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summer visit  作者: 河野夜兎
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◆小さな変化

 忙しいランチタイムが終了を迎える13時ちょっと前。


 厨房の真ん中、ステンレス製のシンク付きの調理盛り付け台には、大きめの白い皿が4枚。


 調理台奥にはガスレンジ2つとフライヤーが1台。ガス台から少し離れた 左端に業務用冷蔵庫があり、壁を一枚隔てた隣には小さな食糧倉庫がある。


 調理台手前の、ちょうどカウンターの裏にあたる場所には小さめの調理台とシンクと右側に食洗機が横に並んでいる。

 左側には、ホットコーヒー用のサイフォン式のドリップ機。その隣には朝一番に作るアイスコーヒーをストックしておく為の小さめの冷蔵庫がひとつ。


 父がまだ健在でいた頃は、厨房の真ん中の調理台を挟んで僕がカウンター側、父はガス台側にいて割り振りした個々の仕事をそれぞれでこなしていた。


 あの頃は厨房が狭く感じて少し不便だと思ってたけど、父のいない今は一人ではちょっと広い気がする。


 熱した2つのフライパンにバターを落とし、溶き卵を流し入れる。

 交互に手早く混ぜて、フライパンの柄を4~5度ほど叩きながら卵をまとめていき、半熟のオムレツを作る。

 それを皿に盛ったピラフの上にひとつずつ乗せて、父から受け継いだデミグラスソースをたっぷりとかける。

 その時、ふと視線を感じて、僕はフロアに目を遣った。

「……」

 

 一連の僕の動作を無言で食い入るように見つめる瞳は、蒼ちゃんのものだった。

しかし、視線が僕と合うと、プイッとそっぽを向いてしまった。

(…料理に興味があるんだろうか?)


 ふとそう思いつつ、僕は少し遅い昼食の支度を続けた。


「充月、蒼ちゃん、もうすぐお昼ご飯だからカウンターにおいでよ♪」

 お客様が引いて静かになったフロアに葉月の声が響く。

 カウンターにはすでに紙ナプキンとスプーンがスタンバイされている。


(素早いな。さすがは僕よりオムライスを愛する人だ…)

 でも、そんな葉月が僕はとても好きだなと思う。


 母を亡くしたと同時にフロアの主を失った寂しいこの店に、再度『光』を射し込んでくれたのは、おっちょこちょいだけど、いつも元気に笑って懸命にフロアで接客をしてくれた葉月だった。


 そして、父が厨房に立てなくなったあの日、この店を継ごうって決めた一番の理由は、葉月が「私は、アイビーのオムライスが世界で一番大好きっ!」って笑ってくれたからだ。


 お客様の笑顔は勿論大事だけど、僕は葉月の笑顔が一番大切なんだ。

それが、僕が日々笑顔で頑張れる理由なんだ。


 カウンターに並んだ3人の前に、できたてのオムライスを並べる。

 

「お腹空いたよね? さっ、あったかいうちに食べよ~うっ♪」

 葉月は、オムライスをじっと見つめる蒼ちゃんに弾む声を笑顔を向けた。


「いただきます…」

 蒼ちゃんは手を合わせた後にスプーンを握り、オムライスをそろりとひと口食べた。

 葉月と充月君は、真ん中の蒼ちゃんに視線を向けて様子を伺ってる。 


「おいしい…」

 半日強張っていた蒼ちゃんの顔が初めてふわりと緩み、口元に小さな笑みがこぼれた。


「でしょ? でしょっ? 洋二のオムライスはね、世界で1番おいしいんだからっ♪」

 これでもか! と謂わんばかりのご機嫌な葉月の笑顔。


「本当、すげー…うまい…。」

 充月君からも笑顔がこぼれた。


「いいなぁ…。私も…」


 蒼ちゃんは、一瞬自分のつぶやいた言葉にはっとした顔をして、黙り込みオムライスをぱくぱくと頬張った。


「蒼ちゃん、…もしかして厨房の仕事に興味があるのかな?」


 小さな反応が返ってくるかもしれないと、思い切って聞いてみた。

蒼ちゃんは、僕とは決して視線を合わせはしないけど、ゆっくりと小さく頷いた。


「じゃあ、明日から蒼ちゃんフロアじゃなくて厨房に入って中の仕事を手伝ってみたら?」


 葉月はそう言って僕を見つめた。


「ちょ…それは無理だろ…」

 充月君は葉月を見つめて、小さな息を落とした。

「何で無理よ? フロアで沢山の人を一気に相手して大変な思いをするよりも、まず洋二ひとりに慣れてみたほうが、私はいいような気がするけどなぁ」


 葉月はそう言ってオムライスを美味しそうに頬張り笑った。


「…私…料理…やりたい」

 蒼ちゃんは、スプーンを動かすのを止めて、


「厨房…入ってみたいです」

 ギュッと力を込めた、挑む瞳が、僕に向けられた。

「厨房の仕事は結構大変だし、最初は調理ではなく簡単な仕込みや盛り付けの手伝いだよ? それから、辛くなったら絶対無理はしないって約束できるかな?」


僕は蒼ちゃんの瞳の色を伺った。


「はい! がんばります」

 どうやら大丈夫みたいだ。今のところは。


「じゃあ、明日からよろしくお願いします」

 僕は蒼ちゃんに向けて、小さく笑顔を見せた。

「…」

 蒼ちゃんは僕から視線を外して「お…お願いしま…す」とつぶやいた。


 やっぱりそんな簡単には慣れるわけないか…。

 でも、朝よりは距離がほんの少しだけ縮まった気がして、僕は嬉しかった。


「よしっ、決まりだね♪ ってことは…充月とフロアか…」

 葉月はニヤニヤした顔を充月君に向けて、


「いいじゃな~い♪ 私が充月を立派なイケメンウェイターに育て上げてやろうではないかっ♪」


 むふふっと張り切る葉月にじと目を向けて、


「…別の意味で結構不安…」

 充月君は盛大なため息をついて首をやんわり左右に振った。


「がんばろう、北村」

 蒼ちゃんのつぶやきに、充月君は複雑そうな顔で「お…ぅ…」とつぶやいた。


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