◆ 彼女の気持ち
話を切り出すタイミングって、中々難しいなと思う。
ドリンクを入れながらの談笑で表情が和らいだ蒼ちゃんを見て、今が話す頃合いだろうかと思うけど、何からどう話すべきか…。
充月君が昨日からうちにいる事を彼女に黙っているのは良くないと思う気持ちと、黙っていたほうがいいと思う気持ち。どちらを選択するか、正直迷っている状態だ。
知らない所で集まって自分の事を話をされているって知るのは、正直あまり気分の良いものではないと僕は思う。
思いがけずに第三者から入ってくる自分の良い部分の話は時として大きなプラスの力になるけれど、伝わり方やその日のコンディションによってはマイナスに作用する事だってある。
特に独りきりで考えるという選択しか出来ない時っていうのは、心の視野がどうしても狭まってしまうもので。
自分の為に何かしてくれていると頭ではわかっていてもそれが酷くお節介で煩わしく感じてしまう事だってある。
先が見えない不安定な時に、当事者の感情お構い無しに、勝手に先回りをして結論を出され、結託される。そんな事をされたら、ひとり置いてきぼりにされるような感覚に陥りやすくなってしまう。
僕はそんな状態に陥った事が過去にあるから、出来れば彼女にはそんな気持ちを与えたくないなと思ってしまう。
(やっぱりまずは、それとなく何かあったかを聞いたほうが…)
そう思って口を動かそうとした矢先に、
「さあて、ソラ子ちゃん。そろそろちょちょいとお悩みを話してみようか~」
はじめ君は、いつものようにカウンターテーブルに片肘をついて、ニカッと笑みを蒼ちゃんに向けた。蒼ちゃんは、はじめ君の言葉に、
「その…ソラ子って…なんなんですか…」
そう言って苦笑いしつつも、表情は柔らかみを含み、全然嫌がってるようには見えず。
「いーっしょ? ソラ子。かわいいじゃん。さあ、ソラ子よ、小さき事でも良い。何なりと申してみよ」
まるで公家のようなおっとりとした口調…。あくまでおちゃらけた姿勢を崩さないはじめ君に、僕は、
「そういうふざけた態度ばかりじゃなく、たまには真面目に話を聞いてあげられませんか?」
いつもならば苦笑いで受け流すはじめ君の態度。だけど、今日はそれが出来ずに苛立ち混じりの言葉を放ってしまった。
どうしていつもこの人は、なんの躊躇もなく楽しげに誰かに言葉を放つ事が出来るんだろう。
どうして僕はいつも考えるばかりが先立って言葉を放つ事を躊躇してしまうんだろう…。
悔しいけどはじめ君に八つ当たりのように嫉妬してしまう自分の人としての小ささに、苛立たしさを感じずにはいられなかった。
「へー…、珍しいなぁ。いつも黙って苦笑いして人の様子ばっか観察してるだけのオーナーが、口をだすなんてさぁ」
はじめ君は、口元に笑みを浮かべてるけど、目は笑っていない。
長い前髪の隙間から、まるでこちらの心の中を見透かすようなきれ長の目を向けられ、僕の中の苛立ちが更に加速していくのを感じずにはいられなかった。
「ただ闇雲に楽しさをふりまいて話したって、うまくいかないことだってあるでしょ? 軽はずみな言葉は時と場合によっては人をいくらでも傷つけるんです」
「あのさあ? ムキになってオレに噛み付くのはいいんだけど、悩んでる当人をおいてきぼりにして話が本題からずれちゃうのってよくないよなぁ?」
小さくため息をついて笑うはじめ君を見て、
「別に噛み付いてるわけではないし、むきになってなんかいませんよ!」
思わず声を張り上げてしまった。
僕の声で、隣にいる蒼ちゃんの体が大きく跳ねると同時に、不安を顔一杯に広げて僕の顔をじっと見つめて、
「ご…めんな…さい」
呟くように謝り、俯いてしまった。
「違うんだよ! 蒼ちゃんは悪くないから」
慌てて彼女にそう言うと、はじめ君は僕に視線を流して、
「そうそう、悪いのは大人げない大人モドキって事だ」
そう言って、肩を揺らし笑った。
(それはお互い様だろ…)そう思いつつ黙して、はじめ君を睨むと、
「まあんな事はどーでもいいやな? 今はそんなことよりソラ子っしょ?」
はじめ君は、肩肘をついてリラックスした姿勢を崩す事なく、笑みと共に蒼ちゃんに視線を向けて、
「つーかさ、そもそもソラ子はなんでここを手伝おうと思ったの?」
ひとつ質問を向けた。蒼ちゃんは俯いて数秒黙した後、
「…ちゃんと、夏が好きだって感じられる私が欲しかったんです」
ポツリと呟いた。
「…大好きな季節を、大好きだって…、そう思える私に戻りたくて…」
蒼ちゃんはゆっくりと顔をあげて、
「北村と、約束したんです。一緒に笑って秋を迎えようって。…それなのに…私…、北村に酷い事言って…喧嘩しちゃっ…」
堰を切ったように泣き出してしまった。




