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summer visit  作者: 河野夜兎
10/53

◆はじめ君…

「へー…、男性恐怖症、しかも大人限定って、変わってんなぁ…」


 はじめ君はアイスティーのストローをくるくると回しながら僕の顔をじっと見つめて、


「オーナーはどう思う?」

「どう…って?」


 はじめ君の尋ねる意味が何となく理解できた僕は、自分の見解を述べることをはぐらかすようにはじめ君に尋ね返した。


「その葉月ちゃんの弟の彼女…蒼ちゃんだっけ? その子が男嫌いになっちゃった理由だよ」


 まるではぐらかすなと言いたげな目を僕に向けて、答えを求めるはじめ君に、

「原因を勘ぐるのは苦手です」


 やんわりと笑って黙秘の態度を取った。


「葉月ちゃんは? どう思った?」


 視線を僕から葉月に切り替えて、はじめ君は再度回答を待つ。


「…よくわかんないよ…」

 葉月は紙ナプキンを補充しながら、僕と同じようにもやんわりと笑って黙秘の態度を取った。


「よほどこっぴどく男にフラレたとか…。もしかしてガッコの先生にヤラれちゃったとか、…あぁ…父親って可能性も――」

「やめてよっ! はじめ君!」

 それ以上言うなと謂わんばかりに声を荒げたのは、葉月だった。


「いや…、男嫌いになるってさ、どうしても色恋沙汰とか性的なことと結びつけて思い浮かべちゃうのは仕方なくないか?」

 はじめ君はやれやれと笑ってシフォンケーキをフォークでつついた。


「そんなこと堂々と思い浮かべるのは、はじめ君だけだよ! それに! そういうこと、軽はずみに口に出しちゃうのは良くないよっ!」


 葉月は、僕に視線を向けて「ねえ?」って同意を求めてきたけど…。

 僕は苦笑しか返すことができなかった。


「葉月ちゃんって、なんか時々やたら生娘みたいな反応するよね? もしかしておたくら、まだヤッてないとか…?」

 ふへへっとしまりのない顔で笑うはじめ君を睨んで、葉月はわなわなと奮えながら、


「ご心配なくっ! 洋二と私とは身も心も深~く結ばれちゃってますからっ!」 フンッ! っとひとつ鼻を鳴らして、


「とにかくっ! 明日から蒼ちゃんと弟の充月が店の手伝いに入るから! 絶対に余計なこととか聞いたりしたりしないでよねっ!」

 頬を紅潮させて息を荒げた葉月を見て、はじめ君は、

「俺、葉月ちゃんの怒った顔、超好きだなぁ♪」


 細い肩と少し長くて黒い前髪を揺らしてケラケラと笑いだした。

 

「はじめ君…、あまり葉月をからかわないでよ…」


 僕は苦笑いではじめ君にそう一言告げた。


「別にからかったつもりはないよ。葉月ちゃんの怒った顔が好きってのは本心だし。なんつーか、創作意欲が妙に沸くっつーかね」


 口元を緩めて葉月を見るはじめ君に、


「…創作意欲だか何だかそんなの知らないけど! あの子達を傷つけるようなことしたら、お店出入り禁止にするからねっ!」


 葉月は、はじめ君に人差し指を突き付けて言い放った。


「…過保護だねぇ」

 はじめ君は僕に視線を投げて愉快そうにつぶやいた。

「過保護で結構よ。充月は大事な家族だし、充月が初めて紹介してくれた彼女の蒼ちゃんだって、大事なんだからっ」


「過剰防衛して、逆に傷つけちゃうってこともあるって、覚えといたほうがいいよ」 

 はじめ君はやんわりと笑みを浮かべて、アイスティーを飲むと小さく息を落とした。


「心の傷ってやつは、時々人の表面上の優しさで更に酷くなる時があるからね。上っ面だけで相手を優しくいい子いい子してたら、逆に相手にもっと深手を追わせることだってあるからさ…」


 はじめ君は、少し寂しそうなに、ははっと笑って僕らにそう告げた。


「はじめ…君…?」


 葉月はそんなはじめ君の愁いを帯びた顔を見つめて、不安そうな表情を浮かべてつぶやいた。


「なーんて台詞を主役に言わせられるような、爽やかな青春モノが描きたいな♪」

 はじめ君はくくっと笑って、


「よしっそろそろ休憩終わるから、波音に戻るわ。あ、オーナー、俺、紅茶のシフォンケーキが食べたい。そのうちメニューに入れてくんないかな?」


 席を立って僕に視線を向けた。 


「紅茶シフォンですね。はい、検討しときます」


 僕は、はじめ君に小さく頭を下げて笑みを返した。

「葉月ちゃん、また明日ね♪」

 膨れっ面でティーセットのチケットを切り、レジを打ち込む葉月に手をひらひらと振り、はじめ君は仕事に戻っていった。


「はじめ君って本当にわけわかんない人っ」


 カウンターのグラスとケーキのプレートを僕に差しだして、口を尖らせた葉月に、

「まあ…ね…」

 と相づちを打ちはしたものの、


(確かに一見わけわかんないけど、言ってることは的を獲てるかもしれないな…)


 はじめ君の寂しげな笑みを思い出したら、何となくだけど、そう思った。




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