◇朝食
いつものように海岸線を蒼と二人で歩いてる。
いや、いつものようにじゃないな…。だって、自転車ではなく徒歩だから。
波の音。沿道を時折走り抜ける車。
空は青くて、デカい入道雲が眩しくて。
だけど、夏の暑さは感じないし、海風も感じない。
…そうか。これは夢か。
少し離れた場所で、二人を見てそう思う。
なんだか変な感じだ。
蒼と歩いてるオレ、ここでこうしてそれを客観視してるオレ。
映像が切り替わるかのように、二つの視点を行ったり来たりしてる…。
夢の中の蒼は目を疑うくらい楽しそうに笑ってる。何を話してるかは上手く聞き取れないけど、夢中でオレに話しかけては、黒くて短い髪を弾ませて笑ってる。
そんな蒼を見て、オレは満たされた気持ちになって笑みを浮かべてる。
蒼の左手を取りそっと繋いだ。…ほんと小さな手だな…。
それから、どちらからともなく立ち止まって、向かい合い、オレは蒼を見下ろして、蒼はオレを見上げて……。
「…月」
(あれ…? 体が揺れてる…)
「充月っ、いい加減起きなさいよっ!」
「ぅ…ん…」
揺れながら遠くのほうから何か聞こえるんだけど。いや、それより掴まらないと危ないだろ…。
「ちょっと! 充月っ!」
頭上から慌てた声と盛大な笑い…声…?
「…は?」
わくがわからないまま目を開けたら、
「…おはよ♪」
「……!!!」
すぐ目の前に姉の顔がっ!
何かを掴もうと伸ばした両腕は、姉の両肩に回ってて、姉を抱き寄せる形に━━
「うぉああっっ!!」
いきなり襲ってきた嫌な現実に思わず変な声が出て、慌てて両腕を離して固まった。そんなオレを見て、
「もうっ! 充月、寝惚け過ぎ~っ!」
姉は、ベッドをぱしぱしと叩いて大笑いしてやがる…。
「サイアク…あり得ねぇ…」
寝惚けてたとはいえ、姉なんかに抱きついたなんてホントに勘弁してくれと思った。
「朝ご飯、出来てるから、食べよ♪」
しこたま笑って目頭を拭いながら、姉はそう告げて部屋のドアを閉めた。
「つーか、…笑いすぎだろ。くそっ」
とんだ失態をやらかして…恥ずかし過ぎた。
まあ、いい。所詮は他人ではない実姉だ。
かいた恥のダメージは、きっと小さいだろう…と思いたい…。
(マジ洋二さんじゃなくて良かったぜ…)
そんな事を考えて安堵してる自分に激しく苦笑いしたのはいうまでもないだろう。
寝室として借りた二階の部屋から、一階のダイニングへと歩くと、ふうわりと味噌汁の匂いが漂ってて。
(なんか自分ん家の台所と同じ匂いだな)
「…つーか、また変な鼻歌うたってるし」
恥ずかしげもなく歌う姉の声に「全く…」とひとつ呟き、ダイニングの戸を開けたら、姉は台所のガス台の前にに立って、お玉片手に鍋をみつめてる。
「あれ? 洋二さんは?」
ダイニングテーブルにいるだろうと思ってた洋二さんの姿がない。まだ寝てるのかと思いつつ尋ねると、
「ん~、ちょっと用事があってお店に行ってるわ」
オレに背をむけたまま、姉はそう言って、
「あ、ねえ。ちょっとこれ、運んで」
トレイに皿を乗せて差し出した。
「ねぇ…なんかあった?」
声のトーンがおかしい気がして、トレイを受け取り姉を見た。
「…蒼ちゃんがね、お店に来たって…」
「え…だって、今日は店休み…」
「詳しい事はわかんないけど、蒼ちゃんは洋二に任せたから大丈夫よ。さ、ご飯食べよっ」
心配しなくていいからと姉は小さく笑ってお碗に味噌汁を汲み入れるけど、心配になるのは当然で、否応なしに胸がざわざわして落ち着かなくて…。
「ねぇ充月、…昨日の今日だから、不安なのはわかるけど」
注いだ汁椀を運びながら、
「洋二を信じて任せて、少し待ってあげてくれないかな…」
姉は、穏やかな笑みを浮かべてオレを真っ直ぐ見つめた。
「…ごめん…」
なんだか申し訳なさがこみあげた。
「もう、一々謝らなくてもいいわよ…」
姉はやれやれと笑って、
「さ、食べよ、食べよっ」
椅子に腰を下ろして「は~、お腹空いた~」と、テーブルに並んだ朝食を見つめた。
「……」
オレは言葉なく椅子に座り、姉の作った朝食を見つめる。
玉子焼き、胡瓜の漬物。ほうれん草と人参のお浸し。それから、大根と油揚げの味噌汁。
それは、どれも北村家では定番のおかずだ。
「なんか、自分ん家で普通に朝飯食うみたいだな…」
思わずそう呟いたら、
「…充月にとっては普通でも、私にとってはどれも特別な料理なんだよ」
そう言った姉の笑顔は、どこか寂しさが混じってるように見えた。
「あ…のさ」
オレは、思いきってずっと訪ねたかった事を聞いてみようと姉を見つめた。
「姉ちゃん…津山さんになる事…ちゃんと考えてんの?」




