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第13話 決戦:歌う裏切り者

「全軍、停止!」


リアムの号令で、ロザリア軍数千の足が止まった。

目の前には、地平線を埋め尽くすほどの帝国軍数万。

圧倒的な戦力差だ。普通なら、絶望して逃げ出すところだろう。

大地を揺らす足音、空を覆う旗印。

その威圧感は、肌を刺すように痛い。


だが、私たちの士気は高い。

なぜなら、敵の指揮官が「あの男」だからだ。


「よう、坊主! いや、陛下! 元気そうで何よりだ!」


帝国軍の陣頭に、派手な輿に乗ったガブリエルが現れた。

彼は大げさに手を振り、ニヤニヤと笑っている。

その姿は、戦場の緊張感をぶち壊すほど滑稽で、そして不敵だった。


「師匠、あなたとは正直戦場では会いたくなかった」


リアムが呟く。その声は、魔法で拡声され、戦場全体に響き渡った。

それは本心だろう。

かつての師と刃を交える苦しみ。


「馬鹿な、俺は嬉しいよ。楽勝だからな。……そう思うだろ?」


ガブリエルはニヤリと笑った。

帝国兵たちは「ガブリエル様、自信満々だ!」と沸き立っているが、私にはわかった。

あれは、「俺がお前たちを勝たせてやる」という合図だ。

彼は、帝国軍を内部から崩壊させるつもりなのだ。


「……正々堂々と戦いたかったんだ」

「若いな。……だが、嫌いじゃないぜ」


ガブリエルは肩を竦めると、背後に控えていた集団に合図を送った。

白いローブを着た、美しい少年たち。

聖歌隊だ。

彼らはガブリエルの弟子――エリート魔道士集団なのだ。


「さあ、歌え私の可愛い天使たち! 帝国の栄光のために、兵士諸君を鼓舞する『勇気の歌』を捧げるのだ!」


「おお、ありがたい!」「ガブリエル様の聖歌隊だ!」

帝国兵たちの士気が最高潮に達する。

彼らは知らない。その歌が、死への鎮魂歌であることを。


少年たちが、清らかな声で歌い始めた。

美しい賛美歌。

しかし、私はすぐに違和感を覚えた。


(……変だわ。美しい歌声なのに、聞いているだけで……凄く、やる気が削がれるというか、肩が重くなるような……?)


「……ははっ、やりやがった」


隣でリアムが、呆れたように、しかし嬉しそうに笑った。


「あれは『勇気の歌』なんかじゃない。古代語の呪歌カース・ソングだ。『倦怠』『混濁』『脱力』の三重デバフを、応援歌のメロディに乗せて広範囲にばら撒いてやがる」


よく見ると、歌っている少年の一人が、リアムに向けてこっそりとVサインを送っているのが見えた。

「アニキ、うまくいってるだろ?」と言わんばかりだ。


「突撃ぃぃぃ!!」


帝国軍が鬨の声を上げて突っ込んでくる。

しかし。


ドサッ! ガシャン!


