03:同僚を紹介します。
「──行ってらっしゃい。無事で戻るのよ」
右隣の窓口から聞こえる凛とした声。
東ギルドでいちばん新人の受付嬢である彼女の名はベアトリス。どこか気品のある顔立ちと波打つロングの銀髪が目を惹く、いかにも芯の強そうな美人さんだ。齢は私よりひとつ上のニ十歳だったはず。
「もうすっかりお仕事も板につきましたね」
「ええ。それもこれも貴女のおかげですわ、セシル」
カウンターの内側で椅子から立ち上がり、お腹の前で両手を重ね、深々とお辞儀をしてくる。完璧な腰の角度から、ほとばしる育ちの良さ。
「いえそんなそんな! 教育係って言っても、ベアトリスは一度説明すればぜんぶ完璧にこなしてくれるし……」
私も慌てて立ち上がり、首と両手をぶんぶん振る。
十三歳まで大聖堂の付属孤児院で育った私とて、親代わりのシスターたちからそれなりの礼節は叩き込まれた。けれど彼女のそれはもっとこう、魂にまで根差したものだと感じる。
それに記憶力も本当に凄くて、依頼書の内容も冒険者の顔と名前も、一度見ただけで完璧に覚えてしまうのだ。
「教育係もだけれど、それだけではなくって……」
彼女は少し困ったように眉をひそめた。
──あれは、三月ほど前のこと。
日が落ちてすぐ、ギルドにひとりの瀕死の女性が担ぎ込まれた。
冒険者がゴブリン退治の依頼のなかで救い出したという彼女は、全身の負傷に加えて衰弱も著しく、話すどころか自力で水を飲み込むことさえできない。
手の甲にギルドの登録紋がないから冒険者ではないし、行方不明者の捜索依頼も出ていないので、完全に身元不明。
治癒魔法でぎりぎり命を繋ぎ留めていたけれど、延命はできてもそこからの回復は絶望的──なので無駄な治療はしない、というのが魔法治療院の方針だった。
だけど、彼女は生きることを諦めていなかった。
真っ黒に汚れて年齢も定かでない顔のなか、碧の瞳だけがまっすぐに、まだ死ねないどうしても生きたいと言っていた。
強い意志は、すなわち祈りだ。だから私は彼女を担ぎ込んだ冒険者たちに言った。「今すぐ大聖堂に運びましょう」と。
私の提案に彼らは消極的だった。「こういうときだけ聖女様に頼るのはどうか」なんて声もあったし、そもそも最先端の魔法治療で駄目ならば、何をしても無駄と考えるのはおかしくない。もう我々は、できるだけのことはしたのだと。
結局、ちょうど依頼から戻ってきたアマゾネスのライザが二つ返事で手を貸してくれ、大聖堂の奥にある「癒しの間」に運ぶことができた。
──そうして彼女は奇蹟的に命を取り留めた。
その後、自力で歩けるまで回復した彼女がギルドに礼に訪れたとき、居合わせた東のギルドマスターが「あんた受付嬢に向いてそうだね」と言い出して──いま、私の目の前で困ったように微笑んでいるわけだ。
「貴女がいたから、わたくしは今こここ立っていられる」
たしかに、瀕死の彼女を大聖堂に連れていく提案をしたのは私。
だからあの日は付き添いとして受付の仕事を早退したのだけれど。
ベアトリスはギルドの中をぐるりと見渡す。もうすぐお昼、いちばん空いている時間帯で、冒険者の姿はまばら。
「治癒されているときにね、一瞬だけヴェールがめくれて。覚えているの」
──え!?
「白い光の中に浮かんでいた、聖女様のお顔を」




