って階段を上り始めた。この『たんぽぽ』の二階は亜民入居者の部屋になっている。それほど広くはないが、一人で過ごすには十分なスペースを保っている。階段を上って手前の201号室が風間楓かざまかえでの部屋、その奥の202号室が彩音の部屋、その次203号室が空き部屋で、その隣の205号室がマナの部屋となっている。亮の部屋は一番奥の207号室で他の部屋と比べてそれほど広くはない。この部屋番号を見た入居者は、必ず一つ質問をする。それは『どうして部屋の番号に4と6がないの?』っと、その答えはここ『たんぽぽ』は元は病院の保養所として建てられていから、4と6といった人の『死』を連想させる縁起が悪いという理由から作られなかったのだ。

「アレ? 何か忘れてるような気が・・・」

 2階に上がり終えた亮が、うわ言のように呟いたその瞬間。前方の部屋のドアが勢いよく開いた。

「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 中から飛び出したのは初代ボーカロイドの『初音ミク』が・・・、いや。正確には『初音ミク』のコスプレをしたマナだった。

「うううぅ・・・亮()ぃー助けて」

「マっ、マナ!? どうしたんだその格好は?」

 亮の後ろに隠れるマナを見ながら、忘れていた事を思い出した。それは玄関で彩音に連れて行かれたマナを助ける事だった。

 たんぽぽ内の恋愛事情は2つ、彩音はマナが好き、マナは亮が好き。ここに見事なまでに恋の一方通行が完成している。特に彩音はスキあらばマナを自室に連れ込み児○ポ○ノ規制法ギリギリの事をしでかそうとするので、いつも皆で注意しながらマナを助けている。今回は亮が助け出すより先に、自力で脱出できたようだ。

「亮()ぃ、彩()ぇが、彩()ぇが・・・怖いの」

「えっ!? それは、いつもよりもか?」

「うん、特に目がいっ、イっちゃってるの」

「イっちゃってるって。マナ、それはちょっとオーバーだぞ」

「じゃーぁ亮()ぃ! アレ見てよ」

 震えるマナの指が示したその先に、ゆっくりと部屋から出てきた彩音が立っていた。うつむく顔に大きな笑だけが見える。その姿はまるで、髪が短いリングの貞子さだこのようだ。

 しかも、右手にはブルーのシマパンを持ち、左手には何故か長ネギを持っている。その彩音の異様な雰囲気を感じた亮は、一瞬背筋に悪寒が走った。

「あ・・・彩音。言っても無駄かと思うが言うぞ・・・落ち着け」

「ふっ・・・ふふふふふふふふふっふ・・・はあっはあっはぁあ―」

 亮の問いかけに、彩音は肩を震わせながら笑って応えた。

「ほら、亮兄ぃ怖いよ!」

「頼むから落ち着け、ほらマナも怯えてるだろう。取り敢えず持っているその・・・パンツとネギを床に降ろそうな、それから一度深呼吸をしてだな-」

「うちわまともやで、亮。今日はマナとここまで深い仲になったんやから、ならもう全部OKや。ほら、マナ早うこっちにきんしゃい。ふっふっふっふっふ」

 ゆっくりと彩音がマナに手招きを始める。

「いや! いや! 絶対いやぁぁぁ!!」

「ヤベェ、完全に彩音にスイッチが入っちまった」

 マナの安全を考え、この場から離れようと亮がチラッと後ろに目を向けた。が、それを見た彩音がゆっくりと歩始めてしまった。人一人通るのがやっとの廊下を、亮とマナが後ずさる。

「いやぁ、彩姉ぇー来ないでよ。来ないで!」

 声を震わせ、涙を浮かべるマナが必死に訴える。

「怖がらんでもええでマナ、大丈夫やから、このパンツを履いてネギを持ってミクらしいポーズをしてくれればええんやから。うちはなぁーただそのキメポーズの写真をおかずにっ・・・じゃなかった、撮りたいだけやから。なあっマナ、早う着替えような」

