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叙事詩の進行  作者: あいすに刺さる茶葉
第一章

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第3話  介入



 とても重い足取りで迷宮を進む者達がいた。

 

 その内の1人からは何かを覚悟しているような、だが少し躊躇している。そんな印象が感じられた。


 迷宮の入り口から吹き出す冷気が、ザインの頬をなでた。


 つい一時間前、死を覚悟して逃げ出した場所だ。石畳にこびりついた乾いた血の匂いが、鼻腔の奥を突き刺す。


「....ま、待てよカイン! 本当に行くのか? 準備だってまだ……」


「準備ならできてるだろ。お前の背中に、その立派な斧が」


 カインは振り返りもせず、暗がりの奥へと足を踏み入れる。


 カインの背中は、ザインより一回りも小さい。だが、その足取りには迷いがなかった。一歩進むたびに、鞘の中の鉄剣が「カチリ、カチリ」と、時を刻むような規則正しい音を立てる。


 第3階層、湿った岩壁が続く細い通路。

 曲がり角の先から、耳障りな笑い声が漏れてきた。


『ギャギャッ! ギギィ!』


 闇の中から浮かび上がったのは、15匹のゴブリン達だった。錆びた石の短剣を弄び、濁った黄色い瞳をこちらに向けている。


 その瞬間、ザインの膝が酷く震え、動けなくなってしまった。


(動け、動け動け動け……ッ!)


 頭では分かっている。だが、指先一つ動かない。    

 父親の拳が振り下ろされるのを待っていた時と同じ――呼吸の仕方を忘れるような、圧倒的な

「拒絶反応」が全身を支配していた。


「ザイン。見てろ」


 カインが動いた。

 鋭い踏み込み。だが、カインはあえて急所を外した。


 ゴブリンの短剣がカインの肩をかすめ、赤い鮮血が迷宮に舞う。


「っ……!」


「カイン!? 何やってんだ、避けろよ!」


 ザインの声に、カインは肩を揺らして笑った。傷口から流れる血が、地面にポタポタと黒いシミを作っていく。


「……避けたら、お前の心には届かないだろ」


「は……?」


「俺も怖いさ。死ぬのは嫌だ。だがな、ザイン、、よく聞け?恐怖で目をつぶってる間に、大切なものは全部砂みたいに指の間から零れ落ちていくんだ。――お前はまた....零すつもりか?自分を」


 ゴブリンたちが、弱った獲物と見て一斉にカインへ飛びかかる。

 カインの剣が折れそうな悲鳴を上げ、彼は泥まみれになって地面を転がった。


「カイン!!」


 ザインの視界が真っ赤に染まった。

 自分を助けてくれた男が、自分のせいで死にかけている。

 その光景が、かつてのサンドバッグと成り果てた自分の姿と重なり――そして、それを「跳ね除けたい」という本能が、恐怖を上回った。


「……おらあああああああああ!!!」


 咆哮。


 ザインが振り下ろした大斧は、正確さなど欠片もなかった。だが、そこにはドワーフの怪力と、初めて「仲間のために」振るわれた意思が宿っていた。


 ゴブリンの頭蓋骨を粉砕する嫌な感触。だが、ザインは手を止めなかった。

 それに、2体目から斧の軌道が、自分でも驚くほど吸い込まれるようにゴブリンの首筋に向かうようになった。


 それを見たカインは少し笑い、自分もゴブリンに対して正確に剣を振りかざした。


 数分後。


 通路には、荒い二人の呼吸音だけが響いていた。

 ザインは膝をつき、血に濡れた斧を杖にして、肩で息をしていた。その顔は涙と泥でぐちゃぐちゃだったが、瞳からは先ほどの「怯え」が消えていた。


「……ハハッ。きったねぇな、お前」


 カインが、傷ついた肩を押さえながら歩み寄る。

 そして、今度はカインの方から手を差し出した。


「不可能を可能にする意思、、お前にもそれがあるみたいだな....その、なんださっきは断ったけど、お前が良ければ....その....」




「俺とパーティを組んでくれないか?」





 カインが差し出した手。その泥だらけの指先を、迷宮の岩肌から漏れる微かな光がスポットライトのように照らし出していた。


 ザインは迷わず、その光を掴み取った。


 ここに新たなパーティが誕生した。


 恥ずかしそうに顔を赤くする2人


 迷宮の天井から落ちる水滴の音が、新しい歴史の始まりを告げる秒針のように聞こえた。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 カランカランと鈴の音がした。

