↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
受付聖女セシル ~大聖堂がヒマなので、隣のギルドの受付嬢やってます~  作者: クサバノカゲ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/23

第9話 執行者フレイザー 前篇

 ──その日は、朝から嫌な予感がしていた。


 ギルドマスターのヨモギさんが、本部からの急な呼び出しで不在なのも拍車を掛ける。

 しかも今朝の混みあう時間帯はいつも以上に来客が多く、店番(マスター)不在の売店からも呼び鈴が鳴り響き、もはや殺人的な忙しさだった。

 どうも最近、東の新人が美人で優しく有能だとか、依頼が妙に上手くいって縁起がいいとか、そんな噂が流れているらしい。

 ベアトリスが鬼神の如き処理能力で縦横無尽に捌(さば)きまくったおかげでどうにか乗り越えられた。彼女がいなければきっと破綻していただろう。 


「ふう。お客様も落ち着いたし、二人はお茶でも飲んで来たら?」


 両手を頭上に組んで背筋を伸ばしながら、クロエとベアトリスに声を掛ける。

 嫌な予感は相変わらずだけれど、だからこそ万全の状態にしておきたい。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 ゆるく波打つ銀髪をかきあげ、ベアトリスが答える。

 ここで変に遠慮しないのも彼女のいいところ。クロエも無言で指二本(ヴイサイン)を見せ、椅子から腰を浮かす。

 そこで入口の扉が開き、冒険者らしき三人連れがギルド内に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ。ご用件はこちらでお伺いします」


 片手を上げて声を掛ける。けど先頭の長身痩躯の男は、無視してまっすぐベアトリスのカウンターに向かった。仕立てのいい黒の革鎧を着て、腰には細剣を佩(は)く。


「──お久しぶりです、ベアトリス様。ご息災で何より」


 彼はベアトリスの窓口前に立つと恭(うやうや)しく礼をした。年齢は四十歳手前か。頬骨の目立つ顔立ちに、穏やかな笑みの形で細められた両目。


「誰かと思えば、フレイザー卿。ええ、元気にしていますわ」


 特に驚いた素振りもなく答えるベアトリス。知り合いらしい。


「少々、お時間をいただけませんかな」

「ちょうど、お茶をいただくところです。──少し外に出て良いかしら、セシル?」


 彼女はフレイザー卿(・)と呼んだ。冒険者の中にも貴族はいるので、それ自体はおかしくない。ただ「お久しぶりです」に関しては、彼女がここで働いてまだ二カ月──初日の客としても違和感が残る。


「あら、休憩所を使ってもらって構いませんよ。セルフですがお茶もありますし」


 売店の反対側、カウンターから向かって右の休憩用スペースを手で示す。この時間は、ほとんど利用者がいないはず。


「すまんがお嬢さん、こちらは込み入った話でね」


 しかし私に一瞥さえくれず、案内を却下するフレイザー。物腰は柔らかいけれど、底には有無を言わさぬ圧がある。──もしかして、これ(・・)が嫌な予感の正体?


「いいの、セシル。わたくしの個人的事情だから、ギルドに迷惑(・・)はかけられません」

「さすがベアトリス様、賢明なご判断だ」


 このやりとりで私は確信する。彼らは北の隣国──ベアトリスを追放した祖国の関係者だろう。だとすれば目的は、想定外に『龍の庭』を生きたまま踏破してしまった彼女を……


「おい待てよおっさん。ベアトリスは俺とお茶する約束だ」


 休憩所側から声と共に、肩をすくめた男が姿を見せる。長いまつ毛と割れ顎がトレードマークの冒険者、アルバートだ。先日の鑑定にまつわるひと騒ぎで、入れ込んでいた西ギルドの受付嬢プリシラのご機嫌を損ねた彼は、どうやらベアトリスに乗り換えたらしい。

 今日は依頼も受けずに休憩所で時間を潰していたけど、彼女の休憩を待ち伏せしていたのか。しかし、今回に限っては良いタイミング。

 