「・・・その後、マナのヌードも撮るんだろ」

「もちろんやぁ! んっ・・・あっちゃうちゃう、そんないなことせん、せんわ!」

 亮の問いに一度は肯定するも、すぐに慌てて修正した。

「本音が出たな彩音」

「やかましいぃ亮ぉ! 邪魔すんな。うちのマナをどうしようと、うちの勝手やろうが!」

「いやいや、マナはお前のじゃないぞ」

「そうだよ。マナは彩姉ぇのモノじゃないもん、マナは亮兄ぃのモノだもん」

「なっ・・・!?」

 余計な一言とはこのことだろう、迫ってくる驚異にマナの一言が火に油以上の爆発物を入れてしまった。みるみる彩音の表情が険しくなり、鋭い視線が亮に向けられた。

「亮ぉぉ!! どういうことやぁ―ああぁん!! まさかうちのマナを手篭てごめにして、傷モンにしたんかぁ!!」

「ごっ、誤解だ。そんなことしてないから。それに『手篭てごめ』とかって、そんな言葉どこで覚えたんだよ?」

「じゃかましぃ! 亮ぉ! マナァァ、男を簡単に信用したらアカンで、男なんて女心をこれっぽっちも考えてないクズや! 信用したらアカンで、女心をわかるのは同じ女しかわからんのやから、そんな男のそばにいたら汚されるで。早うこっちに来な!」

 毛を逆撫でながら自論を述べる彩音だったが、それは逆にマナを一層怯えさせてしまった。

「ううぅ、マナの気持ち・・・一番わかってくれないの、彩姉ぇのほうだよ」

「なっ・・・」

 それは彩音にとって強烈な一言だった。歩を止るのと同時に思考回路も停止した。一番思っている相手にこうも明確に拒否されてまったのだから、そのショックは計り知れない。

「マナ・・・そんな・・・そこまで・・・そこまで洗脳されてしもうたかぁ・・・何てことや、うちは悲しいわ、マナが、うちのマナが・・・こんな男のなぐさみものにされとるとは・・・知らんかった・・・」

「いや、いや、いや。なぐさみものって違うから、彩音・・・取り敢えず落ち着こうな」

「ゆっ許さんで、亮。あんたは年上でも『たんぽぽ(ここ)』ではうちの後輩や、後輩()のもんは当然先輩(うち)のもんや、だからマナはうちのもんや! うちのもんなんや、あんたなんかに渡すもんかぁ」

「とんでもねぇ屁理屈を堂々と言い切っぞ、マナ・・・こりゃたしかにイっちまってるな」

「亮()ぃー・・・亮()ぃー・・・」

 亮の後ろで隠れるマナは、服の裾を掴みながらブルブルと震えだす。せっかくの『電子の歌姫(初音ミク)』の姿が見る影もない。さすがの亮もこの状況下はマズイと判断し、最終手段を試みることにした。

「彩音、お前がいくら自分の主張を言った所でマナの気持ちは変わらないぞ。さっき聞いた通りマナは俺は選んだんだ。それをいくらお前が否定しようと、しょせん負け犬のなんとやらだ」

「な、なんやとぉ!! もっぺん言ってみんかいワレぇ!!」

 真っ赤な顔のまま、まくし立てるような去勢を張り出す彩音に対して、亮はさらに言葉を続けた。

「大体だな、マナの気持ちを考えてるって言っても、それはお前の妄想だろが、いい加減マナがどれだけ迷惑をかけられているか考えてみろよな」

「なーんーやーてー!!」

 彩音の背後からドクドクしい黒い影がかもし出させれると、亮は後ろのマナに手で合図を出した。万が一の為に存在するマナの安全地帯、そこへ行けと指で合図を送る。

「言い残すことは・・・・・・・・・それだけかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 鬼の形相ぎょうそうで大声を上げ、伸ばした彩音の手が亮の襟首を掴み上げる。だが亮はまったく動じず、むしろそれを待っていた。

「彩音、ゴメン!!」

 それを合図に亮は彩音の身体からだに抱きつき拘束した。

「何すんやぁ! 離せぇ!」

「今だマナ! 行け!」

 拘束する亮の背後から、真横へ勢いよく飛び出したマナは一目散に201号室のドアを開け、中へと消えていった。

 そこは彩音の天敵、風間楓の部屋でもある。

「あああああああああーそんなぁ! マナ!! マナ!!」

 彩音が手を伸ばそうにも亮に拘束されている為、声だけしかマナに向ける事かできない。拘束を続ける亮の耳に、彩音の絶叫がまるで恋人の元を去っていく、ヒロインの悲痛な叫びのように思えてきた。

