◇ティータイムとあの人
「洋二さんてびっくりするくらいシャイな人だよな」
俺は照れくさそうに、そそくさと厨房へ戻った洋二さんを見て、思わず吹き出してしまった。
「そこが洋二の良いとこなのっ!」
言いつつも腹を抱えてケラケラと…姉ちゃん…笑いすぎだろ。
「つーか、2人で何コソコソ喋ってたんだよ」
からかい半分の視線を姉に送って、尋ねると、
「今夜一緒にお風呂に入ろうねっ♪ て話よ」
ハハン♪と浮かれた声を放ち、流し目を返された。
「バ…バカじゃね…」
言いつつ、ちょっと生々しい想像をしてしまった俺に、
「…今、一瞬想像したでしょ」
ニヤニヤとした笑みを向けて「今夜のオカズにしないでよね…」とつぶやかれた。
「だ、誰が――っ!」
身内なんかオカズになんかするか!!
言いかけたら、カウベルが店内に鳴り響いた。慌てて会話を止めて、
「いらっしゃいませー」
入り口に視線を向けると、
「よ、こんちは~♪」
と、ひょろ長くて、黒髪…。今朝の男の人だ。確か…、
「あらはじめくんいらっしゃい」
姉はまるで切って張り付けたような営業スマイルをかざして、はじめさんを迎えた。
「やあ葉月ちゃん♪ 今日はいつになく素敵な営 業 スマイルだね」
姉のあからさまな営業スマイルをからかうように、はじめさんは息を詰めるようにくっくと笑い、
「いつものよろしく~♪ あ、ドリンクはアイスコーヒーで」
姉の肩をひとつ叩き、カウンターへと歩いて行った。
「……」
姉は少し俯き加減で、無言で口の片端をひくつかせ、…若干震ってるような。
「ね、姉ちゃん…?」
俺は恐る恐る姉を呼んでみた。
「…充月、カウンターのお客様にシフォンケーキアイスコーヒーセット」
地を這うような低い声と共に、…すげー睨まれた。
(ちょ、なんでこんなに怒ってんだ???)
そう思いつつも、触らぬ姉になんとやら。俺ははじめさんに出すおしぼりとお冷やをトレイに乗せて、
「洋二さん、シフォン、アイスコーヒーセットお願いします!」
オーダーと伝票を厨房に通した。
「どうぞ…」
おしぼりとお冷やをはじめさんに出したけど、何となく俺までぎこちない笑顔になってしまった。
「ありがとう、充月くんだっけか?」
ニカッと笑って俺を見るはじめさんに、ひとつ小さく頷いた。
(この人、一体何者なんだ…)
ぱっと見、全く悪そうな人には見えないけど…。
姉はどうもこの人が好きじゃなさそうだって感じがするし。
「はじめくん、いらっしゃい」
洋二さんは朝の事は何事もなかったかのように、厨房から小さな笑みを浮かべてアイスコーヒーを差し出した。
「…で、充月くんの彼女って、どこ?」
アイスコーヒーを受け取り、紙袋からストローを出して、俺に尋ねてきた。
「……」
厨房に目を遣ると、そこに蒼の姿はなく…。
「蒼ちゃん…」
洋二さんは、モーニングの時と同じように冷蔵庫の辺りを見つめて手招きをした。
(やっぱ…隠れたか…)
大丈夫だろうか…。はじめさんは洋二さんと歳がかなり近い感じがする。
今朝あった、ちびギャルの父である和俊さんとはまた違う大人の男に、蒼はきっとかなり戸惑ってるんじゃないかと思い、嫌でも不安が沸いてくる。
「…い、い……ま…せ…」
冷蔵庫から少しだけ顔を覗かせて、蒼は、聞き取り困難な蚊の鳴くような声を発した。
「…すみません、はじめくん、今日のところはこれで…」
勘弁くださいと、洋二さんは苦笑いして、
「蒼ちゃん、シフォンケーキの盛り付けを手伝ってください」
はじめさんに背を向けさせる位置に蒼を立たせて、共に厨房の仕事にとりかかった。
「あー、お構い無く~♪ いや~、いいね、うん。中々可愛いらしい娘じゃん」
はじめさんは涼しげな笑みを浮かべて、俺に視線を流した。
「ねえ、キミら付き合ってどんくらいなの?」
はじめさんは、興味津々と謂わんばかりの表情で俺に問いかけた。
「…3ヶ月…くらいです」
あまり詳しく突っ込まれたくないけど、とりあえず、世間話程度の範囲で短く答えた。
「敬遠しなくていいよ。俺、彼女…蒼ちゃんだっけ? の事、大体わかってるしさ~」
はじめさんは俺に小さな声で囁いた。その言葉に俺はギョッとして目を見開いた。
「し、知ってる…って…」
動転して思わず言葉が出にくくなる俺に、
「簡単な説明だけど、オーナー達に事情聞いてるってこと」
はじめさんは、悪びれることなくそう告げて、アイスコーヒーを飲んだ。
「そ…そうでした…か」
(…あの事件の事、知ってるんじゃなかったのか…)
安堵の息を隠しつつ、すみませんと小さく頭を下げた。
(そっか…洋二さん、前もって蒼の事をそれとなく常連さん達に…)
だから、カウンターに座るお客さんが口々に「気にしないで」とか、「気を遣わないで」とか声をかけてくれたんだ…。
蒼の心になるべく負担がかからないように。そんな配慮をしてくれてた事を知って、俺は感謝の気持ちに包まれた。
「シフォンケーキ、お待たせいたしました」
洋二さんは、はじめさんにプレートを差し出した。
「ありがとう、ねぇ、大丈夫だからさ、隠れてないで、ちょっと出ておいでよ」
はじめさんは食洗機の辺りに身を潜めている蒼に、気さくに声をかけた。
「……」
蒼は俯き加減で眉間にしわを寄せ、無言ながらも、少し、また少しとカウンターへと蟹歩きをして姿を現した。




