◆帰路、のち。
特別な思い出の場所から、日常へと帰路につく。
緑豊かな景色に包まれた緩やかな下り坂を抜けると、いつも通りの見慣れた景色が広がり、心のどこかで安堵してる自分に気づく。
旧道に立ち並ぶ古い家々や、年季の入ったクリーニング屋に贈答屋、タバコ屋などの個人店。
最近新しくできたコンビニや個人医院。どれを見てとっても別段珍しくはない、ごくごく平凡な景色だけど、僕にとっては安心する景色だったりする。
時間がたっても変わらないもの。
時間がたち変わったもの。
市の中心部のようにめまぐるしい変化のない南側に位置する小さな町。
ここは古き良きものと、大きくはないけど新しいものという対極する存在が互いに激しく主張しあうことなく、争うことなく共存しているところが僕はすきだったりする。
そんな事を考えつつ車を走らせる。助手席の葉月は、CDにあわせて楽しげに歌ってる。
もう幾度となく繰り返して聴いてるそのアルバムは、彼女が「やっぱり、この3枚目が1番好き!」と愛してやまない1枚だ。
そんな楽しげな葉月の黒いトートバッグの中で携帯が鳴動して、誰かからの着信を知らせた。
「充月からだ…」
呟いて音楽のボリュームをさげ、携帯を耳にあてがうと、
「お疲れさま。どうしたの?」
小さく笑みを携えて話だした。僕は運転しながら会話の断片を拾う。
「え? 何? 家の前にいるの?」
葉月は少し驚いた声を発した後、
「…わかった。あと5分くらいで着くから。…うん、待っててね…。じゃあね」
そう言って電話を切った。ミラー越しにチラリと葉月を窺うと、口元に手を宛がい
不安げな表情をうかべている。
「充月君、なにかあったの?」
僕の問いかけに葉月は、
「今、家の前にいるって。私達に相談したいことがあるって…。蒼ちゃんとなにかあったのかも。…あの子声がちょっと震えてた…」
フロントウィンドウを真っ直ぐ見つめて、逸る気持ちを露にして遠くの景色を見つめながら呟いた。
こんな時間に家に来てまで相談したいこと…。それは間違いなく蒼ちゃんのことだろうなというのはわかる。
帰り道で何かあったんだろうか…。電話では済ます事のできない相談内容ということは、かなり深刻な何かが2人に起こってしまったのかも知れない。
僕はひとつ深く深呼吸して、
「落ち着いて。ちゃんと冷静に彼の話が聞けるように、ね」
左手で葉月の頭をそっと撫でた。
「うん…」
ひとつ呟くと、葉月は目を閉じてゆっくりと呼吸を整えた。
薄曇だった空模様がかなり重い色に変わってきた。
時刻は6時を半分過ぎたところで自宅に到着した。
玄関先に立って待っていた充月君は、僕らの乗った車を見ると小さく会釈して俯いた。
「葉月、先に降りて。充月君を中にいれてあげて」
家の前でブレーキを踏んで車を停めると、僕の言葉にひとつ頷いて、葉月は車を降りて充月君と家にはいっていった。
家の隣の駐車スペースに車を入れて、一足遅れて家にると、「晩御飯は?」という葉月の声がダイニングから聞こえて、その後に「まだ…」と充月君の弱々しい声が耳に届いた。僕はダイニングへと歩き、
「いらっしゃい」
なるべく苦笑いにならないように、小さく笑った。
充月君は僕に視線を向けると、
「こんな時間に、急にお邪魔してすいません…」
申し訳なさそうに頭をさげた。
「いや、時間なんて関係なく全然大歓迎だよ。お腹すいてるでしょ?とりあえず、夕飯にしようか」
充月君から疲労の色が強く出ている。加えて空腹では、気持ちが沈むばかりだろう。
「葉月」
名前を呼び今日の夕飯の仕度は僕がと思い、台所を見ると、すでに黒いエプロンをした葉月は、
「待っててね、すぐに仕度するから」
ひとつ笑って冷蔵庫を開けて、冷えた麦茶の入った容器を僕に差出し「洋二、お願いね」と小さくぎこちない笑みを浮かべた。
僕はうなずいて食器棚からグラスを3つ出して、麦茶を注いでひとつを葉月に渡した後、
「さ、座って」
充月君をテーブル席に座らせた。
「すいません…」
椅子に腰掛けると小さく呟いて安堵の息をひとつ落とした。
乾いた喉をゆっくりと潤すと、充月君は
「洋二さん、俺…もうどうしたらいいか…」
俯いて、
「どうしたら蒼を救ってやれるのかわからなくなりました…」
グラスをにぎりしめて苦しそうな表情を浮かべた。




