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タルに入り隊

作者: 二筒
掲載日:2025/11/16

たまにですが、狭くて暗いところに閉じこもりたくなります。

つい先程まで現代日本にいたはずの自分が、見知らぬ街の道端に倒れているのはなぜだろうか。道はアスファルトではなく石畳で、近くの民家もレンガや石で組まれているように見える。起き上がるだけの体力もない体を引きずって、なんとか這いずって道の端に移動し、仰向けになって空を眺めた。どこにも電線がない。家の屋根にアンテナもない。


一体何が起きたのか。ぼんやりとした頭で考えても答えは出ない。流行りの異世界転生と言うやつだろうか、はたまたタイムスリップかもしれないし映画のセットに迷い込んだ可能性もあるだろう。それにしても頭がぼんやりする。痛みはないので怪我などはないと思うのだが。


まとまらない思考を放棄しようとしたとき、自分の腹が大きな音を立てた。ああ、これは空腹のせいなのか、そう思うと同時に空がくるりと回り、そして眼の前が真っ暗になった。まさか空腹で目を回して気絶するということが実際にあるとは……


どれほど時間が立ったのかはわからないが、体が規則正しく上下する揺れで意識を取り戻した。恐る恐る目を開けると、視界いっぱいに金属の板が見える。というかそれしか見えない。弱々しく首をひねって確認すると、どうやら自分は鎧を着た人物の肩に担がれて移動中のようである。


「気がついたか?暴れて落ちたりしないでくれよ?」


頭の後ろの方からやや低めの女性の声が聞こえる。なんだかわからぬままとりあえず首を縦に振っておく。現状、暴れるような体力などないのだ。米袋のように担がれているうちにふと違和感に気がついた。重そうな金属鎧を着て、成人男性を担いで歩く女性とは?鎧の重さは想像もつかないが、自分の体重はだいたい70kg程度だったはずなのだが?そこまで考えたところで、空腹でまた気が遠くなる……


次に目を覚ましたのは、何かうまそうな匂いのせいだった。もう指一本動かないと思っていた体のどこにこんな力があったのか。どっこいせと体を起こすと、どうやら自分はテーブルの上に寝かされていたらしい。眼の前には鎧を着た女性、隣にはスープがある。目が霞む。せっかく起こした体がゆっくりスープに向かって倒れていく。このままではせっかくのスープがひっくり返って台無しになってしまう。そう思っても今度こそ体力を使い果たしたのか、体は全く言うことを聞かない。


「落ち着け。スープは逃げんぞ。」


間一髪のところで、女性が自分の首根っこを掴んでスープにダイブするのを止めてくれたらしい。


「なんだ、動く元気もないのか?」


全く体に力が入らずぐんにゃりする俺に、呆れたように女性が言った。なんとか首を縦に振ったつもりだが、果たしてどれほど動いたことか。


「あら、だめよアイリス。スープを飲ませてあげなさいって言ったけど、まさか頭からスープに……」


「違う。こいつが倒れそうになったのを支えただけだ。」


「あらそうだったの?それはごめんなさい。ちょうどいいわね。もうちょっと体を起こしてあげて。ほら、口を開けなさい。」


もう一人別の女性の声が聞こえる。わずかに口を開けると、そこにスプーンが突っ込まれた。野菜の風味と塩味が口いっぱいに広がる。


「うまい……」


スープを飲み込んで出た感想はその一言だけだった。


「あらあら。ほらもっと飲みなさい。」


そう聞こえたかと思うと再びスプーンが口に突っ込まれる。スープを飲み込んで口を開ける。またスプーンが突っ込まれる。スープを飲み込む。永遠とも思える至福の時間は、しかしそう長くは続かなかった。


