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summer visit  作者: 河野夜兎
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◆厨房内

「それでは、今日から宜しくお願いします」


 僕は蒼ちゃんにひとつ礼をする。


「ょ…宜しくお願いします…」

 

 蒼ちゃんは、そんな僕に向かい頭を下げてつぶやいた。相変わらずの『挑む目力』を込めて…見られてる。


「蒼ちゃんは、料理はした事あるかな?」

 僕はとりあえず笑みを返し、彼女がどれくらいのことが出来るかをやんわりと探ることから始めようと思い、質問をした。


「料理は…晩ご飯を毎日作っています…」

 蒼ちゃんは、急に気持ちが失速するかのように僕から視線を外して小さくつぶやいた。


(…触れてはまずかったかな)

 一瞬そう感じたけど、敢えて空気は読まないことにする。余計な詮索や気遣いはぎこちなさと無駄な距離を生むだけだから。


「へぇー、毎日夕飯を? それは偉いね! 得意な料理ってあるかな?」

 彼女が普段どんなものを作っているのかも尋ねてみる。

実は申し訳なくも、僕が抱く彼女の印象は、頑張って目玉焼きならイケるかなってイメージだったから、かなり驚いたってのも本音だ。

 

「…和食のほうが得意です」


 蒼ちゃんからの返答はそれだけだった。でも瞳が少しだけ大きくなり、顔はほんのりと嬉しそうだ。


(和食が得意なら…基本的な事は大丈夫かもな)


「和食が得意なんて、凄いね。…よし、それじゃ、まずはモーニングの準備をしようか」

 僕は冷蔵庫を開けて、卵を15個ボールに取出し、

「ゆで卵はこの鍋を使ってね」

 ガス台の下に並べてある中位の片手鍋を指差した。

「ガスレンジは、家庭用とちょっと違うから、安全の為に使い方をしっかり覚えてね」

 僕は彼女にガスレンジの使い方を教えた後、


「それから」

 冷蔵庫を閉めると、扉に貼りつけてあるマグネットタイプのデジタルタイマーを指差して、


「ゆで卵の時間はガスに鍋をかけてから20分です。卵のお湯は沸騰したらすぐにガスを中火にしてください。茹で卵がヒビたり、割れないようにね」

 そう説明すると、蒼ちゃんは僕に再度目力を向けて「はい」

と頷いた。


「では、ゆで卵作りをお願いします。茹であがったら、ここに鍋を入れて、水で充分冷やしてね」


 中央の調理台の端に備え付けられてるシンクを指差した。


「僕は今からアイスコーヒーとランチの仕込みをするから、ゆで卵を作りながら、仕込みの大体の流れを見ててください。それでは、始めましょう」


 僕の開始の声を聞き、蒼ちゃんはひとつ、しっかりと頷いて、ゆで卵作りに取り掛かった。


 僕はいつものようにステンレス製のポットにお湯を沸かして、機械でアイスコーヒー用の豆を挽き、中型の寸胴にセットした大きめの麻の袋に挽いた豆を入れて、コーヒーをドリップして水を張ったカウンター裏のシンクで寸胴を冷やす。

それからランチ用のミニサラダに取り掛かる。


 冷蔵庫からキャベツを取出し、中央調理台にまな板とステンレス製の網目状の水切り用ボールとボールを重ね置き、牛刀でキャベツを千切りにしていく。


 切り終えたキャベツをボールに入れて水にさらしておき、その間にきゅうりやトマトを切り、プラスチック製のタッパーに詰めた。

 最後に飾りとして使用するホールコーンやパセリを小さいステンレス製の四角い容器に詰めてサラダの仕込みは終了。


 キャベツを水でさらし終える頃合いに、ゆで卵のタイマーが鳴る。

蒼ちゃんは、ガスレンジの火をしっかりと消して、シンクに鍋を入れて水を流し入れた。


 僕は仕込みを済ませたサラダの材料を冷蔵庫にしまい、ゆで卵の出来具合を確認する為にシンクを覗いて、

「うん、とても綺麗に出来てるね。合格です」


 笑みを向けると、蒼ちゃんは安堵の色をのぞかせて、小さくほっと息を落とした。


「じゃあ次は、ホットコーヒーの準備だ」


 僕は、蒼ちゃんと一緒にに倉庫へ行き、

「これがアイス用の豆で、こっちがホット用の豆だよ」

ホットコーヒー用の豆を機械にかけて挽き、コーヒーメーカーにセットする。

「朝の仕事は大体こんなところだよ。後は開店したらモーニングのお客様をさばきながら、ランチの段取りをするんだよ」


 大まかに説明をしながら、アイスコーヒーの冷め具合を見る。うん、いい具合だ。


「アイスコーヒーは、このアイス用ポットに移し替えて、冷蔵庫に入れておくんだ」


 僕はあらかじめ用意しておいた2つのステンレスポットにアイスコーヒーを移し替えて、


「蒼ちゃんは、コーヒーは苦手なんだよね?」


 尋ねてみた。

(昨日来た時はアイスティーだったからな…)


「…苦い飲み物は苦手です…」

 蒼ちゃんは仏頂面でつぶやいた。


「あ、そうだ。ガムシロとミルクを出さなきゃ」

 僕はアイスコーヒー用の冷蔵庫からガムシロップとミルクの入った袋を取出し、


「このプラスチックケースにガムシロとミルクを補充してください」


 カウンター裏の調理台の上を指差して、彼女に袋を差し出した。


「……」

 蒼ちゃんは、息を詰めるように、無言で恐る恐る僕に手を伸ばして、それらを受け取ると、深く息を吐いて安堵の色を見せた。


 そして、僕にくるりと背中を向けて、ケースに補充を始めた。


(中々打ち解けた会話ができないな…。まぁ、仕方ないな…焦らずいこう)


 僕は苦笑いして、冷蔵庫からスープストックを取出し、デミグラスソース作りに取り掛かった。



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