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summer visit  作者: 河野夜兎
13/53

◇早朝、スタートライン


 いつもなら、携帯のアラームのしつこいスヌーズ機能を幾度となく手探りで止める朝。


 でも今日はそんなしつこいアラームより2時間も早く目が覚めた。

 携帯を開くと午前5時を少し過ぎた時間。起き抜けの気だるさよりも、心がそわそわとするほうが勝り、俺はベッドから起きて、真横のカーテンが開けっ放しの窓を見つめた。


 夏の日の出は中々早いもんだな…。外はすでにかなりの明るさだ。

 今日もいい天気だ。きっとこの部屋を一歩出たら、否応なしに暑さが体にまとわりついてくるだろうな…。


 ベッドから出て、とりあえず冷房で渇いた喉を潤す為に1階の台所へ向かう。 部屋のドアを開けたら、案の定、むわっとする暑さに包まれて思わず「暑っ…」と言葉が零れた。


 階段を降りて1階へ降りる。当たり前だけど誰も起きてない静かなリビングの奥には目指す台所。

 何となく物音をたてることをためらい、なるべく足音を消すように普段よりそっと歩く自分に小さな苦笑が沸いてくる。


 冷蔵庫にたどり着き、そっとそれを開けて、飲みかけのペットボトルのスポーツドリンクを取出し、リビングへ歩きながら喉に流し込む。

 体内が冷やされた感じで暑さがほんのり和らぎ、ソファーに座ってテレビのリモコンを押し電源を入れる。

早朝だからどのチャンネルもろくな番組がやってない…。

 

 何となくため息が出て、リモコンをテレビに向けて電源をきった。


「とりあえずシャワー浴びるか…」

 スポドリを全て飲み干して息をつき、俺は着替えを取りに自室へと戻った。


 ドアを開けると別天地。冷房の効いた心地よい部屋。一旦入ってしまえばしばらくは出たく無い…。時間もまだ早いから今から二度寝もありかな?

普段ならそんな誘惑に負けそうに、いや絶対負けるけど、今日という日は普段とはちょっと違うからそれは無しだ。


 ベッドの上に無造作に置かれた黒いふたつ折りの携帯に目を遣ると、サブディスプレイの青いライトが点滅してる。メールが飛んできてる。


「こんな朝っぱらから…」

 一番に蒼の顔が浮かんだ。何かあったんだろうか…。携帯を開き、決定ボタンを押すと、やっぱり蒼だ。

「は…?」

 文面を読んで、思わず素っ頓狂な声が漏れた。


『どっちが先に店につくか競争だ~! 私が勝ったらアイスをおごること』


「馬鹿やろ…」

 笑いを噛み殺しつつメールを返信する。


『負けるのはまちがいなくお 前 だ 』


 蒼の悔しげな膨れっ面を思い浮かべて送信すると、数秒後にメールではなく通話着信のメロディーが鳴る。


「お前…何だよ、こんな朝早くから――『北村のばかばかばかぁあ~っ!!』

 電話の向こうで蒼が喚くから、思わず携帯から少し耳を離した。


『私が負けたら、北村がアイスをおごるんだからなっ!!』


「はぁあ? 勝ったほうってさっき――」

『うるさ~いっ! 北村が勝ったらなんて書いてないっ! 私が勝ったらって書いたじゃないかっ!』


「ちょっと待て、それじゃあお前が勝っても負けても俺はもれなくアイスをおごらされるってことか!」


 全くもって笑える理不尽さだなと、笑いを噛み殺しつつ、蒼の声を待つけど、電話の向こう側は急に無音になった。


「蒼…?」

 名前を呼ぶと、


『…北村ぁ…』

 声のトーンが急に下がった蒼の声。


「…どうした…? やっぱり不安か…?」


『…ちょっとだけ…ね…』 

 空元気を脱いだ本当の蒼の声に、俺は小さく息をつき、


「昨日はちゃんと寝れたのか?」


 そっと尋ねると、


『…実はあまり眠れなかった…』

 申し訳なさげな声が耳の奥を小さく揺らす。


『私…いっぱい迷惑かけるよ…きっと…大失敗を…』

 蒼の声はどんどん萎れていく。


「はじめから何でもうまくやれる奴なんていないし、もし迷惑だと思ったら、昨日きっぱり断られてるだろ?」

 

 俺は蒼をなるべく安心させてやりたくて、穏やかな声でゆっくりと語りかけた。


「洋二さんと俺の姉ちゃんを信じろ。2人は絶対に蒼の味方だから。蒼なりに一生懸命やれば、誰もお前を責めたりしないから」


 そう告げるけど蒼は、電話の向こう側で黙りこんだままだ。


「俺もちゃんと傍にいるから」


 少し声を強めて、言葉に気持ちを乗せる。


『アイス…買ってくれるか?』


 そうぽつりとつぶやく蒼に、


「7時15分に、コンビニでソーダ味のアイス買って待ってる。遅れたら食っちまうけどな」


 俺は笑みを含めて蒼にそう告げた。


『そっちこそ! 1秒でも遅れたら、アイス2本だぞっ!』


 まるで自分に気合いを入れるかのように、蒼は声を張り上げた。

「おぅ、俺が遅れたら何本でも買ってやる」


 鼻を鳴らしてやったら、

『よしっ! 絶対北村より早くコンビニに着いてやるからなっ!』


 蒼はふんっと小さく息を吐き、


『ありがとう! 北村っ!』

 大声で叫ばれた後、電話が切れた。


「っ…耳、いてーし」

 つぶやいたら、安堵の息が落ちた。

携帯を閉じてベッドに放り投げ、


「ぅっし! 頑張るぞ!」

 何となく気合いを入れて、俺は早足で風呂場へ向かった。



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