 店に入ってきたのは大男と、大男より一回り小さい少年。

 だがそんな体格差など関係ないと言わんばかりにとても仲が良さそうだった。


 ここは商店街の中の武器屋の内の1つ

《鋼の心臓》だ。


「らっしゃい、ここには色んな種類の武器が置いてある。好きな物をえらんでみぃ」


 カインと、ザインを迎えてくれたのはとても優しそうなお爺さんだった。


 店内は大量の鉄の匂いがする。


 2人は軽く会釈をし、カインは剣コーナーへ、ザインは斧コーナーへと向かった。



 色々選んでいる内に数十分経った



「う〜ん....」


 まだ迷っている様子のカインにザインは痺れを切らし、思わず声をかけた。


「なんだ、まだ決まんねぇのか?」


「ああ、どれも重心が合わなくてな」


 そう返されたザインもカインに合う剣を探してみる。すると、1個不気味な程存在感が無く、謎の異質感を出している白銀の長剣を見つけた。


「なぁ、カイン。これとかどうだ?」


 その剣を握ると

 探していたパズルのピースが、強引に嵌まったような不快な快感がした。


「まぁ、1度振ってみるか」


 そうして振ってみると、

 練習もしていないのに、完璧な軌道を描く剣。

 それを見たザインが「すげえ!」と無邪気に喜ぶ。


 その横で、「自分の腕が何かの糸で引かれている。」そうカインは感じていた。



 完璧な剣筋を見たザインは


「お前に合う最高の剣じゃねぇか!爺さん!これ1つ!」


「おい、まだ俺はこれにするって決めたわけじゃ....」


「絶対これがいいって!!俺が払ってやるから!」


 「払ってくれるなら、、」そう思い厚意に甘んじる事にした。


 


「まいど。……しかし、おかしいのう」


 代金を受け取ったお爺さんが、不思議そうに首を傾げた。


「爺さん、どうかしたのか?」


「いやな。その剣、昨日までは棚の奥で埃を被っておった『なまくら』だったはずなんじゃ。それが、そこの少年が握った瞬間に……まるで眠りから覚めたような色を見せおった」


 お爺さんは少し震える手で、カインの腰に下げられた白銀の長剣を見つめた。


「名工が打ったわけでも、魔法がかかっているわけでもない。ただの鉄のはずなのに……まるで、

『最高の武器にならなければならない』と、世界に命じられているような……いや、年寄りの妄想じゃな。気にするな」


 お爺さんの言葉は、カインの胸の奥に冷たい棘となって刺さった。


 店を出ようとするとお爺さんが忘れていたことを思い出したかのようにカインに声をかけた。


「そうじゃ、忘れておったわい。その剣の名は

『ファトゥム』じゃよ!」


「ファトゥムか、よろしくな!」


 声を掛けると少し剣の鼓動が感じられたような気がする。



 店を出ると、街の騒がしさがあまり感じられなかった。


「おい、カイン! 良い買い物したな! これで明後日の下層行き、現実味を帯びてきたぜ!」


 ザインが横で無邪気に新しい斧を担いでいる。

 とてもご満悦な様子だ。


 カインはそれに応えるように無理に口角を上げたが、右手は無意識に、新しい剣の柄を握りしめていた。


(……馴染みすぎている)


 自分の指の長さ、掌の厚み、そして重心の癖。

 それらすべてを、この剣は最初から知っていたかのように吸い付いている。

 

 ふと、商店街の窓に映った自分の姿が目に留まった。


 隣で笑うザインと、白銀の剣を提げた自分。

 その姿は、あまりに「隕九◆縺ェ?」として完璧すぎて、吐き気がした。


 鏡の中の自分。その背後の空間が、一瞬だけインクが滲んだように歪んで見えたのは、気のせいだろうか。


「カイン? どうした、急に立ち止まって」


「……いや、なんでもない。行こう、ザイン」

 

 カインは足早に歩き出した。明日の迷宮探索のために。



 

 自分が剣を振っているのか。

 それとも、この剣を振らせるために、自分が存在しているのか。

 

 その境界線が、少しずつ、だが確実に取り返しのつかない形で崩れ始めていた。

 

 ――カリカリと何かが走る音が聴こえた気がする。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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