13【後】続 冒険者トーマス
殺気を伴う気配が背後から迫る。
本来なら前方に身を投げ出して距離を取るのが定石だけど、目の前には守るべき女性がうずくまっている。
──だったら!
刹那の迷いが生死を分ける。そんなときは一番単純な選択をして、迅さで捻じ伏せろ。
毎年、冬が近付くころにふらりと村に現れ、数日滞在する間に剣の稽古を付けてくれた旅人──師匠の言葉を脳裏に浮かべつつ、抜刀しながら振り向きざま長刃剣を横一閃する。
背後ではオークが三匹横並びに、手斧を振り下ろす瞬間だった。
彼らの体格は僕より一回り大きくて、腕はさらに太く長い。そのガラ空きで並んだ胴体を、剣は闇に白い光の軌跡を描きつつ、異様なほどの切れ味で真一文字に斬り抜いていった。
「──え」
思わず声が漏れた。
致命傷を受けた魔物の常として、三匹は黒い塵になって四散する。まとっていた毛皮と手斧だけが地面に落ちた。今のはいったい? この使い慣れた愛剣は、何の魔効も付与されていない中古品のはずなのに。
しかし戸惑っている隙はない。三匹の後ろにもう一回り巨体のオークが控えている。
その片腕で高々と振り上げるのは、人間が両手で使う用の両刃の大戦斧。そして反対側の肩にはぐったり気を失った少女を担いでいる。揺れる三つ編みはまちがいなくサラだった。
グフォフォ
仲間を討たれたことなど気にも留めず、ボスオークが笑う。
豚鼻から吹き付ける温い鼻息が生臭く顔を撫でる。続けてゴオと風を裂き振り下ろされる戦斧。避ければ間違いなく背後の彼女が巻き込まれる、けれど相手は剣の間合いの外。
──さっきのがまた出来れば!
いいや、そんな雑念は捨てよう。
夢の中で女神様に「勇者になりなさい」と使命を託されたあの日から、僕は棒切れを剣に見立て振り続けた。村のみんなも応援してくれて、お金を出し合い中古の剣を買い与えてくれた。師匠も「もう教えることはない」と言ってくれた。
最終試験の『龍の庭』越えも達成した。
──大地龍の爪と比べたら、こんなものは!
襲い来る戦斧に向け剣を振り上げる。ガギィイインと凄まじい金属音。白光の軌跡が戦斧を猛然と撥ね上げて、その両刃の反対側が、オークの肩から胸元まで深々と喰い込んでいた。
追撃しようとする僕に、後ずさりながらも担いでいたサラを投げ付けてくる。体で受け止めつつ尻もちを着いてクッションになる。大丈夫、向こうはどう見ても致命傷で……
グフォオオオオオ!
雄叫びが響く。見ると戦斧を自ら引き抜いたオークの傷痕が、なぜか見る間に塞がっていく。まずい、このままじゃ二人をかばいながら戦うことになる。
「んっ……トーマスさん?」
腕の中のサラが目を覚ました。
「サラ、掴まって」
「──はい!」
僕の首に両手を回してしがみ付く彼女の、腰を片腕で抱き寄せ、しゃがみ姿勢から前方斜め上に全力で跳ぶ。真っすぐ白光の尾を引いて、逆手に構えた剣はボスオークの頭を夜空に高々と刎ねあげていた。
空中で納刀しつつ、サラを両腕で抱きかかえ着地する。そのまま振り向くと、塵化したボスオークの足元だった場所に、武器と毛皮の他に小さく紅く光る何かが落ちるのが見えた。
ふと、いい匂いがして、サラの顔がめちゃくちゃ近いことに気付く。というかこれはお姫様抱っことかいう体勢なのでは!? しかも勢いで呼び捨てまでしてしまった!?
「ごごごごめん!」
慌ててサラを立たせる。怪我はなさそうだ。なかなか腕を離してくれなかったのは、きっと混乱していたのだろう。あああ、今思い出しても頭を抱えてしまう。
「──サラさん、本当によかった。囮にされていた彼女のほうは、ご無事でしたか?」
銀髪の美人──ベアトリスさんが両手を胸の前に重ねて目を潤ませる。やっぱりこのひと、めちゃくちゃいい人なのでは。
「それが、逃げられないよう足首を折られていて」
「な……! ひどい! そんなときのために魔法薬を少しくらい手元に残しておくべきだったのでは!?」
「あなたがそれを言うのね……」
なぜか呆れた様子のセシルさん。
「一応、お祈りで応急治癒したので……」
「え? 治癒魔法ではなくて? いえ、剣と魔法の両立も大変ですが……治癒の祈りが使える戦士なんて、最高位の聖殿騎士ぐらいじゃ……」
「いやいや……そんな大それたものでは……」
手と首を振りつつ、ふと背後に気配を感じる。見れば、先ほどまで無心にお掃除していた黒髪獣耳の受付嬢──僕をこの依頼に推薦してくれたクロエさんが、後方で腕組みして満足げにウンウンうなずいていた。
「あ、お話の腰を折ってごめんなさい。つまり二人を助けたぶんの追加報酬ということ?」
ベアトリスさんが依頼書に視線を向ける。僕は、更に首を横に振った。
──翌日、当初の目的の山小屋を確認しに行くと、そこにも三匹のオークがいた。
昨夜の四匹も一緒に住み着いていたとしたら、山小屋はさすがに手狭すぎる。不審に思って、二匹を仕留めつつ一匹を見逃がし後をつけたところ、オークの群れが根城にする洞窟を見つけた。
いったん退こうとしたけれど、またもや待ち伏せされ完全包囲されたのでそのまま殲滅。洞窟の奥で近隣の村々から攫われた数人を救い出し、手当して、送り届けて……ようやく落ち着いたのが昨日だった。
そうして今朝早くに村を発ち、いまここに至る。
「──近隣の村々からのお礼が、この額の追加報酬になったのね」
セシルさんが革袋をゆっくり逆さまにする。カウンターに溢れた銅貨と銀貨の小山に、僕はうなずく。
「お断りしたんですが、どうしてもって……」
「感謝はね、遠慮せずに受け取っていいの。あなたはそれに足ることをしたのだから」
セシルさんの言葉はどうして、こんなにも胸に沁み込んでくるのだろう。
「──で、これが」
そんな彼女が小山の中から摘んで持ち上げたのは、赤黒い菱形の結晶体だった。
「はい。ボスオークの落としたものです」
「それ、魔王石では!?」
ベアトリスさんが目を見開く。
やっぱり、そうか。話には聞いてはいたけれど、実物を見たのは初めてで、確信が持てなかった。魔物に強い力を与えるという石、そしてそれは──
「地上で見つかるのは、大迷宮の底の魔王が復活する兆候とされています」
ベアトリスさんの解説に、セシルさんが「そうね」と静かに相槌を打って言葉を継ぐ。
「ここ最近、魔物の行動に違和感があった。ゴブリンがオーガを連れていたりだとか。それもおそらく、魔王が力を取り戻しつつあるせいだと思う」
「──僕は」
前回は何も言えなかった。
今日は自分でも驚くくらい、すらすらと言えた。
「大迷宮に挑んで、魔王を封じます。それが、女神様から授かった使命だから」




