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summer visit  作者: 河野夜兎
12/53

◆CLOSE~1日の終わり~

 まだ日暮れには程遠い、陽光が明るくまぶしい夏の午後5時。


 僕は厨房を片付け終えて、暖かいレモンティーを入れ、看板を「OPEN」から「CLOSE」へと替える為に表に出た葉月を待つ。


 カウベルが鳴り、

「んん~っ♪ 今日も忙しい1日だったぁ~っ♪」

 と、葉月は身体を伸ばしてホッと息を抜いた。


「今日も1日お疲れ様でした」

 僕はカウンターにレモンティーを出して葉月に小さく頭を下げた。


「オーナー、お疲れ様でした」

 葉月も小さく頭を下げて、満足そうな笑みを浮かべた。


「今日は色々あってちょっと疲れたろ?」


 僕は葉月の隣に座り小さく息をついた。


「うん、ちょっとだけね」

 葉月はレモンティーを一口、ゆっくりと飲んで口元を緩ませて小さな息をついた。


「明日から、二人が仕事を覚えるまではしばらく忙しくなるな…」

 蒼ちゃんの仏頂面を思い出すと、否応なしに苦笑いが込み上げる。


「厨房に人が入るなんて、何だか不思議だね」


 葉月は感慨深い顔で厨房を見つめてつぶやいた。

「なんか、緊張するな…。正直僕は人に何かを教えるのは得意じゃないからね」


 厨房に目を遣ると、何だかため息が出た。


「大丈夫よ。絶対洋二なら蒼ちゃんとうまくやれるよ」

 葉月の視線は厨房から僕に真っ直ぐに向けられていた。


「…でも、あまり仲良くなったら…やだなぁ…」

 葉月はぽつりと言い終えた後、はっとして「ごめん…今の無し…」と苦笑いを浮かべると、照れ隠しをするように再度ソーサーを口元へと運んだ。


「正直ちょっとジェラシー…。だって、厨房は洋二だけの場所で、調理は私が触れることのできない領域で…。あの場所に誰かが入って一緒に仕事をするなんて、今まで考えてもみなかったから…」


 葉月は少しさびしそうな顔で小さく笑みを浮かべた。


「おかしいよね? 私が蒼ちゃんに厨房に入ればって言ったのにね…」


 そうつぶやき、葉月は頭を僕の肩にそっと寄せた。

「ここには僕と葉月の場所がきちんとあって、その互いの場所を尊重しあうことができてるから、お客様も安心して足を運んでくれてるって僕は思ってるよ」


 葉月にしかできないこと。そして、僕にしかできないこと。

 そのどちらかのバランスが偏ってしまえば、きっと店は店として成り立ちはしないと僕は思ってる。


「僕は葉月がフロアにいてくれるお陰で、厨房で精一杯頑張ることができてるよ。本当にありがとう」 

 僕は葉月に笑みを向けた。

「それからさ、僕は、葉月が店の厨房ではなく、うちの台所に立って、夕飯を作ってくれて、それを一緒に食べることができるほうが、とても幸せで尊いと思ってるよ」


 改めてこういうことを言うって、かなり照れ臭いけど、ちゃんと伝えたいと思った。


「今日の夕飯は何にしようか?」

 葉月は嬉しそうに僕に笑みを向ける。


「そうだなぁ…。今日も暑かったから、ちょっとさっぱりしたものがいいかな?」

 僕の注文に、数秒考えた葉月は、


「よしっ♪ 今日はサラダ冷しゃぶにしようっ♪」


 椅子から立ち上がり、  

「さっ、洋二、買い物買い物っ♪ 今日は私が車の運転するから、お店の戸締まりよろしく~っ♪」


 椅子に腰掛けた僕の背中にギュッとしがみつき、短く頬を寄せると、軽やかな足取りで店の裏口から駐車場へと出ていった。


「…本当、疲れ知らずだよな」

 葉月の柔らかな温もりが残る左頬をさすりながら、こみあげる気恥ずかしさと温かさで思わず口元が緩む。


「よし、戸締まり、戸締まり」

 僕も立ち上がり、店の入り口の鍵を締めて、裏口へと歩いた。


 鍵を締めると、駐車場にはエンジンのかかった黒い軽自動車。

 運転席には葉月の笑顔。

 僕らの日常の日課となってる閉店後の夕飯の買い物。

 葉月と一緒に暮らし始めて早いものでもう4ヶ月になる。


「もうそろそろ…」

 

 ちゃんと、葉月に大事な言葉を伝えたい…。


「よしっ、夏が終わったら…」

 密かに決意し、両拳を握る。


「がんばろう」


 小さく自分に気合いを入れて、僕は葉月が待つ車へと小走りした。



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