「まるで映画のワンシーンのようだな、がぁっ・・・痛てぇ」

 小声でつぶやいた亮の後頭部に鋭い痛みが走った。彩音の肘鉄が繰り返し亮の後頭部を打ち始めたのだ。

「触るな、離せ! 離せ! 亮、離さんか! この、この、この」

「痛て、痛て、痛タタタタ、わかった離す、離すからヤメろってば」

 慌てて解放すると、彩音は両手でおもいっきり突き飛ばした。反動で彩音も2、3歩後ろに下がると、鋭い目つきで亮を睨みつける。

「彩音、お前なぁもう少し手加減してくれよな、肘は結構痛いんだぞ」

「・・・・・・汚された。うち、汚されてしもうた・・・・・・」

 要約我にかえった彩音は、胸元を手で覆い恥じらう仕草を見せる。この状況を第三者がみれば即、亮は通報されるだろう。

 赤面に涙を浮かべる彩音に対し、普段それを見慣れた亮は軽くため息をついた。

「汚したって、お前オーバーだぞ。俺が何か悪いことしたみたいじゃないか」

「もうええ、この・・・死ねぇ。そしてそこどかんかぁ!」

「どけって、どこ行くんだよ」

「やかましい、うちがどこ行くこうと関係ないやろう。早うこの汚れを落とすんや」

「答えてるぞ・・・」

「とにかくそこどけぇ!! じゃまやー!!」

 狭い廊下の端に身を寄せ通路を作ると、その脇を彩音が颯爽さっそうと駆け抜けていく。角を曲がって姿が消えても、階段を下る音だけはこだましている。

 しばらくその場でたたずんでいたが、嵐が過ぎ去ったような静寂が訪れると、いつまでもその場にいる気もなく、亮は荷物を拾い上げると自分の部屋へと入っていった。

 亮の部屋は8畳程の1人部屋になっていて、中にはベッドと机があり、部屋のスミにはほとんど何も入っていない本棚が置いてある。時計以外壁に貼っている物はなく、カーテンは薄青系の無地でとても殺風景な部屋だ。

 机上に荷物を置くと、不自然に盛り上がったベットに向かって話掛けた。

「もういいぞ、マナ。」

 ポッコリと小さな山が、モジモジと動いている。

「マナ、いつまでそこに隠れているんだ」

「へっへー亮兄ぃーの布団、布団」

 布団から顔だけを出すと、今度は枕に顔を埋める。マナにとってはこの瞬間は至福のひとときだろう。

 201号室に避難したマナは、そこから彩音の部屋以外に設置された非常階段を利用して天井裏から各部屋に移動する事ができる。もちろん彩音はこの存在は知らされていない。これが『たんぽぽ』に作られた対彩音用緊急避難通路だ。

「マナ、あまり布団をグシャグシャにしないでくれよ。それにその格好は、う~ん斬新というか新鮮というか」

「ねぇー亮兄ぃーマナ、もうしばらくここに居てもいい?」

「あぁぁ、別にいいぞ。彩音が落ち着くまでもうしばらく掛かると思うし、落ち着くまでこのまま俺の部屋で隠れてな」

「えへへへーマナそうするね。・・・・・・あっ、そうだ。亮兄ぃーさっきの女の人って誰だったの?」

 マナが少しムッとした顔を作りながら亮に問いかける。初音ミクのコスプレのせいか、普段見られないマナの格好に少し動じながらも、

「別に・・・・あの人は前の学校の副担任だった人だよ。たまたま近くまで来る用事があったみたいで、俺がどうしてるのかちょっと様子を見に来ただけさ」

「なぁーんだ。マナ、てっきり亮兄ぃーの彼女か何かが来たのかと思っちゃったー」

 どこかホッとした様子でマナの表情が和らいだ。両手で布団を口元まで引っ張る。

「彼女? あはははー・・なぁーマナ、俺に彼女はいないよ。なんだマナそんなこと心配してたのか」

 大げさに亮が笑いだすと、マナの顔が赤くなる。

「べっ・・・・別にマナ・・・・・は亮兄ぃーのことなんて―心配なんてしてない・・・・から、そ、それに・・・・もし彼女がいっ・・いないなら、来月の・・・えっと・・・マナと―」

