◆相変わらずな僕ら
「もうそろそろかなぁ?」
先刻から店の時計を何度も見上げては、ソワソワしながらダスタークロスでカウンターを拭く葉月に僕は、
「ちょっと落ち着こうか…」
と、厨房からアイスコーヒーを差し出した。
「そんな事言う洋二だって、さっきから何回も時計を見てることはバレバレだよ~」
葉月はにんまりと笑ってアイスコーヒーを受け取り、カウンター席に腰を下ろした。
(相変わらず見てないようで、細かいところを見てるな…)
僕はやれやれと苦笑いしてアイスコーヒーを飲みながら、厨房から葉月の隣へと移動した。
「そわそわせずにはいられないよね~っ! 充月が彼女を連れて来るなんてっ!!」
葉月はストローでグラスに弧を描き、氷の鳴る涼やかな音色を奏でながら、絶え間なく頬や口元を緩ませている。
「充月君とは一年ちょっと振りくらいかな…。きっと更に男前になってるんだろうね」
葉月の弟の充月君と会うのは昨年の春、高校進学の祝いにと彼を店に呼んで、葉月と僕と三人で夕飯を食べた日以来だ。
あの頃の充月君は高校生と言うよりまだ、中学生の幼さが残り、まるで葉月の弟とは思えない程真面目でシャイで口数が少なかったな…。
「充月は姉の私が言うのもなんだけど、超イケメンになったよ~♪」
葉月はふふーんと自慢気に笑った。
「中学の時は童顔チビだったのに、高校入って急に身長がグイッと伸びて、すごく男っぽくなっちゃってね~♪ 我が弟ながら、目の保養になるなる~♪」
(…目の保養になるなる~な彼氏じゃなくて、申し訳ない…)
思わず込み上げる僕の苦笑いを見て葉月は、
「洋二はイケメンでなく、その平凡なところがいいのっ」
夏の太陽の下で揺れる、向日葵のような笑顔が僕に向けられる。…平凡…か。
「平凡が一番いいのっ。だって、彼女がいれど、まだ若いシングルなのにこんな素敵なカフェのオーナーで、プラスイケメンだったら、私はきっといろんな心労に負けちゃうわよ…」
葉月は小さく口を尖らせながらアイスコーヒーを一口飲んでため息を落とした。
「色々心労が多いのは僕のほうだよ…」
僕は更に苦笑いして、また今年もご近所である民宿『波音』にて住み込みの短期アルバイトに来ているはじめ君を思い浮かべた。
はじめ君は相変わらず葉月目当てでティータイムの時間には欠かさずここに休憩にやってくるのだ。
毎日毎日葉月に果敢にアタックをかけては玉砕して、僕に毒を落として帰っていく。
全くもって迷惑だけど、根は悪い人ではないので嫌いではなかったりする。
それだけじゃない。
葉月の屈託のない笑顔と明るさに惹かれてここへ足を運ぶお客様は、結構いるわけで…。
(内心は…穏やかじゃないんだな…)
僕は無言でアイスコーヒーを喉に流しこんだ。
「洋二、何? 難しい顔しちゃって」
葉月は僕を覗きこみ、小さく笑みを浮かべた。
「…なんでもないよ」
いまだに互いの顔の距離が近づく事にドキマギしてしまう弱腰な僕に、
「洋二…、顔赤い…。そういうの、こっちまでドキドキする…」
囁く葉月の唇は、薄いピンクのグロスで柔らかくも艶やかな光を放つ。
二十歳を過ぎると女性はどんどん大人の輝きを増すものなんだなと心から思う。
出会った頃の葉月は可愛いがとても似合う溌剌が全面に押し出された女の子だったけど、今の彼女は可愛いではなく綺麗という言葉のほうが良く当て嵌まる。
それだけ、僕らの時間は進んだんだってことを実感せずにはいられなかった。
「ねぇ、洋二ぃ…」
葉月はまるで何かを強請るような声で僕の名前を呼んだ。
「…」
何を強請られたか、察した――というより、きっと僕も葉月と同じ気持ちだったと言ったほうが正解だろう。
開店前。二人きりの静かな店内。BGMは相変わらず彼女が愛して止まないあのグループのポップなラブソング。
近づく僕ら。
目をゆっくりと閉じる葉月――
カランカラーン!
「「!!!」」
カウベルが激しく鳴り、僕らは目を見開き、ほぼ同時に入り口に顔を向けると、
「邪魔なら…、一旦出よう…か?」
「……」
入り口に立ち、眉間にシワを寄せて苦笑いする、
「みみみ充月君っ!?」
僕は立ち上がり、上昇する顔の熱さを笑って誤魔化した。
「…タイミングの悪い弟」
葉月は小さく舌打ちをして充月君をジロッと睨んだ。
「……」
充月君の後ろには、顔を赤らめ、茫然自失気味で僕らを見つめる女の子が「公然猥褻…」とつぶやき、ゆっくりと後退りし始めていた。




