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summer visit  作者: 河野夜兎
17/53

◇回想


「あ…っつ…」


 花壇に水をやる為に店から表に出た矢先に、照りつける日射しと湿り気を帯びた熱い海風に包まれて、思わず夏のお約束の声が漏れた。


 店の横にある水道の蛇口をひねり、取り付けられたシャワータイプのノズル付きホースを伸ばして、花壇に植えられたアイビーに水をまき、湿った土の匂いを感じると心なしか涼しくなるような。いや、多分気のせいだな…。容赦なく直射日光が当たる背中が暑い。


 渇いた葉が潤うかのように、褪せたような薄い緑色が水滴を纏い、濃い緑へと変わる様子を眺めながら、厨房内で真剣な顔をして何かしらの作業をしていた蒼を思い出す。


(あいつがあんなに真剣な顔を見せるなんて、どれだけぶりだろう…)


 蒼と初めて言葉を交わした、去年のあの日をふと思い出した。

 

「…出会いは最悪だったな…うん…」


 歩道橋の上で、ぼんやりと下を見つめてたあいつは、今にもそこから飛び降りてしまいそうな…、そんな重い空気に満ちてた。


 進藤蒼は、隣のクラスの訳ありな女子だった。


 高校に入学して初めての夏休みの学校内で起きたある事件のせいで。


 事件の数時間前に、学校の裏サイトに写真付き、名指しでこう書き込みされてたらしい。


『進藤蒼は、未来永劫僕のものだ』 

 

 そんな文章から始まり、2人がどれだけ濃密な関係だったかが、事細かく書き綴られていたんだとか。


 そして、最後に


『僕は天国から君を見守っています。たとえ君が僕を裏切ったとしても、僕はやっぱり君を愛してるから』

 そんな書き込みを遺して、ひとりの教師が夏休みの校内で自らの人生に終止符を打った。


 サイトの書き込みは、夏休みでパソコン利用者が多いこともあって、瞬く間に生徒に話が広がった。


 本当の理由や、加害者扱いされた、被害者の蒼を置き去りにして…。


 俺には蒼の訳あり事情なんて大して興味のない事だった。でも、学校で生活をしてれば嫌でも耳に入ってくる蒼に対しての冷ややかな言葉や噂話に、どこかしら苛立ちを感じてたのは否定しない。


『――よく学校に来れるよな』

『――あたしなら、あんな事があったら絶対学校辞めるし』


『――どうゆう神経してんだか』


『――いや、ぶっちゃけ神経とかないんじゃね?』


『――なんか、気持ち悪いよね…』


『――関わんないほうがいいって。呪われるよ』


 廊下を歩く蒼を遠目で見ては、嘲笑を交えた蔑みの言葉をあからさまに、平然と吐く輩。


 聞こえてるはずなのに、無反応、無表情な蒼を見かけると、言い表し様のない感情が足の爪先から心臓へと登ってくるような感覚に陥った。


 あの日、俺は歩道橋の上にぼんやりと立ってた蒼の肩を掴んで叫んだ。


「何やってんだよ!」

って。


 蒼は俺の手を肩を回すように退けて、


「景色を眺めてるだけなのに意味わかんない…」

 俺に顔や体を向けないまま、抑揚のない、無感情な言葉をつぶやいた。


「は? 景色を眺めてた? 嘘つけ! お前、今絶対――」

「死ぬ気があるなら、もっと早くにあの世にいってる」

 蒼は俺の言葉を遮るように冷たい一言を放った。そんな蒼の言葉に、俺は思わず黙り込んでしまった。 

 蒼はやや下に落とした視線を上げて、少し遠くに見える灰色の海を見つめて、

「ひとりがいい…。だから邪魔しないで」


 目に少しかかる長さの黒くて真っ直ぐな前髪が、風で後ろにさらりと流れる。 丸い額が露になり、漆黒に濡れる睫毛と、色素が少し薄い瞳がはっきりと見えた。


 その瞳は冷たいガラス玉みたいだった。

 

「同情されるなら、蔑まれたほうがずっと楽」


 蒼は抑揚のない声でぽつりとつぶやいた。


「同情なんてしてねーよ」 図星をさされて、思わず虚勢を張った俺に、蒼の瞳が向けられて、


「何も知らないくせに。知ったかぶりして近づいてくる偽善者って大嫌い」

 

 冷たい言葉と反して、蒼の瞳は、驚くくらい強くて、真っ直ぐで真剣で…。




 あの時の事を思い出したら、否応なしに苦笑が込み上げる。けど、それと反して、今、少しずつ笑顔でいる蒼を思い浮かべて安堵感に包まれる。


 水をやりながら、出窓から店内のカウンター奥をチラリと覗き見ると、蒼は洋二さんの隣で何かをじっと見つめてる。


(…こんな短時間でかなり距離が縮んでる…)


 さすがはつくしの人。

洋二さんの柔かな性質は、まさに心地よい春の陽気みたいだからな…。


 嬉しさで笑いが小さく込み上げた。その時、


「おっ、葉月ちゃんの弟っ!」


 背中から急に浴びせられた男の声に、思わず体が跳ねた。


「……」


 無言で振り向くと、


「よっ♪」

 っと軽く手をあげて涼しげな笑みを浮かべる、黒髪の男の人が立ってた。



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