第15話 操り人形の反乱
「進めぇぇぇ!! ロザリアを奪還するのよぉぉぉ!!」
荒野に、狂気じみた絶叫が響き渡った。
セレスティアだ。
かつての煌びやかなドレスは泥と埃にまみれ、美しい金髪は乱れ放題になっている。
だが、その瞳だけは異様な光を放っていた。
焦点が合っていない。まるで、見えない何かを見ているかのように。
彼女の背後には、帝国の残党、不満を持つ貴族、野盗たちが群れを成している。
彼らの目もまた、血走っていた。
恐怖を感じていない。痛みを感じていない。
まるで、死ぬことを望んでいるかのように、無謀な突撃を繰り返してくる。
「……歌だわ」
私は呟いた。
戦場に響く、美しくも不気味な旋律。
セレスティアの隣で、あの吟遊詩人がリュートを弾きながら歌っているのだ。
『♪進め、進め、選ばれし者たちよ』
『♪死は終わりではない、栄光への入り口だ』
その歌声を聞くたびに、反乱軍の兵士たちは雄叫びを上げ、我先にと剣を振るう。
精神を高揚させ、正しい判断力を奪う呪歌。
彼らは操られているのだ。死地へと行進させられているとも知らずに。
まるで、火に飛び込む蛾のように。
「……悪趣味な歌だ」
隣でリアムが吐き捨てるように言った。
彼の手には、魔法の光が収束している。
「ですが、これで終わりです。国内の膿は、あそこに全て集まりました」
「ええ。……終わらせましょう」
私は双剣を構えた。
ガブリエル率いる精鋭部隊が側面から、私たちが正面から。
包囲網は完成している。
「撃てぇぇぇ!!」
リアムの号令と共に、一斉射撃が開始された。
魔法の雨が反乱軍に降り注ぐ。
統率を失った烏合の衆は、ひとたまりもなかった。
次々と倒れ、悲鳴を上げる兵士たち。
しかし、セレスティアだけは止まらなかった。
「何をしているの! 戦いなさい! 私のために死になさい!」
彼女は剣を振り回し(使い方も知らないのに)、味方の兵士を蹴り飛ばしていた。
その姿は、あまりにも哀れで、滑稽だった。
彼女はまだ気づいていない。自分が裸の王様であることに。
「……ダーリン! 歌って! もっと歌って、こいつらを動かしてよ!」
彼女は吟遊詩人に縋り付いた。
泥だらけの手で、彼の美しい衣装を汚しながら。
しかし。
「……もう、十分だよ」
吟遊詩人は歌うのをやめた。
リュートを下ろし、冷ややかな目で彼女を見下ろした。
その瞳には、愛も、憐れみさえもなかった。
「え……?」
「ご苦労だったね、セレスティア。おかげで、掃除が楽になった」
彼はスッと彼女から離れ、戦場を横切ってこちらへと歩いてきた。
矢も魔法も、彼を避けるように飛んでいく。
彼はリアムの前に立ち、恭しく一礼した。
「ゴミ掃除、完了しました。陛下」
「……ご苦労。いい仕事だった」
「な……なによ、それ……?」
セレスティアが呆然と立ち尽くしていた。
状況が理解できないのだろう。
愛するダーリンが、憎き敵の王に頭を下げている。
「裏切ったの……? 私を……愛していると言ったじゃない!」
「愛? ……ああ、言ったね」
吟遊詩人は振り返り、ニッコリと笑った。
その笑顔は、かつて私に向けたものと同じ、背筋が凍るほど美しく、そして残酷なものだった。
「ありがとう。君はとても甘いお菓子のような人だった」
「お菓子……?」
「だから、君の周りにはゴキブリ(反乱分子)が集まってきてね。おかげで効率よく退治できたよ」
彼は周囲に転がる死体――かつて彼女が「ゴキブリ」と呼んだ民衆ではなく、彼女を利用しようとした悪党たち――を指差した。
「ふふ、自虐的だが、俺もそのゴキブリなんだろうな」
「いやぁぁぁぁ!!」
セレスティアは絶叫し、その場に崩れ落ちた。
全てが嘘だった。
愛も、復讐も、未来の王妃という夢も。
彼女はただ、踊らされていただけだったのだ。
最高のドレス(男)だと思っていた相手は、彼女を食い尽くす害虫だった。
「……殺して。殺してよぉぉぉ!!」
彼女は泣き叫び、地面を掻きむしった。
プライドも、地位も、生きる意味も失った。
残ったのは、底なしの絶望だけ。
死ぬことすら許されない、虚無。
その時。
吟遊詩人が、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
そして、泥にまみれた彼女を優しく抱き起こした。
「……可哀想に」
「え……?」
「でも、もう大丈夫だよ。……俺が飼ってやる」
彼は彼女の耳元で、甘く、呪いのように囁いた。
「君は花としてこれまでの生を散らし、これからは私の花として生きていくんだ」
セレスティアの瞳から、光が消えた。
彼女は虚ろな目で彼を見上げ、そして縋り付いた。
まるで、それだけが唯一の救いであるかのように。
「……はい、ダーリン……」
彼女は壊れた人形のように微笑んだ。
もう、彼女の中に「セレスティア」はいない。
ただ、彼に依存し、彼のためだけに咲く「花」が残っただけだ。
それは、死ぬよりも深い沼への沈没だった。
吟遊詩人は彼女を抱きかかえ、戦場の霧の中へと消えていった。
後には、静寂だけが残された。
「……歪んでいるわね」
「ええ。ですが、あれが彼なりの『愛』なのでしょう」
リアムが私の肩を抱いた。
私たちは、二人の背中が見えなくなるまで見送った。
勝った。
けれど、この勝利の味は、少しだけ苦かった。