「とりあえずはこんなもんね。何日食べてなかったのか知らないけど、急にたくさん食べるのはだめよ。」


「すまんなレベッカ。助かった。」


「ふふふ。どういたしまして。あとはまあそのへんに寝かしておけばいいわよ。毛布をかけてあげるわ。」


持ち上げられていた体がゆっくりと降ろされ再び横になる。


「ありがとう。」


そう言ったつもりだったが、口から出たのは囁くようなか細い声だった。果たして聞こえただろうか。飲んだばかりのスープの水分と塩分が体に染み渡る。そんな感覚を味わいながらまたしても意識を失う直前、アイリスと呼ばれた女性の声が聞こえた気がした。


「子供が気を使うな。」


ニワトリが鳴いた気がして目を覚ますとあたりは真っ暗だった。時折どこからかニワトリのようなそうでもないような鳴き声が聞こえる。スープを飲んだせいだろうか、ゆっくりとだが体を起こせる程度には元気になったようだ。改めて周りを見回すと、どうやら食堂か酒場の片隅の椅子に寝かされていたらしい。


意識がはっきりするにつれて強い違和感に襲われた。意識を失うとき子供と言われたのはなぜだ?自分が横になって休めるほど椅子が大きいのはなぜだ?


恐る恐る自分の手を見てみる。


小さい。まるで5歳児ぐらいの手ではないか。かけられていた毛布をどけて足を見てもやはり小さい。


一体何がどうなってしまったのか。思わず叫びそうになり咄嗟に口を塞いだが、顔も口も小さくなっているようである。なるほど、子供扱いされるわけだ。そう思ったところでもう1つ違和感に気がついた。この暗闇の中で、周囲が、そして自分の手足が見えるのはなぜだ?窓があるにも関わらず日本では考えられないようなこの暗さは、街灯などがないせいだろうか。鼻を摘まれてもわからぬほどの暗さとはこういうことをいうのではないか。自分の身に何が起きたのかわかるはずもなく、再び毛布にくるまった。こういうときは寝てしまうに限る。全ては夢かもしれないのだから。


毛布を剥ぎ取られて目が覚めた。


「よく寝られたか?」


頭上からアイリスと呼ばれた女性の声が聞こえる。ゆっくりと声がした方を見上げると、そこには緑色の巨人がいた。ファンタジーな漫画に登場するオーガが近いだろうか。頭部には髪の毛はなく、口の端からは牙が見えている。不思議と叫んだり驚いたりはしなかった。彼女の目がとても優しくこちらを気遣ってくれていたからだろうか。


「まあ!起きれるぐらいには元気になったのね?良かったわ。今度は自分で飲めるかしらね?」


そう言いながらテーブルの上にスープが置かれた。この声はレベッカと呼ばれた女性のもののようだ。そちらを見上げるとそこには耳の長い女性がいた。こちらはエルフが近いだろうか。


「ほら。まずは飯にしよう。レベッカ特製のクズ薬草のスープだ。」


そう言ってアイリスがスプーンを握らせてくれた。


「薬草クズよ、失礼ね。ちゃんとした薬草の調合で残った部分なのよ。薬ほどじゃないけど元気になるわ。」


そう言うとレベッカは毛布を回収して何処かに行ってしまった。こちらはまだ礼も言っていないというのに。


「ありがとう。いただきます。」


そう言ってスープを飲む。とても美味い。夢中になって食べているとアイリスが話しかけてきた。


「食べながらでいいんだが聞いてくれ。私はアイリスという。見ての通り傭兵だ。昨日、道端に君が倒れているところを見つけてな。周りに誰もいないので保護させてもらった。」


「俺は……」


自分も自己紹介をしようとして言葉に詰まる。名前が思い出せない。必死になって記憶を辿っても両親の顔も友人の顔も思い出せない。いや、違う。思い出せなくて当たり前だ。自分はもう十年以上も自室に引きこもっていたはずだ。人に合うのは深夜のコンビニで買い物をするときぐらいだったか。それにしても自分の名前ぐらいは覚えているはずだがこれは一体?


