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第19話 ただいま、私の魔王様

ロザリアの王都は、いつものように穏やかな空気に包まれていた。

王城の門をくぐると、懐かしい顔が出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、エリザベート様!」

「無事のご帰還、心よりお待ちしておりました!」


兵士たちやメイドたちが、笑顔で頭を下げる。

ここには、戦火の匂いも、陰湿な策謀の気配もない。

ただ、温かい「家」があるだけだ。


ふと、回廊の陰に見慣れない……いや、どこか見覚えのある男の姿があった。

長い金髪を優雅に束ねた、貴族風の男だ。

彼はアンナと親しげに談笑している。


「……あれ? あの人、誰かしら?」


私が首を傾げると、男がこちらに気づいてニカッと笑った。

その不敵な笑み。そして、聖職者とは思えない軽薄な雰囲気。


「……ガブリエル!?」


そう、あの破戒僧ガブリエルだ。

彼は「追放処分」になったはずじゃなかったの?


「おやー? 人違いじゃないですかねー? 私はしがない『家庭教師』ですよー?」


ガブリエル(仮)は、わざとらしい裏声で嘯いた。

その横で、シルヴィアがジト目で彼を睨んでいる。


「もう、バレバレよ師匠。……兄貴が『優秀な人材を遊ばせておくのは勿体ない』って、こっそり呼び戻したのよ」

「人聞きが悪いな。俺は子供たちの教育のために、ボランティアで戻ってきたんだぜ?」


ガブリエルはアンナの肩をポンと叩き、楽しそうに笑った。

すると、シルヴィアが頬を膨らませて「ムゥ……」と唸った。

その視線は、明らかにアンナに向けられている。

……なるほど。このお転婆王女様は、どうやらこの食えない師匠に惚れているらしい。

まあ、前途多難そうだけど、彼がいれば退屈はしないだろう。


私は苦笑しながら、大広間の扉を開けた。

玉座の前で、彼が待っていた。


「……おかえりなさい、私の女王」


リアムだ。

彼はいつものように、穏やかで、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

その顔を見たとたん、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。


私は無言で彼に歩み寄った。

コツ、コツ、と足音が響く。

リアムは両手を広げ、私を抱きしめようとする。


「エリザベート、無事で何よりで……」


私はその胸に飛び込む――と見せかけて。

彼の額に、渾身のデコピンをお見舞いした。


「……いったぁ!?」


リアムが素っ頓狂な声を上げて仰け反った。

周囲の近衛兵たちが「ぶっ」と吹き出す音が聞こえる。


「……全部、あなたの掌の上だったのね」

「あ、あれ? バレちゃいました?」

「皇帝陛下から聞いたわよ。『掃除ご苦労』ですって? 私が必死で戦っている間に、あなたは高みの見物だったわけ?」


私は腰に手を当てて睨みつけた。

リアムは額をさすりながら、苦笑いした。


「見物だなんて人聞きが悪い。……私はずっと、胃が痛くなる思いであなたを案じていたんですよ?」

「嘘おっしゃい。……でも」


私は溜息をつき、改めて彼を見つめた。

その瞳は、どこまでも深く、私だけを映している。


「……ありがとう。私の大切な場所を守ってくれて」


私がそう言うと、リアムはふわりと微笑んだ。

それは、魔王のような冷徹な笑みではなく、ただの恋する少年の顔だった。


「あなたのためなら、国の一つや二つ、安いものです」

「……またそういうことを言う」


リアムは私の手を取り、跪いた。

かつて、従者としてそうしていたように。

そして今は、王として、最愛の妻への敬愛を込めて。


「エリザベート。……これからは、もう剣を振るう必要はありません。汚い仕事は私が片付けます。あなたはただ、私の隣で笑っていてください」


「……嫌よ」


私は即答した。

リアムが目を丸くする。


「え?」

「私は『鉄の女』よ? 守られるだけのお姫様なんて、性に合わないわ」


私は彼の手を握り返し、力強く引っ張り上げた。


「私はあなたの剣になる。あなたが道を踏み外しそうになったら、私が止める。……二人で最強の国を作るんでしょう?」


リアムは一瞬呆気にとられ、それから嬉しそうに笑った。


「……参りました。やはり、私の女王には敵いませんね」


彼は私の腰を引き寄せ、耳元で囁いた。


「では、覚悟してくださいね? ……一生、離しませんから」


甘い口づけが、全ての言葉を塞いだ。

窓の外から、祝福の鐘の音が聞こえる。


「ヒューヒュー! お熱いですねー!」


突然、野次馬の声が響いた。

ビクッとして離れると、扉の隙間からシルヴィアがニヤニヤと顔を覗かせていた。

そして、その隣には――。


「……ごほん」


わざとらしい咳払い。

父、ヴァイセン公爵だ。

彼は顔を真っ赤にして、どこか気まずそうに視線を泳がせている。


「お、お父様!? いつの間に!?」

「い、いや……娘の凱旋を出迎えようと思ったのだが……その、タイミングが悪かったようだ」


父はゴニョゴニョと言い訳をしているが、その目は嬉しそうに細められている。


「まあまあ、公爵様。若い二人の邪魔をするのは野暮ってものですよ」

「う、うむ。……だが、あまり羽目を外しすぎるなよ。……孫の顔は、早く見たいがな」


「ぶっ!!」


父の爆弾発言に、私は顔から火が出るかと思った。

リアムはと言えば、涼しい顔でニヤリと笑った。


「お任せください、お義父様」

「ば、ばかいうな!!」


私は真っ赤になって叫んだ。

この男、本当にどこまでも食えない!


「あはは! お義姉様が照れてるー!」


笑い声が広間に響く。

かつて「可愛げがない」と捨てられた私は、今、世界で一番愛され、そして騒がしい家族に囲まれている。


「……ただいま、私の魔王様」

「おかえりなさい、私の愛しいエリザベート」


私たちの国盗り物語は、ここで幕を閉じる。

けれど、二人の愛の物語は、ここからが始まりだ。

これからもずっと、この手は離さない。

どんな未来が待っていようとも。


(完)


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