第11話 元婚約者との再会と、今更な求愛
「……信じられん」
国境付近に設けられた迎賓館のテラスで、アルフレッド殿下は呻くように言った。
彼の視線の先には、復興を遂げたロザリアの街並みが広がっている。
かつては瓦礫の山だった場所が、今は整然と区画整理された街路に生まれ変わっている。
活気に満ちた市場。笑顔で行き交う人々。
そして、一糸乱れぬ動きで巡回する警備兵たち。
その光景は、腐敗し停滞したサンクチュアリ王国とは対照的だった。
「たった数ヶ月で、ここまで復興させたというのか……? 我が国の王都よりも、統率が取れているではないか」
彼の顔には、隠しきれない焦りと、嫉妬の色が浮かんでいた。
かつて「野蛮な国」「滅んで当然」と見下していた国が、自分の国よりも優れている。
その事実が、彼の高いプライドを粉々に砕いているのだ。
「当然です」
彼の独り言に答えたのは、案内役を務めていたロザリアの近衛隊長だった。
かつてはレジスタンスとして地下に潜伏していた男だ。
彼は背筋を伸ばし、誇らしげに街を見下ろした。
「我々は、国がない悲惨さを知っています。……傍観者でいることなどできませんよ。だからこそ、我々は鉄の意志でこの国を復興させると誓っているのです」
「……っ」
その言葉の重みに、殿下は言葉を詰まらせた。
平和ボケした大国の王子には、想像もつかない覚悟。
それが、この国の強さの源泉なのだ。
「お久しぶりですわね、アルフレッド殿下」
私が声をかけると、彼は弾かれたように振り返った。
そして、目を見開いた。
「エ、エリザベート……?」
彼は私を凝視したまま、言葉を失っていた。
無理もない。
今の私は、かつての「鉄の女」ではない。
新緑の髪を優雅に結い上げ、ロザリアの職人が仕立てた最高級のドレスを纏っている。
そして何より、リアムとの「訓練」のおかげで、魅了の魔法を完全に制御できるようになっていた。
不快な副作用は消え失せ、純粋な「美しさ」と「好意」だけを、意図的に放つことができる。
「……美しい」
殿下が、うわ言のように呟いた。
その瞳から、かつてのような嫌悪感が消え、代わりに粘つくような欲望が浮かび上がる。
「寒気がしない……。それどころか、目が離せない。……あれ? お前、こんなに綺麗だったか?」
彼は無意識に一歩近づいてきた。
その腕に、ピンク色の髪の少女――ミナがしがみついているのも忘れているようだ。
「殿下! 何を見惚れているんですか!」
「うるさい、黙っていろ!」
ミナを邪険に振り払い、殿下は私の前に立った。
そして、ニヤリと卑しい笑みを浮かべた。
かつて私が愛そうと努力した人の顔が、今はこんなにも醜く見えるなんて。
「なあ、どうだ。この都市を我が国の『自治区』として認めてやろう。悪い話でもあるまい?」
「……自治区、ですか?」
「ああ。お前たちだけでは、帝国の脅威に対抗できまい? 我が国の庇護下に入れば、守ってやるぞ」
どの口が言うのかしら。
10年前、同盟国を見捨てて逃げた国の王子が。
私は呆れを通り越して、笑い出しそうになった。
「それに……そうだ、お前。お前は『第二夫人』に、特別にしてやる」
「……は?」
「感謝しろ。一度婚約破棄された女を、再び迎えてやろうと言うのだ。……ミナが正妃だが、お前も可愛がってやるぞ?」
彼は私の顎に手を伸ばそうとした。
その瞬間。
バシッ!
乾いた音が響き、殿下の手が弾かれた。
リアムだ。
彼は私の腰を抱き寄せ、氷のような瞳で殿下を見下ろした。
「……私の妻に、気安く触れないでいただけますか?」
「き、貴様! たかが従者の分際で!」
「従者ではありません。ロザリア国王、リアムです」
リアムが放つ覇気に、殿下はたじろいだ。
格が違う。
生まれ持った王者の器も、修羅場を潜り抜けてきた経験値も、何もかもが。
しかし、彼はすぐに気を取り直し、私に向き直った。
その瞳には、狂気じみた執着が宿っている。
「エリザベート。……やはり、お前しかいない」
殿下は、その場に跪いた。
かつて私を見下していた男が、今は私の足元に頭を垂れている。
彼は私のドレスの裾を掴み、縋るように見上げた。
「ミナとは別れる。だから、戻ってきてくれ。……愛しているんだ、エリザベート!」
周囲の貴族たちがざわめく。
一国の王子が、他国の王妃(元婚約者)に跪いて求愛するなんて、前代未聞の醜態だ。
ミナが顔面蒼白になって震えているのが見える。
「ふふっ」
私は扇子で口元を隠し、鈴を転がすような声で笑った。
さあ、仕上げの時間ね。
「あら? わたくしにそんなことを思っていらっしゃったのね? ふふ」
私は上目遣いで殿下を見つめた。
魅了の魔力を、ほんの少しだけ、甘い毒のように混ぜ込んで。
かつては制御できずに彼を苦しめた力を、今は彼を破滅させるために使う。
「あ、ああ……美しい。流石は我が婚約者だ……」
殿下の目がトロンと濁る。
完全に落ちた。
私はスッと表情を消し、冷ややかに言い放った。
「お戯れを。ふふ、おかしな人ね」
「え……?」
「今さら何を仰っているのです? 私はもう、ロザリアの女王。そして、このリアムの妻ですわ」
私はリアムの腕に頭を預け、幸せそうに微笑んでみせた。
殿下の顔が、期待に紅潮していたものから一転、屈辱に青ざめ、そして怒りで真っ赤に染まった。
「な、なんだと……!? 貴様、私を愚弄する気か!」
「殿下ーっ!!」
そこで、今まで黙っていたミナが爆発した。
「どういうことですか! 私が正妃じゃなかったんですか!? なんであんな女にデレデレしてるんですか!」
「うるさい! お前のような小娘より、エリザベートの方が美しいに決まっているだろう!」
「ひどい! 最低! 死ねばいいのに!」
ミナが殿下の頬を張り飛ばした。
パァン! という小気味良い音が響く。
二人は互いに罵り合い、掴み合いの喧嘩を始めた。
かつて私を追い落とした二人が、今は互いを傷つけ合っている。
「……お似合いのカップルね」
「ええ。……汚いものをお見せしました」
リアムが私の目を覆うように手をかざした。
私たちは、醜い喧嘩を続ける二人を放置して、テラスを後にした。
背後から、殿下の叫び声が聞こえてくる。
「ま、待て! エリザベート! 戻ってこい! 私はお前を愛して……!」
「……今さら戻ってこいなんて、寝言は寝てから言ってください」
私は小さく呟き、愛する夫の手を強く握り返した。
かつての痛みは、もうどこにもなかった。
あるのは、隣を歩く彼への愛おしさと、未来への希望だけだった。




