◇少し慣れ始めた道
「アイス~っ!!!」
早朝7時のコンビニ近辺に響くのは、気合いが入り過ぎてるだろ…と思わずツッコミたくなるような、蒼の声だ。
「ちょ! 飛ばし過ぎだろ!」
夏休みの間、手伝いの為にカフェ『アイビー』へ向かうこと今日で10日目。
毎朝何故か曲がり角のコンビニまでの道のりは、アイスを賭けてのレースと化してた。
レースと言っても勝っても負けてもアイスを奢らされるという全く理不尽なルールは相変わらず継続中だけどな…。そして俺の対戦成績は10戦0勝と惨敗だ。
どうやら今月の小遣いは全てあいつのアイス代に消えそうだ…とため息をつきたくなるけど、なんだかんだで毎朝電話で起こして貰ってるわけだし、何より毎日頑張って自転車をこぎ店に向かい、厨房での仕事を熱心に手伝ってる蒼を見てるのは嬉しいからな。
「選ぶアイスがソーダ味じゃなきゃ、尚良しなんだけど…」
自転車をこぎながら、心の声が小さく漏れた。
でもその声は、風圧にかき消されて蒼の耳には届かない程小さな声だ。
今は届かなくていい。
でも、いつかは…。
「今日こそはあの生意気なコザル舞花に絶対ギャフンと言わせてやるんだ!」
蒼は自転車をこぎながら、気合いを入れて叫んだ。
「ギャフンて…お前…、相手は7歳の小学生だぞ…」
「7歳だろうが関係ない! 舞花は私のお客様であり、憎ったらしいライバルでもあるんだからなっ!」
ふんっと鼻息を荒げて声を張り上げる蒼を見て、否応なしに(ムキになる精神的レベルは…お前らさほど変わらねーよな…)苦笑いが込み上げた。
遡ること3日前。
定休日を覗いて手伝いの日数がちょうど1週間になった時のことだ。
いつものように朝、開店の準備をして1番に店に訪れたのは、サーフショップのひとり娘であるチビギャル舞花とその父である和俊さんだった。
舞花はとても7歳とは思えない位口が達者で、かなりのマセガキだ。
初出勤の時から俺の彼女である蒼にライバル宣言をし、カフェに訪れる日々
「恋は常にイケてるおんなが勝つもの! 戦いなんだからっ! みっくん(俺の呼び名)に似合うのは、そらよりもちょ~かわいくて、ちょ~オシャレな舞花だってこと、思い知らせてやるんだからねっ!」
正直勘弁してくれ…と思ったけど、そんな舞花の挑発に徐々に蒼の口も滑らかになっていくのがはっきりと見てとれたから黙ってることにした。
3日前、いつものように店に訪れた舞花が言った。
「舞花、よーじのじゃなくて、そらが作ったモーニングが食べたいっ!」
その顔は明らかに何かを企んでる顔だと思ったけど、洋二さんは、
「じゃあ、蒼ちゃん。これからは舞花ちゃんのモーニングの支度お願いします」
と、あっさりオッケーした。
この日から、舞花のモーニングの支度は蒼がする事になったわけだ。
支度と言っても、ドリンクを準備してトーストを焼く程度だから、味に大差なんてないだろ…とか思いつつも、真剣にパンを切りトースト作業する蒼を見てたら、頑張れって思ったりもしたのも事実。
だけど、舞花は蒼が作って出したそれに、
「…ふ~ん…、こんなもんか…」
と、ひとつ鼻を鳴らしてニヤリと笑って言ったわけだ。
「…こ、こんなもん…だ…と…?」
蒼は口の端を引きつらせて、怒気のこもった声で舞花を睨み付けた。
「あ~あ~。みっくんの彼女が作るのがこんなもんって…舞花、ちょ~げんめつ~ぅ♪」
とか言って蒼に睨み返して、オーバーなため息のゼスチャーを見せた。
…このガキ…。明らかにわざとだなと思った。
