◇ 姉のキモチ
「つーかさ、ぶっちゃけ姉ちゃんが津山さんになる気があるのかどうかがオレにはすげー謎なんだけど な…」
姉が大学を卒業して洋二さんと同棲を始めて、もう一年半近くが経ってるのに、二人は相変わらずってかなんてか…。
「…本当は母さんも父さんも、結構心配してるぞ? 付き合って六年、同棲始めてもうすぐ一半年くらいになるのにまだ吉報が届く気配がいっなてボヤいてたしな」
時々両親が夕飯食べながらボヤくのは本当だ。だって、うちの家族は皆姉と洋二さんが早く一緒になればいいのにって願ってるから。
父さんに至っては、洋二さんに逃げられたら葉月はもうきっと今後嫁の貰い手がないだろうとか言ってるのは内緒だけど。
「津山さんになるわよ? いつかはね…」
姉はそう言って、澄ましたような顔で味噌汁の椀を口元に運んだ。
「いつかはね…って…。まあ、えらく暢気だなぁ…」
家族の気持ちとか願いは考慮してもらえないってわけか?
「つか、洋二さんからプロポーズ的な言葉は?」
小さく苛立ちつつ、玉子焼きを口に運びながら尋ねたら、
「ないわよ。一言もねっ」
姉の澄まし顔が、瞬時に拗ねた顔に変わって、
「な、ないって…、それマジかよ…」
「うん。ない。…まあ、津山さんには津山さんなりの考えだかタイミングがあるのでしょうけどねっ。私はその考えだかタイミングを待つ事しか出来ないわけですよっ」
あからさまな膨れっ面で、乱暴に胡瓜に箸を刺して、小さく鼻を鳴らしながらほうばり、
「いいこと、充月よくお聞き」
「ちょっ…箸で人を指すなよ、行儀悪…」
「お黙り」
「…なにその変なしゃべり方」
思わず苦笑いを向けたら、
「男なら、不器用なりにも好きな女に直球をぶつけよう行動力と、それに相応しい言葉を発するが大事だと、お姉様は思うわけですよっ」
「…はあ…」
妙に熱のこもった瞳で、姉は持論という名目の八つ当たりをオレに向けてきた。
「長く付き合ってるとね、お互い表情や態度で相手を察する事は出来るわけよね? んでもって私は確信してますよ? 洋二にと~ってもと~っても大切にされてる、愛されてるって」
…こいつ、恥ずかし気もなくよくキッパリと自信満々に言い切れるよな…。
そう思いながら曖昧な笑みで姉の愚痴に耳を傾ける。
「だけどね、私は表情や態度だけじゃなく、直球的な言葉が欲しいのですよ。洋二はいっつもいっつもいっつもいっつも変化球ばっかでさっ! ストレートを要求しても、変化球しか投げてこない人なわけですよっ」
テーブルを叩きそうな勢いで吠える姉に、
「…なるほど変化球。…まあでもなんか巧みっぽくていいじゃん」
「はあ? あんたバカあ?」
「…バカにバカ言われたくないんだけど」
「は? 今なんて?」
「いや別になにも…」
気押されして黙って味噌汁をすすったオレを睨んで、姉は盛大にため息をついた。
「てか、直球とか思ってんなら、直球しか投げない姉ちゃんからプロポーズってのもありじゃね? 元々付き合おうって告ったのも姉ちゃんからなわけだしさ」
「やだよ。私はね、絶対に自分からは結婚の事は口に出さないって決めたのっ」
姉はお浸しを箸でつまみ上げて、
「だって、私にとっては一生に一度の大きな人生の選択なんだよ。北村葉月から、津山葉月になる事はさ…」
そう言って愁いた目で小さな息をついた。
「…別に苗字が変わるくらい…」
「変わるのは苗字だけじゃないから」
姉は、一瞬寂しそうな笑みをオレに向けて、
「津山になるって事はね、これからは津山の家の人間として生活する、生きるって覚悟というか、心構えがいるわけよ。だからこそ、私は洋二からちゃんと新しく始まる人生に向けてのケジメの言葉が欲しいのよ」
お浸しを頬ばり、何度も頷きながらご飯をぱくぱくと食べた。
「なんか、大人のそういうのって結構めんどくせぇな…」
「めんどくさくても、大事なことには誠実でいて欲しいし、勿論私もそうしたい。そう思ってる」
姉は丸い目でオレをじっとオレを見つめて、
「私はね、充月達がちょっと羨ましいよ」
そっと笑って、
「お互いをわかり合う為に気持ちを吐き出しあう、そんなケンカが出来る事って、すごく幸せな事だって思うもん。だからね、頑張れっ」
エールを送ってくれた。
「お…ぅ。…姉ちゃんも…さ、頑張れよ」
「うんっ。ありがとうっ。よし、頑張るわよ~♪」
なんだか姉とこんな風にエールの交わしあいをするなんて、照れ臭いな。
でも姉の言葉は、きっと今のオレに一番必要な言葉なんだろう、すげー体に染みるような感じがした。




