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summer visit  作者: 河野夜兎
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◇姉と仕事

「ったく…、早く着き過ぎだって。張り切り過ぎると体がもたないわよっ」


 姉は楽しげに俺の背中を叩いてケラケラと笑うと、アイボリーのカフェエプロンを差し出した。


「……」

 エプロンを無言で受け取り、半笑いして横目でジトリと蒼を見る。

(7時15分にコンビニって言ったはずなのに、6時過ぎにはもうコンビニに着いて、早く来いとか催促の電話入れてきやがって…)

 おまけにマジでアイス2本とか…食ったしな。

 

 俺の視線に気付いた蒼は、(なんだよ…私は何も悪くないんだからな)とでも言いたげなジト目を返してきた。


 ほう…おもしれー。

 後で覚えとけ。


「蒼ちゃんには、はい、これ♪」

 蒼には洋二さんと同じ、少し丈の長い黒いエプロンを差し出して渡すと、


「今日から8月末まで、宜しくお願いします♪」


 俺達に深々と頭を下げた。そんな姉にはっとして、


「あ、…こちらこそ…、宜しくお願いします」


 姉弟関係なのにも関わらず、自然と敬語で俺も姉に深々と頭を下げる。

 隣でエプロンを胸に抱き、数秒呆気に捕われる蒼だったけど、少し顔を赤らめて「宜しく…お願いします」とつぶやきながら頭をペコリと下げた。


「蒼ちゃん、今日はいい格好だね♪ しっかり働けそうな服装。合格です♪」


 シンプルな濃紺のTシャツにゆったりとしたジーパンに黒いスニーカーの蒼を見つめて、姉は満足げに笑顔を向けた。

そんな姉の笑顔に、蒼は無言だけど照れくさそうに、だけど嬉しそうに小さな笑みを浮かべた。



 厨房からフロアへと顔を出した洋二さんは、


「じゃあ、早速だけど、葉月は充月君にフロア仕事を教えながら。蒼ちゃんは厨房へお願いします」


 蒼の顔が緊張した表情に変わる。口をギュッとむすんで、両手を握る。


「大丈夫よ。私達を信じて」

 姉は蒼の両肩に手を乗せて「リラ~ックス♪」と笑顔を放った。


 蒼は俺にほんの少し不安混じりな視線を向けたけど、(大丈夫だ、頑張ろう)って気持ちを込めて小さく笑うと、それに気付いてくれたのか、蒼は小さく頷き、ひとつ深呼吸をして、フロアに背を向けた。



「がんばれ…」

 蒼の背中を見つめて小さくつぶやいたら、


「あんたも頑張りなさいよ。蒼ちゃんに負けないようにね~」


 俺を見つめてニヤニヤと笑う姉に、否応なしに気恥ずかしさが込み上げて、

「んなことわかってる」


 とりあえず、プイと視線を反らした。


「じゃあ、フロアの清掃を始めようか」


 姉は元気よく「お~っ♪」と右手をあげて、フロア奥の手洗い場へと歩き出した。

(全く…相変わらずこの人は朝からテンションが高いよな…)


 姉の背中を見つめたら、小さなため息がでた。

(まあ…、元気ってことは、何事にも順調だってことだよな)

 ため息とは言うものの、安堵の気持ちが混じる、悪いため息ではなくだけど。

「掃除用具はここにあるからね」

 姉はトイレの右手奥にある縦長の扉を開けて、T字型のホウキやモップを取出して、


「まず、朝一番にすることは店の掃除よ。お客様を気持ち良く迎える為に、フロアとトイレはいつでも綺麗にしとかなきゃね~♪」


 姉は俺にモップとバケツを渡して、ニカッと笑う。

「トイレ掃除をする時は、トイレ手前のドアを開けたら、そこに掃除道具や備品が入ってるからね」


 姉は説明しながら、店の出入口のドアを開けて、マットを花壇の煉瓦の囲いに干すように置いた。


「掃除が終わったら、表の花壇と店内の観葉植物に水やりをして、レジを開けて、入り口のホワイトボードに今日のメニューを書いて、開店準備は終了よ」


 ホウキでフロアを丁寧に掃きながら、大まかな仕事の流れを説明する。


「充月、掃き終えた場所からモップかけて」

 姉はそう俺に告げると、店内に流れる歌を鼻歌混じりで歌いながら、慣れた手つきで作業を進めていく。

 フロアを掃き終えたら、姉は雑巾で全席の椅子を拭き、最後にダスタークロスでテーブルを丁寧に拭いて、メニューや塩の入れ物、爪楊枝等をテキパキと整えていく。


 俺がモップかけてる間に、フロアの仕事は殆ど終わってしまった…。


 

「モップがけが終わったら、トイレ掃除ね。とりあえず慣れて貰う為に私は見てることにするから」


 姉はそう言って、自分が率先して動くではなく、俺の作業を見る側に回った。

 モップをかけ終えて、掃除道具を片付けた後トイレ掃除に取り掛かる。

 その間に、掃除に対する細部の注意を受けながら、何とか掃除を終えた。

  

「ふぅ…」

 フロア内は冷房が効いてて涼しいけど、体を動かせばやっぱり少し汗ばむ。

 でも、隣で鼻歌混じりでホワイトボードに今日のランチメニューを書き込んでる姉は、あれだけ体を動かしてたにも関わらず、暑さなんて全く感じてないみたいに涼しげな顔してる。 

(流石…伊達に5年とか続けてるわけじゃないよな)

 ちょっとだけ姉を尊敬した。ちょっとだけな…。

(つーか、蒼は大丈夫かな…)

 厨房を横目でチラリと見ると、カウンター側に蒼の俯き加減の頭が見えた。

 洋二さんは、厨房の奥で、蒼に背を向けて作業してる。


 何をやってんのかはここからは見えないけど、その顔はかなり真剣で。

(がんばれよ…)

 思わず心の中でつぶやいた。


「かわいい彼女に見惚れてないで~、花壇に水やりっ!」

「!!!」

 後ろから姉にコツンと頭を叩かれて体が驚き跳ねる。姉に顔を向けたら、案の定すっげーニヤニヤしてた…。


「…」

 くそっ、なんか恥ずかしい…。

 俺は熱くなる顔をごまかしつつ、姉に軽くジト目を向けた後、早歩きで店の表に出た。



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