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受付聖女セシル 〜大聖堂がヒマなので、隣のギルドで受付嬢はじめました〜  作者: クサバノカゲ


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07【前】雪の妖精

「いまの、トーマスさんって方……」


 初めての依頼に赴く素朴な青年の背中を見送って、すぐ。隣からベアトリスが話しかけてきた。

 無理もない。その青年は、彼女が追放された北の隣国の出身。しかも彼女同様『龍の庭』を踏破してきたというのだから。


「うん。彼が依頼を成し遂げたら、いろいろ聞いてみましょう」


 人の身でドラゴンを倒すことは出来ない、とされている。なら彼もまた、ベアトリス同様に傷付いた大地龍(アースドラゴン)の縄張りを通り抜けたのか。──それとも。

 ベアトリスが無言でうなずくのと同時に、ギルドの入口扉が開いた。新たな来客は無遠慮にずかずかと私の窓口前まで歩み寄り、カウンターに片手をつきながら口を開く。


「ようセシル、久しぶりだな」


 おそらくそれなりの経験と実績のある冒険者だ。三十手前の年齢と、そこそこ上質な鉄鎧に不遜な態度からそこまでは推測できる。

 ただ誠に残念ながら、長いまつ毛と割れ顎で形成された濃いめの顔立ちに反し、彼に関する私の記憶はとても薄ぼんやりしていた。

 ここは焦らず手元の分厚い台帳の表紙を開く。彼の右手の紋章に反応し、ぺらぺらと自動的にめくれるページがすぐに登録証を探し当てた。いやあ魔法の台帳、べんり。


「…………ええ、お久しぶりですアルバートさん。お元気そうで何より」

「なあ、いま台帳で名前確認したろ?」

「だいぶお目にかかっていないので、近況をチェックさせていただきました」


 慌てず答えてにっこり微笑む。ギルドの依頼書と登録証は魔法のインクで連動(リンク)していて、活動状況も自動更新される。どこのギルドでも実績に見合った依頼や支援が受けられる仕組みだ。

 それらも名前のついでにチェックしたので、嘘は吐いてない。


「ああ、すっかり西で世話になってるからな。そういや今そこですれ違ったの、例のドラゴン退治の勇者様(・・・)だろ? こっちに来てたのか、あのホラ吹き坊や」


 トーマスのことだろうか? たしかに、彼の初回の冒険者登録は西ギルドになっていた。


「……勇者様?」

「なんだ、あいつ言わなかったのか? 夢の中で女神様に『勇者になれ』って言われて冒険者を志したらしいぜ。ご立派なことで」


 勇者……。確かに、彼の左胸に強力な『祝福』が宿っているのは感じていた。ただ、あれは選ばれし者だとかそういう類ではなく、もっと切実な、たくさんの『祈り』の結晶のように思えた。

 そこに触れてみればもっと何か解るかも知れない。けど手のひらを重ねただけで真っ赤になっていたから、それ以上はまだ早そう……。


「しかもドラゴンぶっ倒して『龍の庭』を通り抜けて来たんだとさ」


 言葉尻で嘲笑うアルバート。隣でベアトリスが息を呑む。

 ああ、だからトーマスは何も話さなかったのか。


「……それで、彼を笑いものにしたの?」


 私の口から溢れたその言葉は、自分でも驚くほど冷たく突き放すような声だった。


「あ、いや、そういうわけじゃ……」


 アルバートは口元に乙女みたいに片手を添えて、凍り付いた表情で目だけ泳がせている。

 つい()を出し過ぎたかも知れない。コホン、と咳払いひとつ。


「今日は、どういったご用件ですか?」


 微笑んで問いかけ直す。


「そっ……そうそう! 今日はこいつを見てほしくて」


 彼は安堵した様子で、ぶら下げていた荷袋をカウンターに置いた。


「鑑定ですか? どうしてわざわざ(うち)に?」

地下迷宮(ダンジョン)で見つけたんだが、西じゃあ『鑑定不能』って結果だった。そこで東の出番ってわけさ」

「……それを、西ギルドが許可したの?」


 妙な話だった。西(あちら)は、依頼の達成率と冒険者の生還率が高い(うち)をライバル視している節がある。しかも、たしかアルバートは西の受付嬢プリシラにぞっこんのはずなので、東の利になりかねないことをするとは思えない。

 そのとき、別の客の依頼完了を処理していたベアトリスが、手を止めずに口だけ割り込んでくる。


「西のギルドが鑑定できなかった、という噂は不名誉になります。けど、東のギルドでも鑑定できなかったのなら、そもそも鑑定できない(・・・・)ものだった……という結果になって帳尻が合う」


 なるほどそういうことか。さすがは貴族社会のドロドロを知る彼女だ。

 となると、そうとうに鑑定困難な代物なのだろう。


「……まあ、見てくれよ。こいつだ」


 おそらく図星だったのだろう、ばつが悪そうに眉をしかめながら、アルバートは荷を解いてそれ(・・)を取り出し私の前に置いた。

 握りこぶし大の白い球体──に限りなく近い、不揃いな多面体だった。よく見ると半透明で、材質は水晶だろうか。そして表面には枝分かれした結晶状の紋様がうっすら浮かんでいる。


「うーん、天然の鉱物ではなさそう……。微弱な魔力を帯びてはいるけど、人の手によるものにしては用途が不明ですね」

「そこまではプリ……いや、西の鑑定結果と同じだな」


 触れるとひんやり冷たい。その奥から感じるのは、なんだろう。か細く途切れそうなそれは、まるで消える寸前の蝋燭の火のようで、ほとんど反射的に私は癒しの祈り(・・・・・)を捧げていた。


「ん? なにしてんだセシル、それ治癒魔法?」

「……ええまあ、魔力を供給したら何か起きるかなって」


 仄白く発光する手を、ぱっと離して弁明する。アルバートは「それもとっくに西で試したけどな」となぜか自慢げだ。


「少し、見てもいいかしら」


 報告を(さば)き終えたベアトリスが、席を立って覗き込んでくる。アルバート、今度は目を見開いて彼女の横顔に見惚れている。ふふふ、美人だろう(うち)の新人。


「うん、やっぱり間違いない。昔、本で読んだのだけれど──」


 そして彼女は断言していた。


「──それ、卵です。ドラゴンの」


「「は!?」」


 思わずアルバートと唱和してしまう。不本意だ。そして三人の視線の先、水晶体はドクンと脈打つように蒼白い光を放ち──



 ピキッ

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