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受付聖女セシル 〜大聖堂がヒマなので、隣のギルドで受付嬢はじめました〜  作者: クサバノカゲ


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11/14

11【後】執行者フレイザー

退()くぞ」


 それでもなおフレイザーの決断は迅速だった。

 雪輝龍(スノウドラゴン)が受付嬢の味方らしいという非現実をひと呼吸で飲み込んで、最短の言葉で退却を配下に伝える。

 改めて恐ろしい相手。だからこそ、このまま退かせたら次はもっと確実な手段で潰しに来るだろう。


「待って、フレイザー!」


 呼び止めるベアトリスの目には、ここに担ぎ込まれたあの日と同じ、生きるための意志が宿っていた。

 けれどフレイザーは、その声を振り払うように背を向ける。


「──あのう、すいません」


 そこに唐突に、あまりにも場違いで緊張感のない声が響いた。見れば開けっ放しの入口に人影が立っている。逆光で顔はわからないが、細身の体型に腰の長剣のシルエットから、軽装備の冒険者のよう。


「なんか、お取り込み中ですか?」


 遠慮がちに一歩踏み入る()の方へと、復活したばかりの巨漢も含めて、三人の執行者が同時に殺到する。


「おいバカ、逃げろ!」


 アルバートが警告しつつ巨漢の足にしがみつくも、あっさり蹴り飛ばされて入口右側の壁に叩きつけられた。

 それを真横に見て、目をまん丸に見開き呆然とするのは、栗色の短髪に素朴な顔立ちの青年──先日このギルドから初めての依頼に送りだした、トーマスだった。

 よりにもよって最悪のタイミングで、その依頼から帰還したらしい。


「どけ邪魔だ、殺すぞ!」


 先頭で彼に迫る蛇男が、クロエの投じたナイフをぬるりとした動きでかわしつつ恫喝。その手の短剣はすでに彼の喉元に向けて(はし)っていた。いけない、このままじゃ。


「トーマスくん!」


 名を呼ぶ。我に返った彼の表情が、一瞬で鋭く研ぎ澄まされる。


「セシルさんの前で、そんな言葉を使うな」


 眼前に迫った短剣の切っ先を手の甲で跳ね上げ、抜刀しながら長剣の柄頭を胸に叩き込む。蛇男は「ぐえ」と呻いて床に転がった。

 続いて猛進してくる巨漢の股下を、屈んでするりと潜り抜ける。立ち上がりざま後ろ手で背中に柄頭を叩き込む。前のめりに倒れる巨漢の腰を踏みつけ、床に抑え込んだ。


「やれやれ、ここはびっくり箱(・・・・・)か?」


 心底から呆れた様子のフレイザーは、床からアルバートの剣を拾いあげた瞬間に、予備動作なしで突きをはなつ。頬にひとすじ傷を付けながらそれを避けたトーマスは、同時に一閃した長剣の刃をフレイザーの首筋でぴたり寸止めする。


 三人の手練れを刹那に無力化。これが、クロエとヨモギさん(ギルドマスター)が認めた彼の実力なのか。落差がすごすぎて、ちょっと理解が追い付かない。


「──あれはもう十年以上も前でしたね」


 張り詰めた空気を破ったのは、穏やかなベアトリスの声だった。


「許嫁だったあのひと(・・・・)との面会の日。行きたくないと駄々をこねて書庫に閉じこもったわたくしの元に、遣いとして来たのがフレイザー卿、あなた」

「まったく、よく覚えておいでだ」


 ため息を吐いて、応じるフレイザー。その声もまた、諦めたように穏やかだった。


「急かすでも脅すでもなく、わたくしの開いていた本を横から覗き込んで、一緒に読んだのを覚えています」


 ベアトリスは続ける。


雪の妖精(シム・エナーガ)という別名を教えてくれたのもあなた。お城の書庫にはもっとたくさんの蔵書がある。そして知識だけは絶対に裏切らない、味方になってくれると……」

「そんなことを言いましたか。なんとも子供だましの台詞ですな」

「いいえ。今でもおっしゃる通りだと思います。感謝していますわ、フレイザーおじさま(・・・・)