なんつー陰湿なメンタル攻撃を仕掛けてくるんだ! と思ったけど、相手は7歳のチビだ。
(クソ、怒るに怒れねー…)
苛立ち舞花の背中を睨む俺の背中を軽く叩き、目配せで(蒼ちゃんを見てごらん)と促す姉につられて、厨房に目を遣ると、蒼は小刻みにプルプルと震えた後、
「…対…」
口元に不適な笑みを携えながら、舞花に真剣な目を向けて、
「…絶対…おいしいって言わせてやるからなっ! 覚悟しとけ! このコザル!」
「コザルっ! 今っ! 舞花のことコザルって言ったな~っ!」
「ぇ? そんな事言ってませんけどー? コギャルって言いましたけどー?」
「絶対言ったし! 絶対言ったし! そらなんかチンパンジーだし!」
「ぷっ…。うるさいコザルめ…」
「また言ったし! 絶対言った! そらのゴリラ! メガネザル! マントヒヒ~~~っ!!」
そんなふうにしょうもないにらみ合いが毎朝続いてるというわけだ…。
それから今日で3日目。前日までの2日間はコザル――じゃなく舞花の小生意気な毒舌とオーバーなため息に蒼の出したモーニングは完敗した。
(言い合いでは舞花が完全に負けてるけどな)
「…やれやれだな…本当に」
自転車をこぎながらため息笑いがでた。
だけど、蒼がヤル気満々だから事を見守るしかないかなという感じだ。
姉は「どっちもがんばれ~♪」とか楽しんでるし、洋二さんも和俊さんも苦笑いしつつも楽しそうだし。
間に挟まれてる俺を誰も助ける気は無し――いや、そもそも俺…、ちょっと置いてきぼりのような…。
「今日はちょっといいこと思いついたんだ」
蒼は軽快にペダルを踏み込んでふふふっと含み笑いをした。
「いいこと…? なんだ? トーストにからしでも仕込むとか?」
「私がそんな事嫌がらせをお客様にするはずないっ!! これは私と舞花の真剣勝負なんだからっ!」
口調は荒いけど、蒼はかなり楽しそうだ。
…いや…、勝負って…。わけわかんねーし。
とりあえず、その考えついたいいことってやつが何なのか、気になるところだけど、
「頑張れよ」
いつものように言葉を贈った。
「北村こそ頑張れよ! 今日もきっと忙しくなる」
通い慣れ始めた海岸線。今日も空はすこぶる快晴で。
照りつける直射日光で腕がチリチリと痛むように熱い。
日の光が乱反射する海は眩しくて、早朝にも関わらず海風は熱い風と化してる。
「今日も海は大にぎわいって感じだろうな…」
そう考えると、不思議と心がソワソワと浮きだすような。
忙しいけど、フロアの仕事は結構楽しいと感じてるせいだろうか。
「…なんだ…、水着の女子でも妄想したか…?」
蒼は俺にじっとりとした視線を投げて鼻を鳴らして問いかけた。
「そうだな。やっぱり女子はビキニだな…。メリハリは大事だぞ」
負けじと鼻を鳴らして言い返したら。
「メリハリがなくて悪かったな!! 貧乳をバカにしたって葉月さんに言い付けてやるっ!」
蒼はそう叫ぶと、自転車をこぐスピードを速めた。
「ちょ! 嘘です! 軽いジョークだって!」
姉に密告なんて冗談じゃねーし!
「北村なんて! 葉月さんにトレイで頭叩かれちゃえばいいんだっ!」
勝ち誇った笑いと共に響く蒼の声は、すこぶる明るくて。
自転車をこぎながら、光を浴びる短い黒髪を風にそよがせて、ちらりと振り向き俺を見るその顔は、とても眩しくて。
万事上手くいってるわけじゃなくても、俺は蒼がこうして笑ってるこの瞬間が大事なんだと、改めて頑張ろうって思った。




