◆CLOSE~1日の終わり~
まだ日暮れには程遠い、陽光が明るくまぶしい夏の午後5時。
僕は厨房を片付け終えて、暖かいレモンティーを入れ、看板を「OPEN」から「CLOSE」へと替える為に表に出た葉月を待つ。
カウベルが鳴り、
「んん~っ♪ 今日も忙しい1日だったぁ~っ♪」
と、葉月は身体を伸ばしてホッと息を抜いた。
「今日も1日お疲れ様でした」
僕はカウンターにレモンティーを出して葉月に小さく頭を下げた。
「オーナー、お疲れ様でした」
葉月も小さく頭を下げて、満足そうな笑みを浮かべた。
「今日は色々あってちょっと疲れたろ?」
僕は葉月の隣に座り小さく息をついた。
「うん、ちょっとだけね」
葉月はレモンティーを一口、ゆっくりと飲んで口元を緩ませて小さな息をついた。
「明日から、二人が仕事を覚えるまではしばらく忙しくなるな…」
蒼ちゃんの仏頂面を思い出すと、否応なしに苦笑いが込み上げる。
「厨房に人が入るなんて、何だか不思議だね」
葉月は感慨深い顔で厨房を見つめてつぶやいた。
「なんか、緊張するな…。正直僕は人に何かを教えるのは得意じゃないからね」
厨房に目を遣ると、何だかため息が出た。
「大丈夫よ。絶対洋二なら蒼ちゃんとうまくやれるよ」
葉月の視線は厨房から僕に真っ直ぐに向けられていた。
「…でも、あまり仲良くなったら…やだなぁ…」
葉月はぽつりと言い終えた後、はっとして「ごめん…今の無し…」と苦笑いを浮かべると、照れ隠しをするように再度ソーサーを口元へと運んだ。
「正直ちょっとジェラシー…。だって、厨房は洋二だけの場所で、調理は私が触れることのできない領域で…。あの場所に誰かが入って一緒に仕事をするなんて、今まで考えてもみなかったから…」
葉月は少しさびしそうな顔で小さく笑みを浮かべた。
「おかしいよね? 私が蒼ちゃんに厨房に入ればって言ったのにね…」
そうつぶやき、葉月は頭を僕の肩にそっと寄せた。
「ここには僕と葉月の場所がきちんとあって、その互いの場所を尊重しあうことができてるから、お客様も安心して足を運んでくれてるって僕は思ってるよ」
葉月にしかできないこと。そして、僕にしかできないこと。
そのどちらかのバランスが偏ってしまえば、きっと店は店として成り立ちはしないと僕は思ってる。
「僕は葉月がフロアにいてくれるお陰で、厨房で精一杯頑張ることができてるよ。本当にありがとう」
僕は葉月に笑みを向けた。
「それからさ、僕は、葉月が店の厨房ではなく、うちの台所に立って、夕飯を作ってくれて、それを一緒に食べることができるほうが、とても幸せで尊いと思ってるよ」
改めてこういうことを言うって、かなり照れ臭いけど、ちゃんと伝えたいと思った。
「今日の夕飯は何にしようか?」
葉月は嬉しそうに僕に笑みを向ける。
「そうだなぁ…。今日も暑かったから、ちょっとさっぱりしたものがいいかな?」
僕の注文に、数秒考えた葉月は、
「よしっ♪ 今日はサラダ冷しゃぶにしようっ♪」
椅子から立ち上がり、
「さっ、洋二、買い物買い物っ♪ 今日は私が車の運転するから、お店の戸締まりよろしく~っ♪」
椅子に腰掛けた僕の背中にギュッとしがみつき、短く頬を寄せると、軽やかな足取りで店の裏口から駐車場へと出ていった。
「…本当、疲れ知らずだよな」
葉月の柔らかな温もりが残る左頬をさすりながら、こみあげる気恥ずかしさと温かさで思わず口元が緩む。
「よし、戸締まり、戸締まり」
僕も立ち上がり、店の入り口の鍵を締めて、裏口へと歩いた。
鍵を締めると、駐車場にはエンジンのかかった黒い軽自動車。
運転席には葉月の笑顔。
僕らの日常の日課となってる閉店後の夕飯の買い物。
葉月と一緒に暮らし始めて早いものでもう4ヶ月になる。
「もうそろそろ…」
ちゃんと、葉月に大事な言葉を伝えたい…。
「よしっ、夏が終わったら…」
密かに決意し、両拳を握る。
「がんばろう」
小さく自分に気合いを入れて、僕は葉月が待つ車へと小走りした。




