◇悪態と苦笑とKYな姉
(なんか気まずいな…)
とりあえず出されたアイスコーヒーを無言で飲みながらチラリと彼女に視線だけ向けると、仏頂面でアイスティーに刺さるストローをくわえたまま、じっと厨房内の洋二さんを睨み付けている…。
そんな視線にひたすら苦笑を浮かべる対面の洋二さんから(助けて欲しい)的な視線が姉に向けられるけど、華麗にスルーされてるし。
そんな姉はというと、カウンターで彼女の隣に座り「ワクワクしてますよっ!」と謂わんばかりに満面な笑みを浮かべて彼女を見つめている。
「…けど充月君。本当に久しぶりだよね? 身長、何センチ伸びた?」
沈黙と彼女のガン見に耐えらなくなった洋二さんは、俺に話題を振ってきた。
「…今176センチだから15センチ位は伸びました」
そう告げてやんわり笑ったら、
「充月の身長なんてどーーでもいいわよっ! ねぇねぇっ! 彼女名前なんていうのっ!」
姉は待ちきれないというオーラを発して隣の彼女に言葉を発した。
「昨日メールで教えただろ…」
「充月には聞いてない!」
俺の言葉を即シャットアウトする姉に、すげー理不尽な扱いだなと盛大にため息をつきたくなった。
そんな俺を見て、洋二さんは(お気の毒様…)と言いたげな苦笑を見せた。
「…蒼…。進藤蒼という名前ですが…」
彼女――蒼は、ストローを口から放して、照れ隠しにストローの包み紙を指にくるくると巻き付けながら小さくつぶやいた。
「そらちゃんかぁ♪ かわいい名前っ。…で、充月とはどこまでいったの?」
「…姉ちゃん…、マジ頼むからさぁ…」
俺は姉をジロッと睨み付けて牽制した。
「…昨日は北村と自転車で南町駅前のファミリーレストランまで行ってみました」
(つーか、どこまでいったの意味が違うだろ)と思ったが、姉や洋二さんに慣れるには会話をするのが一番手っ取り早い。だから、とりあえずは黙って聞くことにした。
「それから二軒隣の複合型ショッピングビル内2階にある『遊べる本屋』と称されるヘンテコ雑貨屋のキモカワ老人形と目一杯戯れた後、4階にあるペットショップの隅で北村と向き合いキ…」
彼女は急に会話を止めて、アイスティーを飲む為にストローをくわえた。
「…キ? …まさか♪ そのペットショップの隅でそらちゃんは充月と…キス?」
姉の瞳がドキドキと期待で輝きを放つ。
「キンギョを見ました。私と北村は破廉恥な公然猥褻をするような、どヘンタイではありませんので」
そう告げて洋二さんを再度睨み付けた。
「…蒼、ちょっと言い過ぎ。つーか、さっかからやたら洋二さんに悪態つくのはやめろって」
これだけ露骨に洋二さんに対する態度が悪いと、さすがにマズいだろうと思った俺は、蒼に少し強い口調を放った。
「……」
蒼は、口を結んで視線をグラスに落とした。
「…蒼ちゃん…、洋二のことあまり良く思ってない…? ごめんね…初対面なのにあんな場面見せられたらやっぱり…」
姉は寂しさ混じりの複雑な笑みを浮かべてつぶやいた。
「……」
そんな姉のつぶやきに反応する気配を見せずに蒼は俯いたまま、アイスティーのグラスを見つめ続けた。
「なんだか申し訳ない…」
洋二さんも複雑な笑みを浮かべて小さくつぶやいた。
「いや、違うんです。あの…実は、蒼は…」
俺は蒼の『心の事情』を二人に打ち明けた。




