◇目的
「充月、ランチA2つ、6番様ね」
「6番、はい!」
伝票にレ点チェックを入れてトレイを2つ持ち、6番テーブルへ歩く。
「Aセット、お待たせいたしました」
向かい合わせて座るカップルに注文の品をだし、そのついでにお客さんが帰ったテーブルの上を片付ける。
自ら考えて率先して動くではなく、司令塔である姉の指示に従って動く。残念ながら、頭は全く回ってない状態だった。
周りを見渡す余裕もなく、慌ただしく過ぎるランチタイムをどうにか乗り切る事で精一杯。厨房にいる蒼の顔も殆ど見ないで、瞬く間に時間が過ぎていった。
客が引いたランチタイム終了の午後1時半過ぎ、テーブルを拭いて「疲れた…」と思わず疲労感が口からこぼれた。
そんな俺を見て姉は、
「お疲れ様~♪ よく頑張ったね」
と、労いの言葉をかけるけど…。
(姉ちゃん、あれだけ動いてよく平気だよな…)
この人、化けモンかよ…。そう思ったら、笑顔が引きつった。
「充月っ♪ 待ちに待ったお昼ごはんだよ~っ♪」
姉の声も足取りも凄まじく軽やかだ。つーか、飯…あんまり食べる気しねー…。
そんな疲労感丸出しで、無言半笑いの俺を見て、
「何? 嬉しくないの? お昼ごはん。洋二と蒼ちゃんが作ったごはんだよ!」
「いや…、ほとんど洋二さんが作ったんだろ?」
やれやれと苦笑いする俺に、
「あんた…、ほんっといっぱいいっぱいだったんだね…」
姉は、お気の毒様と言いたげな視線を俺に投げて、
「ごはん、蒼ちゃんが作ってたんだよ。洋二は隣でアドバイスしてただけ」
この上ないご機嫌な笑みで厨房に視線を流した。
「マジか?」
つられて俺も厨房に視線を向けたら、蒼が洋二さんを見上げて嬉しそうに何か話しかけてた。
「蒼ちゃんて、料理上手だったんだね♪」
姉は嬉しそうに声を弾ませた。
「…」
俺は返答ができなかった。何故なら、蒼が料理上手だなんて知らなかったからだ。俺が知らない蒼に対して思わず眉間にシワが寄ってしまった。
「…充月、もしかして蒼ちゃんが料理できるって事、知らなかったの?」
俺の表情で姉が察知した。
「…他人の事全て知ってるなんて、あり得ねーし」
図星をさされた苛立ちから、思わず言うべきじゃない乱雑な言葉が口をついてこぼれた。
「他人とか…。何その冷たい言い方…。彼女なのに他人て…」
姉はムッとした表情でつぶやいた。
「いや、あの…、違うんだ」
言葉のあやっていうか、心からそうは思ってないんだってこと、そんな気持ちをうまく伝える言葉を探すけど全然見つからない。
…結局口から出たのは情けなくも「ごめん…」の一言だった。
「充月」
嫌でも顔が床に下がる。そんな俺に姉は、
「充月は、なんの為にここに来たの?」
その口調は穏やかだけど、とても強い言葉だった。
「なんの為にここにいるの?」
(なんの為に…)
はっとして顔を上げると、姉は、
「本当の目的、ちゃんと思い出せた?」
ちいさく安堵の息をついて、柔らかな笑みを浮かべた。
「ごめん…。俺…自分の事でいっぱいいっぱいだった…」
厨房に視線を遣ると、蒼はそわそわとした様子で俺を見つめてた。
「さあ、行こう♪ 彼女の笑顔と、お手製の美味しいごはんが待ってる」
姉はにしっと笑って俺の肩をポンと叩いた。
「…姉ちゃん、ありがとう」
つぶやいたら無性に照れ臭くなって、早足でカウンターへと向かった。