「だろう、ベアトリス?」

「いいえ」


 即答で拒絶する、彼女の目を見る。

 あの日、ここに担ぎ込まれた瀕死の彼女の碧(みどり)の瞳はまっすぐに、どうしても生きたいと語っていた。

 いまの彼女の瞳は変わらず凛と真っ直ぐで、でも何かが違う。どこかで、よく似た目を見た記憶がある。あれは、確か……


「ということで、お下がりいただこう」


 フレイザーの言葉と同時に、彼の背後に控えていた二人の片方がアルバートの前に進み出た。

 それまでほとんど存在感がなかったのに、そこに突然そびえ立ったような巨漢で、決して小柄ではないアルバートを頭二つぶんも見下ろしている。

 黒い革鎧はフレイザーと同じだけど、武器は帯びていない。代わりに鎧から剥き出しの腕が、はちきれそうに太く鍛え上げられている。


「そうは行かないな。ベアトリスは照れてるだけ、女ってのはみんなそうさ」


 さすがアルバート、ここで引き下がるほどデリカシーのある男じゃない。片手を剣の柄に添えて威嚇するその姿が、今日だけは心強い。これでも彼は上級冒険者のはしくれ(・・・・)、決して弱くはない。


「まあ、ちょうどいい。皆さまにもおわかり(・・・・)いただいておこう」

「やめて! わたくしは行くと言ってるじゃない!」


 カウンターを両手で叩き抗議するベアトリス。その目を見て、私は思い出した。あれは自分の使命を──何よりも優先すべき、命の使いみちを見つけた人の目だった。そして、その人が私の前に戻ることはなかった。

 さっき彼女は、ギルドに迷惑をかけられないと言った。つまり自分が行かなければギルドに迷惑──危険が及ぶ、という意味か。


 ギィンと激しい金属音が鳴り響く。


 アルバートの剣撃を、巨漢は片手(・・)で受け止めていた。その指先から肘付近までを金属製の手甲が覆っている。刃を掴んだまま男の腕の筋肉が盛り上がり、必死に抵抗するアルバートの手から剣を無造作に取り上げて、後方に投げ捨てた。

 彼が弱いわけじゃない。相手が格上すぎた。


「あ……」


 呆然とするアルバートに、巨漢は鉄拳を振り上げる。その豪腕で殴られたら、彼の自慢の顔面は跡形もなく粉砕されるだろう。そうなったらどんなに強力な治癒魔法でも、たとえ聖女の奇蹟でも、手遅れかも知れない。


「やめてお願い! わたくしの命なんていくらでもあげる!」


 ベアトリスの叫びも虚しく彼の脳天に振り下ろされた鉄拳は、しかしなぜか鼻先すれすれを空振っていた。腰が抜けたのか、その場にへなへなと座り込むアルバート。


「どうした、潰して構わんぞ?」


 フレイザーの怪訝な問いに答えはない。一拍置いて巨漢は、ゆっくりと背後に倒れ込んでいた。受け身も取らず床に盛大に背中を叩きつけ、そのままぴくりとも動かない。白目を剥いて気を失っている。


 ──その向こう側。こちらからは巨体に隠れて見えなかった、細身のシルエットがひとつ佇む。


 白のブラウスに紺のコルセット付きフレアスカートは、私やベアトリスと同じ制服(・・)。ショートボブの黒髪から獣人族の証の三角耳がぴんと立ち、掲げた右手は二本指(ヴイサイン)でなく、手刀の形にまっすぐ揃えられている。

 その無感情な灰色の瞳の奥で静かに燃える炎には、彼女をよく知る者しか気付けないだろう。


「ベアがいなくなったら、ぼくの仕事が増えて困る」


 受付嬢クロエ。かつて『王都の黒い悪夢』と恐れられた、元暗殺者(アサシン)である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オススメ

きのう喫煙所で悪役令嬢と知り合った
現代舞台の悪役令嬢もの短編会話劇(円城塔賞最終選考)

「三十路聖女は用済み」と言われたので
癒しを求め旅に出ます。

こちらの聖女(強メンタル)は引退して旅に出ます。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。