◇不安
目まぐるしい時間が流れるランチタイムが終わり、待ちに待った昼ご飯の時間が訪れた。
フロアでバタバタと身体を動かしてるせいか、仕事を手伝い始めてからは、すこし遅い昼休みのこの時間はかなり腹ぺこな自分がいたりする。
もしも店を手伝ってなかったら、こんなふうに腹を空かせて昼飯を待ちわびたりする事なんてないだろう。
きっと当たり前みたいに体たらくな夏休みを過ごしてただろうな…。
生活リズムなんて皆無で、ダラダラとした自由な毎日。
寝たい時に寝て、起きたい時に置きて、とりあえず親が作り置きした飯を何のありがたみもなく食ってさ。
蒼を自転車に乗っけてあちこち散策してみたりとか、決して多くはない友人と適当に遊んでみたりだとか、それなりに夏休みを過ごしてるんだろうけど。
でも、こうして店を手伝ってることで基礎正しい生活リズムが続いてて。
給仕作業で毎日バタバタと体を動かしたり、色んな人と接することはやっぱり刺激や充実感があり楽しいかなと思う。
「あ~っ! お腹空いた~っ!」
姉はカウンターにお冷やを3つ並べて、蒼が作る賄いを今か今かと待ちわびる。
「今日は何かな~っ♪」
ウキウキと声を弾ませて姉は厨房を見つめてるのに釣られるように俺も厨房に視線を向けて、こちらに背中を向けてる二人をなんとなく眺めた。
『厨房の手伝いは本当に楽しいよ。最近はオーナーと自然に話しをする事ができて、なんだかとても嬉しいんだ』
そう言って嬉しそうに笑みを浮かべた3日前の帰り道での蒼を思い出した。
「…すっかり仲良しだな…」
思わず漏れた小さな呟きに、姉は俺を見て「あれれ~、洋二にヤキモチ?」とニヤニヤしてきたけど、
「そんなんじゃねーし…」
からかいを遮るように、姉が座る右側にわざと頬杖をついて、シャットアウトした。
「…わかるよ、その気持ち…。うん、充月のもやっとなる気持ち、ちょっとだけわかる…」
姉は少し愁いた目で二人の背中を見つめながら、小さな声でつぶやいた後に苦笑いを浮かべた。
「あんなに楽しそうな洋二の顔…、私、初めて見たかも…」
姉は目線を少し下に落として、悔しそうな表情でため息をついた。
「姉ちゃんはいいじゃん。家ではずっと一緒にいられるんだし…」
「…そうだけど…。でも、やっぱり、好きな人の知らない顔を別の人から引き出されちゃうと…ね…」
姉の言ってることがよくわかる…。
信じててもやっぱ不安になるって気持ち。
言葉にはできずにため息が落ちた。
「…ねぇ、充月…」
姉は、少し表情を引き締めて、
「蒼ちゃん、お店以外でも少しは元気になった?」
姉の突然の質問に、返答に困ってしまった。
「…そっか…。そうだよね。事情はわからないけど、きっとなにか辛い事があったんだろうから、簡単に気持ちが変わるなんてできないよね…」
姉の淋しそうな声を聞いたら、否応なしに胸が痛んだ。
このまま理由を黙ったまま助けて貰うって、やっぱり都合良過ぎだよな…。
「姉ちゃん…あのさ、色々話したいから、一度家に行っていいかな?」
意を決して、俺は姉に尋ねた。
「勿論、大歓迎よ」
姉は柔らかく包み込むような笑みを浮かべて、
「私達の事、頼ってくれてありがとね、充月」
俺に礼を言った。
「ぁ…いや…」
なんだか非常に照れくさくなり、苦笑いを浮かべたら、俺の前に静かに丼が置かれた。
顔を上げると、カウンター越しに蒼の顔があった。
「お疲れ様。お腹が空いてるのに待たせてごめん」
そう言って小さく笑って姉の前にも同じものを置き、
「お疲れ様です。今日はちょっと和食にしてみました」
同じように小さく笑った。
目の前には、丼からほんのりと湯気立つ和風だし醤油と玉子の香り。
加えて、食欲を掻き立てる揚げたてのカツの香りが否応なしに鼻を擽った。
「うわっ! カツ丼だ~っ♪ おいしそ~う♪」
姉の歓声を耳にして蒼は小さく安堵の笑みを見せて、自分の分の丼をテーブルに置くと、厨房からフロアへと歩いてきた。
(…さっきの話…聞かれてないよな…)
何となく探るように蒼をちらりと見たら、視線があってしまった。
「…なんだ? 北村、私の顔になにかついてるか?」
「あ、いや、今日もランチ忙しかったから疲れてないかなと…」
苦笑いをこらえて蒼に尋ねた。
「平気だよ。忙しさにはだいぶ慣れたから」
蒼は小さく笑って席についた。
(良かった。聞かれてないようだな…)
蒼にバレないように、心の中で安堵した。




