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summer visit  作者: 河野夜兎
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◇回想2

 この店の手伝いをさせてもらうことを思いつき、そこに向かって行動を起こせたのは間違いじゃなかったと思った。


 誤魔化しの仮面を被ることなく、感情を押し殺して能面になることもなく、蒼の中から本当に自然な感情が伺える。


 初日から順調過ぎるくらいだなと思うところは少々あれど、やっぱりあいつのいろんな顔を見てると、俺はすげー嬉しいわけで。


 厨房の右奥で姉は鼻歌混じりで食洗機の中の洗い物を片付けてる。歌ってるのは店内のBGM。姉がこよなく愛してると豪語するロックグループのラブソングだ。


 厨房の中央奥では洋二さんと蒼がティータイム用のシフォンケーキを作る支度をしてる。


 真剣に、でもわくわくとした空気を醸し出しながら、洋二さんの話を聞いて作業を見つめてる蒼を見てると、数日前の冷たくて虚ろな蒼の姿がまるで嘘みたいにも思えてくる。


(…もう、あんな顔させたくないな…)


 そう願うと同時に、心の中に何かが静かに沸き立つ感じがした。



 少し時間を巻き戻して、夏休みが始まる数日前のことだ。

 期末テストを終え、休みまであともうひと踏張りというところで、蒼はぱったりと学校に来なくなった。

 

 蒼が休んだ初日、俺はいつも登校時に待ち合わせる歩道橋の下で蒼の到着を待った。だけど、一向に来る気配がなく、ただ時間だけが過ぎていった。

 勿論心配になり、蒼の携帯を鳴らしたら『風邪をひいた。休む』と体調不良を訴えた。

 昨日までは何となく元気にも見えたのに…。そんな違和感はあったけど、俺はゆっくり休むようにと告げて電話を切り、学校へと自転車を走らせた。



 授業を終え学校帰りに様子はどうかと思い携帯に電話をしても、蒼は電話に出なかった。メールを飛ばしても返信がなく…。


 その日を境に全くの音信不通状態になってしまった。


 登校する朝と、下校した夕刻に蒼の家に行き、威圧感のある大きな門に備え付けられた呼び鈴を鳴らしたけど、まるで住人がいる気配がない全くの無反応で。

 日を追う毎に不安だけが募っていく俺の気持ちと反して、その大きな扉は一向に開くことがなく、そして俺にはその扉を蹴り破る勇気も当然なくて…。


 無言の門前払いを食らって4日。正直俺は諦める心に負けそうだった。

 こうしていくら俺が蒼を思っても考えても、結局は気持ちがちゃんと繋がるなんてことはなく、一方通行のままなんだなと感じてしまったんだ。


 1年のときは互いに隣のクラスで、蒼と初めて言葉を交わしたあの歩道橋の上の出来事から始まった俺達。


 それから登下校中や休み時間に交わす僅かな言葉を積み重ね、半年を経て2年になり、同じクラスになって…。


 その間に少し、また少しと縮んできたと思われた互いの距離は、その中で時折見せる蒼の小さな笑みは、偽りのものじゃないと願いたいけど、これだけ毎日あからさまに拒否されると、そんな願いも自信もぐらぐらと揺らいでしまっていた。

「結局…俺なんかじゃダメってことか…」


 呟いたら、梅雨時のじめじめとした不快な暑さと反して、体から熱がどんどん奪われるような感覚になり、門を見つめていた視線がアスファルトへと下がった。


「もう無理だな…」

 ため息と同時に諦めのどん詰まりである言葉がアスファルトに落ちた。


 開くことのない重い扉に背をむけ、自転車のスタンドを乱雑に足で払いのけて自転車にまたがったら、「ふざけんな…」どうしようもなく苛々した。

 

 自転車にまたがったまま、ポケットから携帯を取出して蒼にメールを飛ばした。

 内容は


『いつもの歩道橋で待ってる お前が来るまでな!』

 とだけ打ち込み飛ばした。


 空を見上げたら、どんよりと厚い雲。

まだ梅雨の明けない、予測不能の不安定な空模様。

 

 どうしても折れそうな自分の気持ちに負けたくなかったんだ。 

 諦めのどん詰まりなんてふざけんな!

 どん詰まりなんてないんだ。あいつはまだちゃんと息して生きてんだ。


 

『死ぬ気があったらもっと早くにあの世に逝ってる』


 あの日、蒼が俺に告げた言葉を思い出した。


『何も知らないくせに。知ったかぶりして近づいてくる偽善者なんて大嫌い!』

 あの時蒼は、自分を取り巻く全てを拒絶、排除する事で辛うじて生きてた。

 蒼が見せた真剣な瞳は、『この先もずっと続くだろう私の孤独を何も知らないあんたになんか救えるわけがない』


 そんな事を訴えるような瞳だって感じたんだ。

 俺はそんな瞳を向けた蒼に、


「偽善ってのは、人の為に善を尽くすってことだと思ってる。よし決めた!」

 俺は蒼を見下ろして、ひと呼吸置き、


「お前が俺を知らない奴とかウザいとか思ったって、お前とこの先もずっと係わりを持つって、たった今決めたぞ!」

 

 それは決して一時差し伸べる同情の手などではなくだ。

 そんな俺の言葉に蒼は、焦げ茶色の大きな瞳を更に大きく見開き、声無く俺を見上げた。


「だって、お前…」


 今まで、進藤蒼をずっと気にして目で追ってたのに。

見て見ぬ振りしてアクションを起こす事を諦め、言い様のない苛立ちを押し殺し過ごしてた。


 そんな俺が偶然にも事を起こし、ずっと続けたいって決定付けたのは、


「すげー泣いてんじゃん…。そんな顔してる奴、ほっとけるかっつーの…」

 

 あの時蒼の泣き顔を見て、わかったんだ。

 なんで俺がいつも学校で苛立ちながらも蒼を目で追ってたのか…。

 

 蒼の全てを救いたいなんて、大それた事はできないけど。

 ほんの少しでもいい。

 泣いたり笑ったり。


 空っぽな蒼ではなく、そんな感情を出して『生きてる』蒼が見たい。


 そう思ったんだ。




「あの時と気持ちは変わってないんだろ?」

 俺は携帯を見つめて自分に問いかけた。

 勿論答えは「YES」だった。




「充月~っ! 彼女に見惚れてないで、ちゃんとテーブル拭きなさいよっ!」


 いつの間にか厨房からフロアに移動してきた姉が、笑いながら俺の背中をぺしゃりと叩いた。


「みっ、見惚れてねーしっ!」

 不意討ちをくらい、慌ててしまった俺を見て厨房の洋二さんは小さく吹き出した。その隣で俺を指差して「また怒られてる」と言いたげに小さくニヤニヤしてる蒼。

 …お前…、絶対後で覚えてやがれ…。

 引きつり笑いを蒼に向けたけど、


(あの時、雨が降ろうが槍が降ろうがって気持ちで蒼を待ってて良かったな…)


 心の中で呟いたら、足取りが軽やかにならずにはいられなかった。



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