03[前] 冒険者ギルド入門:初級
──その日。僕は、初めて訪れるギルドの前に立っていた。
ちなみに地図によると、隣に立つ古びた建物は『大聖堂』で、ここに聖女様がいらっしゃるらしい。
もっと立派な建物を想像していたけど、普通の教会よりひとまわり大きいぐらいのサイズ感だ。
屋根の上でだいぶベテランの大工さんが、腰を気にしながら金槌を振るっている。雨漏りの補修でもしているのだろうか。
正直、本当に聖女様がいるのかと疑ってしまうが、まあそれはそれ。用があるのは目の前の冒険者ギルドの方だ。
石造りの建物は、隣の大聖堂に遠慮するようにほんの少しだけ小さい。正面の両開き扉に手を掛け深呼吸をする。
大丈夫。聞くところによれば、この東ギルドは初心者向けという噂だ。
「今度は、上手くやれるさ」
小さく声に出して自分に言い聞かせながら、扉を開けて内部に足を踏み入れる。
もうお昼過ぎだから、冒険者の姿はまばらだった。
見回すと右手には売店スペースがある。店番らしき白髪のご婦人が椅子に腰かけ、木の杖に寄りかかって居眠りしていた。
ここには各種の魔法薬からちょっとした装備品まで、冒険者に必要なものは一通り揃っている。ギルド登録者なら割引価格で購入可能だ。
僕の中古品の革製鎧と長刃剣も、いつかここで新品に買い替えたい。
左手側からは談笑する声が聞こえていた。そちらは休憩スペースになっていて、いくつかの机と椅子が配置され、情報交換や冒険に出る前の打ち合わせなどに使える。
壁の掲示板に貼りだされているのは通常の依頼ではなく、パーティーメンバー募集や緊急を要する案件など。
そしてまっすぐ正面。冒険者ギルドの主役とも言える受付窓口カウンターに、僕は意を決して歩を進めた。
受付嬢が三人、並んでこちらに視線を向けている。胸がキュッと苦しくなって思わず視線を足元に逸らしてしまう。
──この王都に来て、最初に訪れた西ギルドの受付嬢も三人だった。
三人ともそれぼれ、故郷の村では見たことがない華やかで可愛い女の子たちだった。そもそも村はお年寄りばかりで、同世代は一人もいなかったけど。
接客してくれたのはプリシラという名で、蜂蜜色のツインテールの受付嬢だった。カウンターに鎮座する胸の迫力に圧倒されながら、ふわふわする頭でギルドの説明を受け、言われるがまま冒険者登録を済ませた。
「子供のころ、夢のなかに出てきた女神様から『勇者になりなさい』と言われて……」
冒険者になりたい理由や目標を聞かれ、舞い上がったまま自分語りをした。そのあたりから彼女らは、なにやら小声で囁き合いながらクスクスと笑いはじめた。
『それでは勇者様。はじめての依頼はこちらがおすすめですわ』
プリシラが笑いをこらえながら差し出した『迷い猫探し』の依頼書に、「今日は体調が悪くて」と逃げるように背を向けた。実際、少し吐き気がしていた。
背中に投げかけられた愛らしい「またのお越しを、勇者様」の声は、被害妄想かも知れないけれど、嘲笑混じりにしか聞こえなかった。
──以来、僕にとって受付嬢は恐怖の対象になった。
そのまま、食堂の下働きで日銭を稼ぎつつ、もう三月も経っている。
このまま逃げていても何も変わらない。僕は逸らした視線を、歯を食いしばりながら斜めに持ち上げた。
カウンターの左側から怪訝な視線を向けてくるのは、西ギルドの受付嬢たちに負けないものすごい美人さんだった。流れるように波打つ銀髪と、凛とした碧の瞳。
この人はきっと他人を見下したりしない。根拠もなくそう感じた。でも改めてよく見るとやっぱり美人過ぎて、反射的に視線を反対の右側に逸らしてしまう。
そちら側に座っていたのは、短めの黒髪の頭上に三角の獣耳を生やした獣人族の美少女だ。
無表情で無感情な冷たい灰色の瞳から、見透かすような視線が僕を刺す。そんなはずないのに「気を抜いたら殺される」というイメージが浮かんで、冷たい汗がひとすじ背を伝い落ちた。
──おかげで、少し冷静さを取り戻すことが出来た。
西の受付嬢の貼り付けたような笑顔より、彼女の裏表なさそうな無表情の方がよっぽど安心できる。
深呼吸しつつ、僕は視線をカウンターの中央に移す。
そうだ。もう、いい加減に覚悟を決めよう。そこにどんな受付嬢が居たとしても、恐れずに依頼を受けるんだ。僕には、果たすべき使命があるのだから。
「あっ……あの……」
「こんにちは。依頼をお探しですか?」
そこには、白金のポニーテールを揺らし、蒼い瞳で優しく微笑む──女神様がいた。