「俺は……すいません。名前が思い出せません。」


「ふーむ……まあそういうこともあるだろう。自宅や親や何か思い出せることはあるかね?」


「ええと……」


俺は問われるままに話し始めた。気がついたら路上で飢え死にしかかっていたこと。町並みに見覚えがないこと。人間以外の種族を見たのが初めてであること。子供になってしまっていること。もともとは25歳だったこと。世界自体が違っているのではないかと疑っていること。


「なるほど。私の手に余る話だな。おーい!レベッカ!助けてくれ!」


「はいはい。そんなに大声を出さなくても聞こえるわよ。どうしたの?スープをこぼしたなら正直に言いなさい?怒らないから。」


「そうではない。この子供の話がいまいちよくわからないのだ。お前なら何かわかるかと思ってな。」


そう言うとアイリスは俺にもう一度話をするように促した。


「あらまあ、世界からこぼれ落ちる話は結構あるんだけど。でも子供になってるってのと自分の名前が思い出せないってのは聞いたことないわねえ。」


「一晩保護するか、行き場がないなら傭兵団の雑用でも、と思ったんだがあてが外れたか。それにしても10年以上部屋にこもって親族とも顔を合わせないとはなんと恐ろしい修行か。」


「ええ、本当ね。だからこそ人族でこれほどの魔力を得たのかしら?あるいは秘匿された神職の荒行かもしれないわ。だとすれば世界から落ちるときに神々によって名前や年齢を引き剥がされて元の世界に留まってしまった可能性も……」


何やらただの引きこもりがとんでもない方向に解釈されているようでとても気まずい。とはいえこれ以上話すこともないのだ。今できることは大人しくスープを啜ることだけだろう。そう思ってスープを啜っているとレベッカがこちらを見た。


「ところであなた。魔力があるのはいいことなのだけど、使い方もわかるわよね?あんまり垂れ流しにしないでほしいのだけど。」


何を言われたのかわからず、首を横に傾ける。垂れ流しと言われても何かが出ている自覚すらないのだが?正直に魔力という物自体がわからない、と伝えるととても渋い顔をされてしまった。


「あらまあ、困ったわねぇ。魔力以外だと、マナ、神聖力、呪力、とか別の言い方をしてたのかしら?何にしても引っ込めてもらわないと周りに迷惑なのよ。わかるかしら?近くにいる人が強い香水をつけてたりすると食事が美味しくないでしょう?それみたいなことが魔力でも起きるのよね。つまり君の周りは居心地が悪いってことなんだけど。」


「そもそも狭い部屋で他人に会うことなく無言の行を行っていた。ならばその部屋は本人の魔力で満たされていたのではないか?つまり現状こそが本人にとって正常と言えるのかもしれん。ちょっとまっていろ。」


そういうとアイリスはどこかへ行って、俺がスープの残りを飲み終わった頃に戻ってきた。


「魔力遮断布だ。これを被っておけば少しはマシだろう。」


そう言うとアイリスは1枚の布を渡してきた。なんだかよくわからないが、言われるがままに頭からすっぽり被って布の端から顔だけ出してみる。と、急に世界が狭くなったのを感じた。レベッカはこちらを見ながらうんうんと頷いているので、感覚が変わったことを伝えると、またうんうんと頷いた。


「そうねえ。おそらくだけど君は魔力で周囲の状況を察知していたのじゃないかしら。それほど珍しいことじゃないけどちょっと特別な感性が必要なのよね。視覚以外で周りを視るんだもの。そこまで見越した修行だったのかしら?だとしたら見ることを禁じられた神に仕えるために……?」


いい加減、引きこもりを修行扱いするのはやめてほしいのだが、おそらくは言っても伝わらないのだろう。


「では、これからどうするか、だな。魔力制御ができるようになればいいんだが。」


「そうねえ。もともと25歳だったのよねぇ。そうなると今から制御を覚えるのはちょっと時間がかかるわね。すごく素質があって、すごく努力したとして、5年ぐらいかしら。これだけの魔力まで鍛えちゃうとねえ。本人からしたら空気と一緒で自分の魔力を感じることができなくなってそうだわ。」


「そんなには待てんな。だがまあ、魔力遮断布をかぶっていれば雑用ぐらいはできるだろう。仕えるべき神がわからぬなら教会で面倒を見てもらうというわけにもいかんだろうしな。」


