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summer visit  作者: 河野夜兎
19/53

◇気になる人

「…あの…」

(誰だ…? この人)


 振り向いた目の前に涼しげな笑みを浮かべて立つ、やや長めの黒髪の男の人は、俺の記憶のどこを探っても見当たらなかった。


 姉の事を知り、親しげに『葉月ちゃん』て呼ぶってことは、店の常連客だろうか…。


 いけないとは思いつつも、いきなり知らない男に声をかけられ、眉間に少しシワが寄る。


「あの…、どちら様でしょうか?」


 男の人を探るように見つめてそう尋ねると、


「あー、俺?」


 そう言った後に店の並びの民宿『波音(なみね)』を指さして、


「俺、あそこで住み込みのバイトしてんの。でもって、アイビーの常連」

 にこやかに笑って、軽く身のうちを明かした。


(やっぱり常連客か)


「すいません…、俺、今日から手伝い始めたばかりで何も知らなくて…」

 とりあえず頭を下げた。

「うん、昨日葉月ちゃんからさらっと聞いた。彼女と一緒に夏休みの間、店手伝うんだって?」


「はい…」と返答し頷きつつ、男の人を観察する。


 黒いVネックのTシャツに、カーキ色のカーゴパンツ。なんか見た目ひょろりとして、若干病弱そうな肌の色だ…。

(なんかすげー太陽が似合わない人だな…) 



「ねぇ、彼女って――」

「ちょっと! はじめ君っ!!」


 カウベルの音と同時に、ちょっと怒気を含む姉の声が響いた。


「おっ、葉月ちゃん、おはよー。今日も変わらぬかわいさだね~」


「よっ♪」と手をあげる、はじめ君と呼ばれる男の人は、にっこりと笑って姉に声をかけた。


「…充月、休憩時間だよ。蒼ちゃんがアイスコーヒー入れてくれたから店戻って」


 姉は若干ひきつった笑顔を俺に向けた。


「あ、いや…でも」

 話しかけられた人は、店の常連さんなわけだから、話の最中に店に休憩に戻るなんて、ちょっと失礼じゃないか?


 そんな事を考えつつ姉に視線をやると、


「いいから早く行って」

 今度は真顔でそう言い切られた。

「…わかったよ…」

 何だかわけのわからないまま、姉の迫力に気圧されて、俺ははじめさんに会釈して店内へ戻るために踵を返した。

「またね、弟クン」


 姉の真顔に反するように楽しげな笑みを浮かべて、はじめさんは俺に軽く手をあげた。


(なんなんだ…? わけわかんね…)

 小さく息を吐いて、店内に戻ると、カウンターの奥から蒼と洋二さんが横並びでこっちを見てる。


「あれ? 充月君、葉月は?」

「あ、外でお客さんとなんか…」 

 洋二さんにどう説明したらいいのか躊躇した。

 揉めてるってのはちょっと違うような…。でも、和気あいあいと立ち話って感じでもないし…。


 思わず苦笑がこみあげた俺を見て、


「はじめ君だな…」

 洋二さんは、俯き加減でやれやれと苦笑いして、厨房から出てきた。


(何で相手が誰かわかったんだ…?)

 疑問符を浮かべてしまい、はい、と返答ができずに洋二さんに視線をやると、

「ちょっと2人で休んでて」

 やんわりとした苦い笑みを浮かべて表に出ていった。


「…どうなってんだ?」

 まさか、姉を挟んでのちょっとした三角関係とか…

「…ははっ、んなわけねーか…」

 漫画やドラマやあるまいし…。

(つーか、あの人、俺に何を言いかけたんだろ)


 そんな事を考えながらカウンターへと歩くと、


「北村っ!」

 カウンター厨房側から蒼が俺を呼ぶ。その顔は、上気して結構楽しそうだ。

 カウンター席に腰掛けると蒼は、


「お、お疲れ…様」

 照れくさそうにカウンターへ手を伸ばして、アイスコーヒーを俺の前に置いた。

「お疲れ、ありがとう」


 短く礼を述べて、俺は早速渇いた喉を潤す。


「…どうだ?」

 蒼は、俺をじっと見つめて様子を伺うけど、

「え? 何が?」

 意味がわからず聞き返す。

「アイスコーヒー…どうだ?」

 蒼は若干口を尖らせて再度俺に尋ねた。


「えっ! もしかして、これ、蒼が作ったのか?」

 思わず目を見開き、蒼をじっと見つめて返答を待つと、


「作ったんじゃないっ! グラスにアイスコーヒーを注いだんだっ!」


 膨れっ面で声を荒げた。

「ちょっ、注いだだけって…」

 いや、それでどうだ? と聞かれても…。


「…馬鹿にしたな? 注いだだけって言うけど、これが中々難しいんだぞっ!」

 蒼は洋二さんから教わった、ドリンクの量を俺に話した。その顔は熱心でいて、すごく楽しそうだ。


「8分目をクリアしたら、お客様に出すドリンクを任せて貰える事になった」


 蒼は嬉しそうにアイスティーを飲んではにかんだ。

「そっか、がんばれよ。…なぁ、洋二さん、近くても大丈夫か?」

 

 先刻、横並びだった2人を思い出して蒼に尋ねてみた。


「…つくしだと思えば、平気だっ」

 蒼は小さく笑みを浮かべて鼻を鳴らした。


「ちょっ、お前、つくしって…」 

 吹き笑いしそうになった俺に、


「北村のお姉さんの彼氏さんの事…どうやって…呼んだらいいかな…?」

 蒼は照れくさそうに尋ねた。


「…オーナーでいいんじゃないか?」


(ぶっちゃけ洋二さんとは呼んで欲しくない…って心情は伏せとこう…)


 俺は小さく笑って蒼を見た。


「…オーナー…」

 蒼は、ひとつつぶやいて出入口に視線をやった。

「つーか、姉ちゃん達、外で何やってんだろ?」

 野次馬心がうずく俺の心中を察したのか、蒼は厨房から出て、

 

「…あそこからちょっと覗いてみたらどうだ」


 出入り口横の出窓へと歩き出した。


「いやっ、お前、それは良くないと思うぞ」


…とは言え、俺も忍び足気味で出窓へと歩き、こっそりと外を覗いてみた。


「…北村のお姉さん、何だか怒ってるみたいだな…」

 腕組みをして膨れっ面の姉を見て、蒼はつぶやいた。

「…そうなんだよ…、あの男のお客さんを見たら、姉ちゃんすげー不機嫌になってさ…」


 はじめさんと姉の真ん中に割って入る形になってる洋二さんは、苦笑いを浮かべて何かを話しているのだが、会話がうまく耳で拾えない。


「…まさか…、つくしのライバル…?」

 蒼は再度小さくつぶやいた。

「…いや、よくわかんねーけど…」

 俺は苦笑して息をひとつ落とした。


「ヤバイっ! 戻ってくるぞ!」

 蒼は慌てた声を出して走り出す。その後に俺も小走りして互いの位置へ戻り、素知らぬ振りで、銘々の飲み物を喉に流し入れた。


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