 マナは赤面しながらモジモジとつぶやいているが、その言葉は亮には聞こえていない。

「ところで、マナ」

 何も聞こえていない亮はマナに話し掛けてきた。

「ハッ・・ハイ! なに亮兄ぃー」

「これから俺、まだちょっとフルートの練習するから、少しうるさくなるぞ」

「別にいいよ、マナ亮兄ぃーのフルート大好きだから」

「そうか、なら大丈夫だな」

 早速亮はフルートを鞄から出すと、3つに別れた『頭部管』『主部管』『足部管』をはめ込み一本のフルートを完成させた。次に折り畳み式の譜面台を広げると、練習楽譜を開いて載せて準備は完了した。

 音合わせに吹き込み口に口を付けると、左手の小指以外を押さえて『ソ』の音を出す。次にロングトーンで4拍分伸ばしてみる。感覚を取り戻すと、『ドレミファソラシド』の音階を4泊分伸ばして吹き終わると、今度は同じ音階を4拍分タンキングして吹く。

 ここまでで指練習を終わりにすると、次に神矢先生からの課題曲「アルルの女」の練習に入ろうとすると、マナが話掛けてきた。

「ねえ亮()ぃー」

「んっ、どうしたマナ?」

「マナ、リクエストしたーい」

「・・・リクエスト?」

「うん、、マナねぇーいつも亮兄ぃーが吹いてる、あの曲がまた聴きたーい」

「あぁーあの曲か・・・」

 あの曲とは、この前まで亮が練習していた課題曲の『アニー・ローニー』だ。なぜわかるかと言うと、現在亮がまともに吹ける曲はその1曲しかないため、すぐにマナの言っている曲が理解できた。

「あんな簡単な曲でいいのか?」

「うん、マナあの曲がいい!」

「そうか、わかったよ」

「やったー」

『アニー・ローニー』はスコットランドの民謡でアニー・ローニーという女性とダグラスという男性との恋物語なのだが、結局最後は二人の恋は実らず終わり別の男性と結婚しまう物語であるため、亮はあまり吹きたい曲ではないのだ。

 しかし、マナのリクエストに亮は頷き『アニー・ローニー』を吹き始める。

最初はゆっくりな低音で始まり、後半は中低音でリズミカルにテンポよく吹き進めると、最後はまた低音で終わる。

「こんなんでどうだ? マナ?」

 吹き終わってマナの方を向くと、マナは気持ち良さそうに布団の中で眠っている。

 スヤスヤと眠るかわいいマナの横顔を見ていると、亮は今日神矢講師に言われた一言を思い出した『この人にだけに聞いてもらいたい』は、ひょっとして今この時なのかもしれないと。

「まさかな―」

 亮はもう一度『アニー・ローニー』を吹くと、寝ているマナを起きないようにメゾピアノ(少し弱く)で吹きながら自分の課題曲の練習に入っていった。

 慌ただしい日常が繰り広げられている『たんぽぽ』でわあるが、亮が来た当初は今と全然違っていた。 特にマナは亮がここに来た当初は、先に入所していた3人の中で一番亮を避けていた子だった。

 いつも施設長の後ろに隠れたり、ご飯の時も1人離れて食べていて近づこうともしない子だった。

 転機が訪れたのは入所して2週間が経ったころ、1人で外に買い物に出たマナが運悪く3人の不良グループに絡まれ、乱暴されそうになった所を目撃した亮は、その場で3人を病院送りにする障害事件を起こしてしまった。

 その3人の内の一人が魚住真司うおずみしんじだ。略式裁判が開廷し、3人の不良グループが日頃から亜民あみんに対し暴行・恐喝事件を起こしている事や、折りたたみナイフ等の凶器を隠し持っていた事、今回の暴行未遂は亮がマナを守るために手を出した事が認められ、裁判長の裁量で90時間の社会奉仕活動(強制ボランティア)を行うことを命じられた。

 判決後、亮の行動には若干の正当性が認められたが『たんぽぽ』の管理人兼主任の蒼崎玲子だけは亮のやった行為を酷く責めたてた。

 その日以降マナに変化が現れた。亮が奉仕活動を行っている所々にマナが来るようになったのだ。

 道路清掃やゴミ収集車の掃除をしているときも、ずっと近くで亮を見ていた。さらに最後の奉仕活動のときに、夕方に川の清掃をしていた亮が遅くなると危ないことをマナにと言うと「やだ。マナは亮兄ぃーと一緒にかえるの、終わるまで待ってるの」と言ってがんとして譲らなかった。