「それしかないかもしれないわね。アイリスみたいに魔力が少ない種族となら魔力漏れもそこまで気にしなくていいと思うわ。あとは魔力の補充要員ぐらいかしら。」


何やら仕事が決まりそうな雰囲気だが、こちらは筋金入りの引きこもりである。なるべくなら人とあまり接しなくて良い環境においてほしいと正直に伝えると、二人から恐ろしいものを見る目で見られてしまった。だがここでうっかり社交性が求められる仕事に割り振られるわけにはいかない。少なくとも自分にはそれができないと胸を張って言わなければ後々迷惑をかけてしまうことだろう。そう力説すると二人は顔を見合わせて考え込んでしまった。


「魔力補充要員、しかないか?」


「そうねえ、でも1人に1つの部屋を割り当てるなんて贅沢はできないわよ。」


「それもそうか。うぅむ……おっ!すまんがちょっと待っていてくれ!」


しばらく考え込んでいたアイリスが何か思いついたようで再び酒場から出ていった。レベッカと俺は首を傾げながらしばらく酒場の入口を眺めていると、アイリスは一抱えもある大きなタルを抱えて運んできた。


「アイリス……あなたまさか……」


「ああ、こいつは元々狭い密室にいたのだろう?このタルに明り取りの穴を開けて、こいつをこの中に入れる。我々は魔力を補充したい道具をタルの上に置く。漏れ出てくる魔力で勝手に補充されるのではないか?タルに入れておけば魔力漏れもさほど気にはならんだろう?」


そう言いながらアイリスは樽に手際よく穴を開けていく。


「ああもう。だったらタルの横の穴は1つか2つよ。開け過ぎたらその分漏れてくるもの。タルの蓋には小さい穴をいくつも……そうね10も開けておけばいいわ。多分それで大丈夫だと思うけど。」


あれよあれよという間にタルはすっかり加工され、俺はアイリスの手によってタルなのかに収められた。


「うむ。りんごの入っていたタルだからな。良い匂いがするだろう。居心地はどうだ?あとはクッションをいくつか入れれば良さそうに思うが。」


頭上でタルの蓋が閉まる音がする。ちゃんと明かりも入ってくるし、息苦しさもない。窮屈さを感じないのは体が小さくなったせいだろう。小さいころに押し入れの中に入った感覚というか、想像よりずっと快適である。


「君がそれでいいならいいんだけどね……倫理的にすごく問題があるはずなのよね。このタルはしばらく酒場に置いて定期的に様子を見るわよ。普通ならただの虐待なのよ?2人ともわかってるかしら?」


「うむ。すまない。私もできる限り様子を見に来ることにしよう。あとは魔力補充だな。虫よけのアミュレットがちょうど補充の時期だったのだが……」


しばらくゴソゴソと荷物を漁る音がした後、タルの上に何かが置かれる音がした。


「このアミュレットならそうねえ。お昼までには補充されるんじゃないかしら。本人の疲労もなしでこの速さは結構いいわよ。私も火の魔石の魔力補充しておこうかしら。」


タルの上にまた何かが置かれる音がする。


「では、私は昼までにクッションを見繕ってくるとしよう。」


「よろしくね。出たくなったら窓から手を出せばいいわ。そうしたら私が気づくから。中からでも蓋を持ち上げるぐらいはできると思うけど、上に乗ってるものがくずれちゃうから。」


「ふーむ……そうすると出入りは別の場所からが良いか。まだタルはいくつもある。昼にはドワーフの奴らも連れてきて相談するとしよう。」


こうして、俺の新しい職場はタルの中となった。その後、タルはドワーフたちにより魔改造され更に快適なものとなり、タルを背負ったアイリスが戦場での移動式魔力補充部隊を考案してレベッカに怒られたり、酒場の常連に妖怪タル坊主とあだ名を付けられたり、何にしても異世界でも引きこもることができて俺は満足である。


お読みいただきありがとうございました。

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