「あれ? 足が……」

「剣が重い……力が入らん……」

「ファイアボール! ……あれ? 種火しか出ない?」


何もない平地で転ぶ者。武器を取り落とす者。魔法が不発に終わる者。

数万の軍勢が、まるで酔っ払いのように千鳥足になり、自滅していく。

前線の兵士たちは混乱し、後続の兵士たちとぶつかり合って将棋倒しになっていく。


「おやー? どうした帝国軍! 聖歌の加護があるのに、なぜ勝てないんだー? 気合が足りないんじゃないかー?」


ガブリエルがわざとらしく叫ぶ。

帝国兵たちが次々と膝をつくのを見て、彼は聖歌隊に向かって指揮棒を振った。


「歌が足りんぞー! もっと歌えー! 彼らに勇気を注入してやるんだ!」


「い、いや、もう歌わないでくれ! 歌われると体が鉛のように……!」

「やめろぉぉぉ!!」


帝国兵の悲鳴が響くが、聖歌隊は満面の笑みで、さらに高らかに呪歌を歌い続ける。

地獄絵図だ。

味方のはずの指揮官に、善意の顔で追い詰められていくのだから。


「今だ! 反撃開始!」


リアムの号令と共に、ロザリア軍が一斉に襲いかかった。

勝負は、一方的だった。


*


一方、戦場の後方。

安全なはずの丘の上に設けられた、天蓋付きの観覧席。


「あら、ガブリエル様の聖歌隊、素敵ね。でも私のドレス(あなた)の方が素敵よ」


セレスティアは、戦況が悪化していることにも気づかず、隣に侍らせた吟遊詩人に甘えていた。

彼女にとって、この戦争はただのショーに過ぎないのだ。


「君の瞳の方が美しいよ」


吟遊詩人は甘く囁きながら、冷ややかな目で戦場を見下ろしていた。

帝国軍の敗走が始まった。

今だ。


「セレスティア様。もっと近くで見ましょう。君のような美しい人には、血の赤が似合う」

「まあ、素敵! 行きましょう!」


彼はセレスティアの手を取り、戦場の混乱の中へと誘導した。

護衛の兵士たちは、デバフで動けなくなっている。

二人は無防備なまま、激戦地へと足を踏み入れた。


「おい、なんだこの女は? 帝国貴族か?」


ロザリア側の傭兵――金で雇われた荒くれ者たちが、二人を取り囲んだ。

彼らはガブリエルのデバフの影響を受けていないため、元気いっぱいだ。


「ひっ……! た、助けて! ダーリン!」


セレスティアは悲鳴を上げ、吟遊詩人に縋り付いた。

しかし、彼は冷ややかに彼女を見下ろした。

その瞳には、一片の慈悲もなかった。


「ごめんよ。俺は歌でしか君を慰められない」


彼はリュートを構えた。

そして、朗々と歌い始めた。


『♪ああ、哀れな蝶よ。黄金の籠を抜け出して』

『♪辿り着いたのは泥の沼』

『♪政略結婚した貴族の娘は、最高の情婦だ』


「え……?」


セレスティアが呆然とする中、傭兵たちが彼女に襲いかかる。

ドレスが引き裂かれ、悲鳴が上がる。

吟遊詩人は助けようともせず、ただ美しい声で、皮肉に満ちた歌を歌い続けた。

その歌声は、彼女への鎮魂歌であり、嘲笑だった。


「いやぁぁぁ!!」


彼女がボロボロになり、心が完全に壊れた、その瞬間。


「……可哀想に」


吟遊詩人が歌を止め、傭兵たちに金貨を投げて追い払った。

そして、泥にまみれたセレスティアを優しく抱き起こした。


「もう、君には俺しかいないんだよ」


「あ……あぁ……」


セレスティアは虚ろな目で彼を見上げ、そして縋り付いた。

プライドも、地位も、全てを失った彼女に残されたのは、この男への依存だけ。

彼女は、死ぬまで彼の人形として踊り続けることになるのだ。


*


戦いは、ロザリア軍の圧勝で終わった。

帝国軍は散り散りになり、指揮官であるガブリエルは、逃げ遅れて(・・・・・)捕縛された。


城の広場。

後ろ手に縛られたガブリエルが、跪かせられている。

その前には、剣を抜いたリアムが立っていた。


「……終わりだ、ガブリエル」

「やれやれ。弟子に首を刎ねられるとはな。因果なもんだ」


ガブリエルは悪びれもせずに笑った。

周囲の兵士たちは「裏切り者を殺せ!」と息巻いている。

リアムの手が、微かに震えているのが見えた。

師匠を、恩人を、自分の手で裁かなければならない苦しみ。


「……言い残すことはあるか」

「あるとも」


ガブリエルはニヤリと口角を上げた。

それは、窮地に追い込まれた者の顔ではなく、切り札を切る勝負師の顔だった。


「取引をしようぜ、陛下」

「取引だと?」

「俺の命を助けてくれれば……シルヴィアに会わせてやる」


リアムの目が大きく見開かれた。

シルヴィア。

それは、10年前の滅亡の日に死んだはずの、彼の妹の名前だ。


「……貴様、何を」

「死んだと思ってただろ? 俺が匿ってたんだよ。……俺の情婦の一人としてな」

「なっ……!?」

「安心しろ、指一本触れちゃいねえよ。……だが、俺を殺せば、あいつの居場所は永遠にわからなくなるぞ?」


ガブリエルは挑発するように首を晒した。

「さあ、どうする? 俺を殺して妹を見捨てるか? それとも、憎き裏切り者を逃がして、妹を取り戻すか?」


広場が静まり返る。

リアムは歯を食いしばり、剣を握りしめた。

そして。


「……チッ」


彼は苛立たしげに舌打ちをし、剣を鞘に納めた。


「……追放だ」

「え?」

「聞こえなかったか! 貴様の首などいらん! 二度と私の前に顔を見せるな!」


リアムは背を向けた。

兵士たちがざわめくが、王の決定は絶対だ。

ガブリエルは縛めを解かれ、立ち上がった。


「……感謝するぜ、王様」


彼は小声でそう呟くと、満足げに笑って去っていった。

その背中は、どこまでも自由で、そして大きかった。


*


数日後。

城の執務室に、一通の手紙が届いた。

差出人は不明だが、美しい筆跡でこう書かれていた。


『戦勝おめでとうございます。私も戦果の中、素晴らしいドールを獲得いたしましたので、その顛末をご報告いたします』


手紙には、短い物語が綴られていた。


『あるところに、高慢な蝶がいました。

彼女は黄金の籠を捨て、美しい花に誘われて、自ら泥沼へと飛び込みました。

羽をもがれ、飛べなくなった蝶は、今では私の手の中で震えています。

彼女は花としてこれまでの生を散らし、これからは私の花として生きていくでしょう。

……めでたし、めでたし』


「……怖いお伽噺ね」


私は背筋が凍るのを感じた。

誰が、何のためにこんな物語を送ってきたのか。

だが、隣で手紙を覗き込んだリアムは、満足げに口元を歪めた。


「……いい仕事をしたな」


彼は手紙を暖炉の火に投げ入れた。

紙片が燃え上がり、灰になって消えていく。

私たちの国は守られた。

けれど、その影には、底知れない闇と、歪んだ愛が潜んでいることを、私は決して忘れないだろう。

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