◆夕食
店を終えて、いつものようにスーパーで夕飯の買い物を済ませ、帰宅した。
いや…、今日はいつも通りとは少し違う。
充月君達を見送った後、葉月はかなりご機嫌がナナメで、僕と殆ど会話をしなかった。
原因は何となくわかるけど、とりあえずそこには触れないでおこうと小さく苦笑した。
少し頭を冷却して、自分と向き合う時間が激情型の葉月には必要だと感じたからだ。
「…それにしても…」
ダイニングテーブルの向かい側で、葉月は口を尖らせて煮付けた里芋を頬張った。
咀嚼して喉に通す数秒の沈黙の後、
「…はじめ君め…」
名前を呟き、味噌汁の椀を口元に運ぶ。その顔は相変わらず不機嫌で。
「うん、この煮物うまい」
僕はなんとか話題を別の方向へ持っていくことを試みたけど、
「ほんっと! やな奴っ!」
僕の言葉はどうやら耳に届いてないらしい。こんな時は黙って聞いてるほうが良いかと小さく苦笑してご飯を口に運んだ。
「蒼ちゃんは絶対はじめ君に騙されてる。あの気さくさの裏の顔を知ったらきっと蒼ちゃんはすごく傷つくよ」
冷奴の薬味を箸でつつきながら、鬱積した気持ちを吐き出していく葉月を見て、
「そうかな…」
ダイニングテーブルの中央、大皿に盛られた炒めた野菜や肉を、取り皿に乗せて僕は呟いた。
「…何よ…、洋二は私じゃなくてはじめ君の味方なわけ?」
葉月ははっきりとした二重瞼の瞳をキッと吊り上げて、僕を真っ直ぐ睨み付ける。
「い、いや…! その…敵とか味方とか…じゃなく」
何となく葉月の迫力に気圧されて言葉に詰まってしまった僕に、
「悔しいっ! ほんっと悔しいっ! 蒼ちゃんが私とよりも楽しそうにはじめ君と話してた事が悔しくてたまらないっ!!!」
地団駄を踏みそうな勢いで身体を小刻みに奮わせて叫んだ後、
「蒼ちゃんは…私に…愛想笑いしかしてくれなかった……」
脱力して俯きしょぼくれた声を落とした。
「名前だって呼んでくれないし…、洋二の事はオーナーって呼んで…楽しそうに話しかけてたのに…」
再度怒気がこもる声に、八つ当たりの予感が広がり、僕は更に苦笑いが込み上げた。
「洋二のバカっ! 蒼ちゃんと話して嬉しそうにニヤニヤしちゃって! 私だって蒼ちゃんと楽しくお喋りしたかったのにっ!」
…予感的中。
「何よっ! 私だけ仲間外れにして4人で楽しそうにっ!」
いや、ティータイムにはじめ君を敬遠し過ぎて話の中に入らずにいたのは…
「…それは葉月が…」
「そうよ! 私が悪いのよっ! まんまとはじめ君の挑発に乗ってイライラした私が悪いってわかってるわよ! でも、でも! 洋二だって!」
じんわりと涙目になりながら、
「私が中に入れなくて困ってたのに! 私のこと呼んでくれなかったじゃないっ! 見てくれてなかった! 無視したしっ! 洋二が私を無視したしっ!」
(あちゃー……)
残念ながら今気付いた。あの時僕は蒼ちゃんの事ばかりを気に掛けて、葉月をしっかり見ていなかった。
「…申し訳ない…」
箸を置いて葉月に頭を下げた。
「…何度も念を飛ばしたのにっ…洋二は全然きづいてくれないし…」
(いや…念を飛ばされても…)
僕は超能力者じゃないから気付けない。
頭を下げた状態で否応なしに笑いが込み上げてしまい、肩が震えるのを必死で堪えた。
「ちょっと! 何笑ってるのよっ!」
葉月は声を荒げるけど、
「いや…ごめん…」
レジ横の観葉植物に隠れて眉間にしわを寄せ、懸命に僕に念を飛ばしてる葉月を想像したら、ますます笑いが止まらなくなってしまった。
「笑い過ぎっ!」
葉月は、僕の脛を「えいっ!」と蹴飛ばして、膨れっ面で睨んできた。
…スリッパの先はかなり痛いよ…。
「蒼ちゃん、厨房の中では、葉月さんって呼んでたよ」
今日交わした会話を思い出し、葉月にそう告げた。
「えっ? そうなの?」
不機嫌な顔が一瞬で輝きを放ち、
「ね、ね? どんな事話してたの?」
目を見開き、まるで身を乗り出さんばかりに僕に尋ねる。
「夕飯はどんなものを作ってるか聞かれて、夕飯は葉月が作ってくれてるって説明した」
ランチタイムが終わる頃、賄いのパスタを作る時にそんな会話をした。
蒼ちゃんは、葉月がどんなものを作るのか興味がある感じで僕に問いかけた。
「葉月さんはどんな料理をするんですか? って」
パスタを茹でながらした他愛ない会話だったけど、僕の中では結構鮮明に残る出来事だったなと思う。
「飾り気なしで、飽きのこない定番の家庭料理を毎日食べさせて貰ってると彼女に言った」
小さく込み上げる笑みを抑えるように、僕は味噌汁の椀を口へ運んだ。
「…うん、本当にうまい」
ちらりと葉月に視線を遣ると、
「そっかぁ…、蒼ちゃん…。ちゃんと私の事名前で呼んでくれてたんだ…」
顔を綻ばせて小さくつぶやいた。積極的な割に意外と小心者なところがある葉月は、きっと蒼ちゃんとコミュニケーションがうまく取れてるか不安で仕方なかったんだろう。
「何事にも徐々にだよ。僕らはまだ始まったばかりなんだから、焦らずいこう」
「よし! 夏休みが終わる頃には、葉月さんから葉月ちゃんって呼んで貰えるようにがんばろっ!」
決意を表し、葉月はご飯を食べ進めた。
(やれやれ単純な…もうすっかりご機嫌だな)
再度込み上げる笑いで俯く僕に、
「なんかムカつく。洋二ひとりで凄く楽しそう」
再度脛に痛みが走った。
「ひとりじゃないよ」
笑いすぎて、目頭を拭いながら僕は葉月に告げた。
「ひとりじゃないから、こうして笑ってられる」
そんな僕の言葉に、口を尖らせつつも嬉しそうに笑みをこぼす葉月に、こうして向かい合わせで夕飯を食べる時間に改めて感謝した。
「今は二人だけど…いつかは…」
そんな言葉を投げかけると同時に、葉月の携帯が鳴った。
「あ、充月からメールだ♪ 」
……やれやれ。




