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summer visit  作者: 河野夜兎
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◆悩みながら。

「蒼ちゃん、ちょっと手伝ってくれるかな?」


 アイスコーヒーとモーニングサービス用のトーストにゆで卵を、カウンターに座る和俊さんと舞花ちゃんに出した後、毎日来店する常連のお客様で、店内は賑やかになりつつあった。


 カウンターに向かい少し俯き加減で立ち、お客様のフレンドリーな会話に小さく相槌を打ちながらも、蒼ちゃんの顔には笑みが無い。


 カウンターに座るお客様は皆ご近所さんで、僕が小さい頃から知ってる人ばかりだし、当たり前のように会話に遠慮はない。

 葉月の弟の彼女という蒼ちゃんに皆は、やっぱり興味津々で…。


 中々会話が途切れることがなく、それが彼女には相当辛そうに見てとれた。


(少し距離のある厨房内からでもこの状況はやっぱり厳しいみたいだな…)


 なんとか相槌を打ち、はい、いいえの受け答えで必死で耐えてるように見える蒼ちゃんの強ばる体や気持ちを、少し楽なほうへ切り替えてあげなければ、きっと身も心も1日持たないだろうなと思った。


 僕は蒼ちゃんに厨房の中の仕事を振ることにした。


「…何をすればいいですか?」 

 カウンターに背を向けた蒼ちゃんは、驚くほどはっきりと安堵の顔を僕に見せて、言葉を発した。


(僕のこと、少しは大丈夫になってくれたのかな…)

 それとも、僕にすら縋りたくなる程に気持ちが一杯一杯だったのか…。


その心情はわからないけど、どうであれ、僕は嬉しさで思わず笑みがこぼれそうになった。

 でも今は堪えることにする。蒼ちゃんに対する急激な距離の縮め方は、なるべく避けたほうが良い気がしたからだ。


「ランチ用のミニサラダを器に盛り付けてください」

 僕は、浮き上がりそうになる声を押さえて、冷蔵庫から仕込みを終えたサラダの材料を取出して、トレイに並べたガラスの鉢にひとつ見本を作り、蒼ちゃんに残りの器への盛り付けを頼んだ。


「ガラス鉢全部に盛り付け終えたら、ラップをかけて冷蔵庫へお願いします」


 僕の指示を受けて、蒼ちゃんは「はい」とひとつ返事をして、サラダの盛り付けに取り掛かる――刹那、ボールに伸ばした彼女の両手を見ると、小刻みに震えていた。


「…大丈夫?」

 僕はなるべく負担にならないように、一言だけ声をかけた。そんな僕の言葉にはっとして、蒼ちゃんは、

「平気です!」

 両手を下に隠して、少しだけ声を大きく発した後、唇を噛みしめた。

 俯き加減のその顔は、悔しそうな色を含んだような苦い顔だった。


「モーニング、アイスコーヒー1(ワン)でお願いします!」


 フロアから葉月の声と共に伝票が置かれる。


「はい、アイスコーヒー1ね」


 僕はオーダーを受け取り、蒼ちゃんに「じゃあ、サラダは蒼ちゃんに任せたよ」と声をかけた。蒼ちゃんは返事の声の変わりに、ひとつ大きく頷いた。



(…さて、どうしようか…)

 蒼ちゃんから離れて、カウンター側でトーストを焼き、モーニングのセットをしながら、

これから迎える忙しいランチタイムを考えて、一通り頭の中でシュミレーションしてみる。


(…いけるだろうか…)


 盛り付けの補助と、厨房から料理を葉月と充月君に出す。それから、下がってきた器やグラスを受け取り、補助の合間にそれを洗う。

 難しい作業ではないと思うけど、カウンターに向かえば些細ではあれど接客はついて回る。


(…中に引っ込めっぱなしでは、彼女が店を手伝う本来の目的が疎かになってしまうからなぁ…)


 昨日蒼ちゃんが言った「変わりたい」という言葉と、先刻の悔しそうな顔を思い浮かべた。


(…抗う姿勢が見えるうちは、過剰に保護しないほうがいいか…)


 アイスコーヒーを準備した後、トースターから焼けたパンを取出し、プレートに乗せてゆで卵を添えて、トレイに置き、オーダーの品を待っている充月君に差し出し、


「3番テーブルにお願いします」

 僕は声をかけた。


「3番テーブル、はいっ!」

 充月君は少々強ばる顔でトレイを受け取り、緊張しながら3番テーブルへと歩いた。


(あ…、伝票忘れてる)

 カウンターに取り残された3番テーブルのお客様の伝票を見て、僕は小さく笑みを落とした。そんな僕に気付いた葉月は、お帰りになるお客様のレジ作業を終えて食器を下げた後に、


「充月、相当緊張してるわよねぇ…」


 何やら楽しそうに僕に食器を差し出した。  


「初日だからね。仕方ないよ」

 僕は葉月に伝票を渡して、

「葉月も初めは似たような感じだったし…、いや、もっとヤバかったかもな」


 5年前の葉月を思い出したら、思わず笑いがこみあげた。

「ちょっと! やだっ! 何思い出し笑いしてるのよっ!」


 葉月は恥ずかしそうに膨れっ面をしながら、僕から伝票をひったくり、充月君のもとへと歩き出した。

 やれやれ…、と息をつき、僕は厨房の中央調理台に目を向ける。


「……」


 蒼ちゃんはスローペースだが、しかし真剣にサラダの盛り付けをしている。

(賄いを作る時に、少し包丁を握らせてみるのもありかな…)


 そう考えてた矢先に、 「よ~じさいてー。は~ちゃんって彼女がいるのに、わかいおんなのこに見とれちゃってさ…」

 カウンターから舞花ちゃんの小生意気な声と、刺さるようなじと目が…。


「洋二君、浮気はいかんよ、浮気は…」

 舞花ちゃんの隣で便乗して、楽しげに僕を茶化す和俊さんを見て思わず、

 

「ちょっ…、ち、違いますって」

 そう声をあげて苦笑いを浮かべずにはいられなかった。



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