◇帰り道
「アイス食べたい…。ソーダ味のアイスが、無性に食べたい…」
自転車の後ろ――つまりは荷台に乗ってる蒼は、きっと膨れっ面か、バテ顔かどっちかで俺の背中をグーで殴ってきやがる…。
「そりゃ無理だな。こんなずぶ濡れでコンビニはおろか、売店にすら入る勇気はねーよ…」
嘆息気味にそうつぶやいたけど、きっと風圧に掻き消されて俺の声は蒼には届いてないだろうな…。
「ジュース、ぬるくなった! 北村っ! あげる!」
先刻自販機で買ったペットボトルを握りしめた白くて細い蒼の腕が、後ろからにゅっ、と右ハンドル付近へ伸ばされた。
(いやいや、この状態で、一体どうやって飲めってんだ?)
後ろの荷物(蒼)を気遣いながらT字のハンドルを握りしめて、ペダルを踏み込むという作業中に、キャップの開いてないペットボトルを渡されても…なぁ…。
そんなとんちんかんな蒼の行動に、なんだか妙な笑いが込み上げつつも、やんわりと「いや、飲みかけのぬるいジュースはいらない」って一言告げた。
そんな俺に「せっかくの人の好意を無にするとは!」と叫び、ペットボトルで軽く俺の背中を叩いて「えいっ!」って声をあげた。
「ちょっ、そんなもんで叩くなよっ!」
そう言いながらも、込み上げた笑いを堪えることができなくて、俺は声を出して笑う始末。
蒼もそんな俺につられてクスクスと笑いだした。
まだまだ日が沈む気配のない午後4時過ぎ。
生ぬるい海風と熱い日射しを体中に浴びながら、目線を少し上向きにすると、淡く眩しい青空にそびえ立つように前方に見える大きな入道雲。
全く夏ってやつは不思議だ。
こんなにも暑くて、こんなにも眩しくて…。
そして、こんなにも心が躍る。
夏っていうだけで、何もかもがキラキラ輝いて見える。
きっとそれは、俺が今、1人きりではなく、誰かと一緒に時間を分かち合ってるからってのもあるだろうな…。
背中で笑ってる蒼の顔は肉眼では見えないけど、別の部分の目――つまり、心の目ではくっきりと鮮やかに見える。
そんな蒼を浮かべたら、否応なしに躍るように鼓動が速まった。
「北村のお姉さんはまるでひまわりみたいな人だったなぁ…」
蒼はふふっと楽しそうに笑ってつぶやいた。
「ひまわり…か…」
確かに。
あの筋金入りのポジティブさと言い、些細なことでも楽しく笑って話す姉を思い浮かべたら、太陽に向かって精一杯真っ直ぐに伸びる大輪のひまわりみたいだなって思った。
(蒼のこと…うまく話せなくてごめん…)
心の中で何となく姉に詫びたくなった。
何だかんだで心配性な人だから、気になってるだろうな…。
でも、言えない…。
今はまだ…。
「お姉さんの彼氏…さんは…、つくしみたいな人だった…」
蒼が発した言葉にほんの一瞬だけ思考が止まった。
「え? ちょっ、待て。つくしって…」
洋二さんを思い浮かべたら、ちょっと吹き出しそうになった。
(すみません洋二さん…)
その容姿は俺より少し高い身長でやや細い体。髪は短めで控え目な焦げ茶色。
海辺でカフェを経営してるのに、あまり日に当たってなさげな白めの肌。
トータルして年相応ではなく若干上に見えるってか、年の割りには落ち着き過ぎてる感じがする。
姉と同じ22歳には見えないくらい、しっかりとした大人の男だなと俺は思う。
「…つく…し…か…」
つぶやいたら、妙に納得してる自分に気付いた。
「つくし…、嫌いじゃない…」
そうつぶやいた蒼に、
「そりゃ良かった」
俺は笑いを噛み殺してつぶやき返した。