 結局亮が根負けして「わかったよ。もうすぐ終わるから、そしたら一緒に帰ろうな」と亮が言うとマナは頬を赤め「うん」と言って、初めて笑顔を亮にむけたのだ。

 90時間の社会奉仕活動が終了しても、マナは亮の行こうとする所に付いて行こうとした。黙って1人で出かけて帰ってくると「亮兄ぃーマナを置いていくな!」と泣き出す始末だ。

 見かねた蒼崎玲子が「マナちゃん、亮君にも亮君の時間があるんだから、邪魔しちゃいけないわ、マナちゃんが良い子なら、せめて玄関で見送るぐらいにしてあげてね」と諭してあげると、「うぅーわかった。マナ良い子だから、亮兄ぃーを玄関でちゃんとお見送りする」と納得はしてくれた。

 だがそのあと、亮がいない間はずっと泣いていたと蒼崎玲子から聞かされた。

 フルートを吹き終え、横目でマナの寝顔を見る亮はあの日の事を思い出していた。


 たんぽぽで亮がフルートを吹いているちょうどその頃、蒼崎玲子は緊急で呼び出された社会福祉協議会の田所課長と一緒に協議を行っていた。

 やっとエアコンが効き始めた相談室の中に、無言のままソファーに座る2人がいる。

 小太りで油顔の田所課長は、シワだらけのシャツに汗を滲ませながら腕を組んでいる。一方でグレーのスーツに身をつつみ、首からIDタブを下げている蒼崎玲子は、長い黒髪を後ろでまとめ険しい表情のまま渡された資料に目を通している。

「ふぅー、おおよそ大体は理解しまいた。こちらとしましてもできるだけ亜民を受け入れたいとは思っておりますが、現状としてはいささか難しい話です」

「そりゃーこっちもわかってるよれいちゃん。本来ならお上の審査会で判断する事なんだけど、ただ今回はちょっと複雑というか、特殊でね。『あの子』も何らかの事情があるんだろう」

「問題はそこでしょう。亜民認定を受けてるなら入所施設は問題ないはずでしょう。なんでわざわざ『たんぽぽ(うち)』に入所させる必要があるのよ?」

「だから、それは特殊な事情って言ってるじゃん。そこは察してくれよ玲ちゃん」

「無理です」

 即答で答えた。だが、田所課長はなおも食い下がってくる。

「そこを何とか、ねっ、ほら星村マナって言ったっけ? あの子の入所の時にいろいろこっちも骨折ったじゃんかい、あの時の借りを返すと思ってさぁ、頼むよーこの通りねぇ」

 最後は神頼みと言わんばかりに両手を合わせて頼んできた。

「もう、すぐそうやる! それならその子がうちに来る理由だけでも教えてよ。それが条件よ! どうせ守秘義務がどうとか言うんでしょう。言えるとこまででいいから」

「ありがとう!! 俺も詳しい事は言えなが、ってか今朝あの子を保護してその資料以外なにもわかってないんだよ」

「はぁー!? 何それ? ならどうしてあの子は『たんぽぽ』に入所希望してるのよ?」

 呆れる蒼崎を田所課長が当たり障りなくなだめようとする。

「まあまあー玲ちゃん落ち着いて、ただ・・・」

 そう言うと田所課長はソファーの脇に置いてある茶封筒の中から一枚の紙を蒼崎に差し出した。その書類は連邦政府発行の亜民認定書だ。

「・・・ちょっと、これって・・・」

 蒼崎が驚いてる理由は、その内容だった。亜人認定書は第三者が取り寄せる場合、連邦最高裁判事全員の許可が必要なくらい厳重に扱われる個人情報だ。

「今朝あの子を保護したとき、これだけを握りしめていたんだ。だから玲ちゃんも無関係じゃいって思って連絡したんだよ」

 田所課長の言葉が聞こえない程に書類を見る蒼崎の瞳には『亜民認定書:月宮亮(つきみやりょう)』の文字が写りこんでいた。






 

 どうも、朏天仁です。前回の投稿から間があいてしまいすみません。

今回ついに新しいキャラの葵の存在が出てきました。次回とうとう葵が登場か? 次投稿は12月下旬を予定します。もう中旬なのに・・・(´;ω;`)

 ここまで読んで下った読者の皆さんに感謝を送りたいと思います。今後もよろしくお願いします。m(__)m

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