 彼はその言葉に、何も答えなかった。

 それからベアトリスは、クロエにナイフを突き付けられた蛇男に視線を向ける。


「サイモン。あなたの肉料理がとっても美味しくて、大好きでした。お城に行く日はそれがいちばんの楽しみだったの」


 続けて、トーマスに片足一本で抑えつけられている巨漢にも。


「ジョッシュ。あなたの花壇はほんとうに素敵で、いつもうっとりと見ていたの。辛いことがあった帰りに、わたくしを癒してくれました」


 フレイザーが大きくため息を吐いた。続いてサイモンとジョッシュ、そう呼ばれた彼らが、絞り出すように口にする。

 

「……なんで、俺らの名を……」

「……おぼえて……おいでなのか……」


 ベアトリスは答えない。答えようがないのだろう。だって感謝すべき相手の名前を憶えていることなど当前だから。泣き落としでもなんでもない、ただ追放される前に伝えられなかったことを伝えているだけ。

 それが貴族社会のドロドロを熟知しながら、自分自身はそれに染まることなく、傷付いた大地龍(アースドラゴン)に貴重な魔法薬(ポーション)を使い切るベアトリスという人間だ。


「──やれやれ」


 首筋に刃を添えられたまま、フレイザーが首を横に振る。刃先が微かに肌に食い込んで血がにじみ、驚いたトーマスが剣を少し引いた。


「歴戦の執行者ともあろうものが、すっかり腑抜けてしまった」


 そして肩をすくめながら続ける。


「ずっと不思議だったのです。我が主は、なぜあんなにも貴女の存在を恐れるのか。その理由が、今になってようやく理解できた気がする」


 戦意を喪失した様子でぼやいた──次の瞬間、トーマスの剣は彼の手に移っていた。速すぎて何が起きたかわからない。取られた本人も口をぽかんと開けている。


「──さて、とんだ茶番だな」


 冷たく言い捨てると彼は、剣の切っ先をトーマスの喉元に突き付け、巨漢を踏みつける片足を退けさせる。


「やはり、あの女は『龍の庭』で野垂れ死んだ。ここには、顔が少し似ているだけのただの(・・・)受付嬢しかいなかった」


 ベアトリスが、小さく息を飲む。

 そしてフレイザーは、奪ったばかりの剣の向きをくるりと反転させ、柄の方を持ち主(トーマス)に差し出していた。


「その力を他人のためにばかり使うなよ。強い力は、他人のために使うほど歪んでいくものだ」


 呆けた顔で剣を受け取る若き冒険者に何を見たのか、フレイザーはそう語りかける。剣を鞘に納めながら、トーマスは遠慮がちに答えた。


「でも僕は、僕の力で誰かを助けられるなら、それを見過ごせないと思う……」

「ならその誰かのためじゃなく、助けたいと願う自分のために使え」


 言葉を噛みしめるように黙ってから、若者はゆっくりとうなずく。

 それを見届けると、フレイザーはよろめく巨漢に手を貸して立ち上がらせ、クロエから解放された蛇男の肩を叩く。

 彼らは最後にベアトリスに向かって深々と礼をしてから、ギルドを後にした。

 蛇男──サイモンだけは、少し躊躇ったあと、私にも同じくらい深々と礼をしていった。

 愛しの毛玉ちゃんも、扉が閉じる寸前の隙間から、きらきらを残して空に飛び去る。


 ──遠ざかる足音、落ちる沈黙。


「さてと」


 私は足元のリボンを拾い上げ、ポニーテールをきゅっと結び直した。


「ベアトリスはアルバートさんの手当をお願いできる? 売店の魔法薬(ポーション)、いくらでも使っていいから」

「ええ、任せて」

「クロエちゃんは軽くお掃除ね」


 すでに(ホウキ)を手にしていた彼女は指二本(ヴイサイン)で答える。

 

「よし、それじゃあトーマスくん。まずは」


 難しい顔で剣の柄を握ったままの彼に、私は微笑みかけた。


「──おかえりなさい」

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