第18話 敗戦処理の使者と、夫の密約
吟遊詩人が去り、アルフレッドたちの絶叫が遠ざかった後。
玉座の間には、私と皇帝、そして重苦しい沈黙だけが残された。
皇帝は瓦礫と化した玉座に深々と腰掛け、私を見下ろしていた。
その瞳は、獲物を品定めする猛禽類のように鋭い。
「……どうだ、エリザベート嬢。感想は?」
皇帝が口を開いた。
私は努めて冷静に、彼を見返した。
「……悪趣味なショーでしたわ」
「そうか? 余は美しいと思ったがな」
皇帝は愉快そうに笑い、手元のワイングラスを揺らした。
中身は赤ワインか、それとも誰かの血か。
「余は、強い者が好きだ。……そして、弱い者が強い者に喰われる様を見るのは、最高のショーだと思わないか?」
彼は恍惚とした表情で、崩れ落ちた天井を見上げた。
「力なき正義は無力。力ある悪こそが正義。……この世界は単純だ。喰うか、喰われるか。あの王子たちは弱かった。だから喰われた。それだけの話だ」
皇帝の言葉には、絶対的な自信と、狂気じみた美学があった。
彼は私に同意を求めている。
「お前も強者側だろう? こちら側の理屈がわかるはずだ」と。
だが、私は首を横に振った。
「……そう。残念だけど、私は興味ないわ」
「ほう?」
「誰が強いとか、弱いとか。そんなことはどうでもいいの。……私はただ、私の大切な人たちが笑っていられれば、それでいい」
私は一歩前に進み出た。
皇帝の威圧感に、足がすくみそうになるのを必死で堪える。
私は今、ただの公爵令嬢ではない。ロザリアの王妃として、ここに立っているのだ。
「それに、あなたとお喋りをするために来たのではありません。……夫から、親書を預かっています」
私は懐から、リアムに託された手紙を取り出した。
封蝋には、ロザリア王家の紋章が押されている。
「……あの狂犬からか」
皇帝は興味深そうに眉を上げ、指先で手紙を受け取った。
そして、無造作に封を切る。
中身を読んだ瞬間。
皇帝の表情が凍りついた。
そして次の瞬間、彼は腹を抱えて大爆笑した。
「くくく……ははははっ!! 傑作だ! まさかここまでとは!」
「……何がそんなにおかしいのです?」
「見ろ。これが君の夫からのメッセージだ」
皇帝は涙を拭いながら、手紙を私に見せた。
そこには、見慣れたリアムの筆跡で、こう書かれていた。
『掃除ご苦労。約束通り、ゴミ(王族)は好きにしていい。
――ただし、妻を無事に帰せ。さもなくば、次は貴様の国を掃除しに行く』
そして、その下には。
すでに両国の署名が入った『不可侵条約』が添付されていた。
「……え?」
私は言葉を失った。
日付は、開戦よりも前になっている。
「気づかなかったか? 余が公爵領を攻めあぐねていたのではない。……最初から攻める気がなかったのだ」
皇帝はニヤリと笑った。
「リアム王とは、開戦前から話がついていた。『王都の腐敗を一掃する代わりに、公爵領とエリザベートには指一本触れるな』とな」
「……っ!」
「彼は、余を利用したのだよ。自国の手を汚さずに、君の祖国を滅ぼすために。……そして、君の実家を守るために」
皇帝は感嘆の溜息をついた。
「強い者が好きだと言ったが……訂正しよう。余は、賢い者が好きだ。君の夫は、余よりも遥かに強欲で、冷徹な『魔王』だよ」
私はへなへなと座り込みそうになるのを、必死で堪えた。
私が必死で剣を振るっていた時、リアムは遥か高みから、この盤面を支配していたのだ。
全ては、私を守るために。
「……帰るがいい、エリザベート。君の帰りを、恐ろしい魔王が首を長くして待っているぞ」
皇帝は手を振って、私を解放した。
私は深く一礼し、踵を返した。
怒りはない。呆れもない。
ただ、胸の奥が熱かった。
あの人は、どこまで私を愛してくれているのだろう。
早く会いたい。
そして、文句の一つも言ってやりたい。
「全部あなたの掌の上だったのね」と。
私は燃える王城を背に、ロザリアへの帰路についた。
私の魔王様が待つ、あの場所へ。




