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summer visit  作者: 河野夜兎
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◆揺らぎ


 厨房が二人になって、忙しさが半減とまではいかないけれど、僕自身も蒼ちゃんも少し余裕が出始めていて、仕事の事以外の会話も少しずつ増えてきた。

 

 内容はなんてことのないありきたりなものだし、彼女の事は相変わらず何もわからないまま。


 このままでいいのかどうか悩む気持ちはあれど、悔しいけど僕には蒼ちゃんの気持ちを上手く引き出す技量がない。


 やり方は些か強引だけど、はじめ君のほうが人の感情を引き出す事に長けているなと思う。

 

 今日のティータイムの蒼ちゃんを見て、僕はちょっとだけはじめ君に嫉妬してしまった。




 シフォンケーキが焼けると同時に、いつものように店のカウベルが鳴り、相変わらずの笑みを携えてはじめ君が来店した。


「いらっしゃい」


 葉月は平静を装う笑顔を浮かべてはいるものの、相変わらず警戒心の空気を漂わせている。

そんな葉月にはじめ君は、

「やあ葉月ちゃん。今日も素敵な営業スマイルをありがとう」

 そう言ってまるでからかうように肩を揺らして、くっく…と息を詰めるように笑いながらカウンターへと歩いてきた。


「……」

 葉月は膨れ面ではじめ君の背中へ向けて、べーっと舌を出して小さな憂さ晴らしをした後、


「今日は何飲む?」

 お冷やとおしぼりを置き尋ねた。


「アイスコーヒーでよろしく♪」

 そう言って、蒼ちゃんに向けてニカッと笑いかけた。そんなはじめ君の笑顔に小さく笑みで応えてアイスコーヒーの準備にとりかかる。


「お待たせいたしました。…なんだか眠そうな顔してますね…」

 カウンターの中からアイスコーヒーとストローをはじめ君の目の前に置き、蒼ちゃんが尋ねると、


「昨日徹夜でネーム描いてたから、ぶっちゃけすげー眠い」

 はははっ、と笑ってアイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れてストローでかき混ぜながら、


「蒼ちゃん、今度モデルになってよ♪ ツンデレキャラの研究したいからさ~」

 何の悪びれもなく蒼ちゃんに言い放った。


「…私はツンデレではありません」


 そんなはじめ君の言葉に、少しだけ口を尖らせて蒼ちゃんは抗議の瞳と言葉を向けた。


「いや、もうね。歩くツンデレの見本だよね?」

 はじめ君がテーブルを拭いてる充月君に視線を流して、同意を求めると、


「はい。もうツンデレの鏡ですって感じです」

 蒼ちゃんを見て笑いを堪えて頷いた。


「北村め…許さん…」

 口元を引きつらせてじとりと充月君を睨んだ。


「お、いいね、その表情♪」


 はじめ君はケラケラと笑って、


「無理矢理の作りじゃない、正直な表情だ」


 うんうんと頷きながらアイスコーヒーを飲んだ。


「…作りじゃない…」


 はじめ君に言われた言葉をつぶやいて、蒼ちゃんは少し俯き加減で顔を綻ばせた。

 そんな自然な感情を出す姿を見て、少しだけ寂しい気持ちになる。

自分がしている彼女への遠回しな接し方が本当は間違いではないかと疑いたくなる。

だけどそれは表情には出せい。出してはいけないと心の中で自分自身に言い聞かせた。


 そんな僕に、シフォンケーキを食べながら小さく笑みを含んだはじめ君の視線がちらりと向けられた。


 …見透かされてる。


そう感じて悔しいとは思えど、僕はいつものように苦笑いしてやり過ごした。


「甘いよな…ホント」

 はじめ君は、真顔でシフォンケーキをフォークで一口サイズに切り、


「シフォンケーキ、甘くてうまいわ♪ 疲れた体に染みる染みる」

 笑みを浮かべてうんうんと頷きながらケーキを口へと運んだ。


 はじめ君の言葉に苛立ちがこみあげそうになった。 僕自身が甘いなと言われた気がした。


「そりゃあウチのシフォンケーキはオムライスと並ぶ看板だもん。甘くて優しくて心癒されるでしょ?」


 葉月はふふ~んと笑って横からはじめ君を覗きこんだ。


「確かに癒される。この場所に来て、休憩入れると心が休まる」

 はじめ君はニカッと笑って、


「でも、ここから出たら、あらゆる労働と対峙しなきゃなんない現実が待ってるって葛藤もある」

 はじめ君は、蒼ちゃんを見つめてそう言って笑った。

 蒼ちゃんの顔が少し強張った。そんな蒼ちゃんを見て、葉月と充月君の顔が険しくなった。


「時々描く事が嫌になるよ。好きでやってんのになんで描いてんのかわかんなくなる事もある。だけど夜を忘れて描いてる」


 はじめ君は、はははっと笑って、


「なんでだろうな? うん、はっきりはわかんねーけどさ」 


 そうつぶやいてアイスコーヒーを飲んだ。


「その先になりたい自分がいるって…思ってるから…」


 蒼ちゃんが俯きながらポツリと小さくつぶやいた。


「キミは? そうなの?」


 はじめ君は笑みを絶やさずに蒼ちゃんに問いかけた。俯いた彼女の喉が微かに動いた――その時。


「やめて。はじめ君」

 葉月の静かだが怒気がこもった声がフロアに響いた。冷房とは別の冷たさが沈黙と共に広がり、空気が重みを纏ってゆく。


 何か言わなければ。そう思うけど、考えるばかりで言葉が出ない。

 蒼ちゃんを見ると、なんだか諦めたような表情を浮かべてるように見えた。


 どうすべきか…。


 その時、来客を知らせるカウベルが立て続けに鳴り、数人のお客様が来店した。

「いらっしゃいませー」


 充月君は出迎えの言葉を発して対応する。


「よし、仕事の時間だ。ごちそうさん」

 はじめ君は席を立って、僕に笑みを向けて小さくため息をついて踵を返した。

「シフォン、アイスセット4、お願いします!」


 充月君のオーダーの声に、蒼ちゃんは表情を引き締めて業務にとりかかった。


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