表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

第17話 鉄の女と公爵領の奇跡

「……終わったな」


父、ヴァイセン公爵の低い声が、戦場に響いた。

目の前に広がるのは、敗走していく帝国軍の背中だけだ。

ヴァイセン公爵領軍、五百。対する帝国軍、三千。

圧倒的な戦力差だったが、結果は私たちの圧勝だった。


「お怪我はありませんか、お父様」

「かすり傷ひとつない。……お前が、前線で暴れまわってくれたおかげだ」


父は珍しく口元を緩め、私の肩を叩いた。

その手は武骨で温かい。

守れた。私の大切な場所を、家族を。

だが、その安堵は一瞬で吹き飛んだ。


「報告! 王都の方角より、火の手が上がっています!」


見張り台からの悲鳴のような報告。

振り返ると、東の空が不気味なほど赤く染まっていた。


「王都が……!」


私は拳を握りしめた。

公爵領は守れた。でも、王都にはまだ多くの民がいる。

それに、腐っても私の祖国だ。みすみす滅びるのを見過ごすわけにはいかない。


「お父様、私、行きます!」

「……行くのか。火中の栗を拾いに」

「はい。……それに、あそこにはまだ、決着をつけていない人たちがいますから」


父は短く溜息をつき、ニヤリと笑った。

「行ってこい。……ただし、必ず生きて戻れ。リアム王が泣くぞ」

「はい!」


私はシルヴィアを連れ、馬を駆った。

待っていて、リアム。今、私が終わらせに行くから。


*


王都は、すでに地獄と化していた。

城門は破られ、市街地は炎に包まれている。

だが奇妙なことに、私たちが近づくと、帝国兵たちは攻撃してくるどころか、道を開けるように下がっていくのだ。


「……どういうこと?」

「お義姉様の気迫にビビってるんじゃないですかー? さすが『鉄の女』!」


リアムの妹であるシルヴィアは、杖を担いで呑気に笑っている。

彼女の明るさに救われるが、状況は明らかに異常だ。

不審に思いながらも、私たちは王城へと駆け込んだ。


「ようこそ、ロザリアの女王陛下」


燃え盛る城の前で、一人の男が待っていた。

ガルディア皇帝だ。

彼は戦場に似つかわしくない優雅さで、私に一礼した。


「……皇帝! あなた、よくも私の国を!」

「おっと、剣を抜くな。余は君を『案内』しに来ただけだ」

「案内……?」

「ああ。君の元婚約者が、面白いショーを見せてくれるらしい。……特等席へどうぞ」


皇帝は悪戯っぽく笑い、城の中へと歩き出した。

罠かもしれない。でも、行かなければならない気がした。

私は警戒しつつ、彼の後を追った。


玉座の間。

そこには、信じられない光景が広がっていた。


「ひ、ひぃぃっ! 助けてくれ! 私は王子だぞ!?」


アルフレッドが、瓦礫の山となった床に這いつくばっていた。

その横には、髪を振り乱したセレスティアがいる。

そして、玉座に腰掛けているのは――。


「……吟遊詩人?」


あの、リアムが連れてきた吟遊詩人だった。

彼はリュートを爪弾きながら、冷酷な笑みを浮かべていた。


「おめでとうございます。皇帝陛下からの慈悲深いプレゼントです。……お二人は、ここで結婚式を挙げることになりました」


「は……? け、結婚だと!?」

「あなた、馬鹿なことをいうのはやめて! なんで私が、こんな落ちぶれた王子と!」


二人の絶叫が響く。

吟遊詩人は楽しげに続けた。


「選べると思っているのかい? 『死』か『結婚』か。……君たちには、この崩れかけた塔がお似合いだ。一生、二人で慰め合って暮らすといい」


それは、死刑宣告よりも残酷な未来だった。

憎み合う二人が、狭い塔の中で、死ぬまで顔を突き合わせて生きる。

私は息を呑んだ。これが、リアムの言っていた「復讐」なの?


「あ、アルフレッド様ぁ……!」


その時、瓦礫の陰からミナが飛び出してきた。

彼女はアルフレッドに縋り付こうとする。


「ミナ! おお、ミナ! お前だけは……!」


アルフレッドが救いを求めるように手を伸ばす。

だが、その手は空を切った。

吟遊詩人が、ミナの腕を掴んで引き寄せたからだ。


「おっと。君はダメだ」

「え……? な、何を……」

「君は『特別』だからね。……こんな退屈な男には勿体ない」


吟遊詩人は、ミナの顎を指先で持ち上げ、ねっとりとした視線を送った。


「君のような、欲望に忠実で、愚かで、可愛い女性……僕の好みだ」

「えっ……?」


ミナは呆気にとられ、頬を赤らめた。

彼女の本能が、目の前の男の危険な色気に反応してしまったのだ。


「感謝してね? 普通なら処刑だけど、僕が飼ってあげる。……たっぷりと、可愛がってあげるから」


吟遊詩人はアルフレッドに向かって、優雅に一礼した。


「というわけで、彼女は僕が頂くよ。……僕は身を引くから、君たちは夫婦水入らずで楽しんでくれ」


「ま、待て! ミナ! 俺のミナを返せぇぇ!!」


アルフレッドの絶叫が響く。

だが、吟遊詩人は振り返りもしない。

ミナもまた、一度もアルフレッドを振り返ることなく、新しい飼い主に連れられていった。


私は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

止めようと思えば止められたかもしれない。

でも、声が出なかった。

あまりにも鮮やかで、あまりにも残酷な「因果応報」が、目の前で完結していたからだ。


「……満足かな? エリザベート嬢」


隣で、皇帝がニヤリと笑った。

その瞳は、全てを見透かしているようだった。

私は震える手で剣の柄を握りしめた。

この男も、吟遊詩人も、そしてリアムも。

みんな、恐ろしい人たちだ。


燃え盛る王城の中で、私はただ、彼らの「終わり」を見届けることしかできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