2-3 フードの少女
巫女探索を開始して40分。マリアは集合場所のカフェ近辺に戻って来ていた。かなり遠くまで探してみたがフードを被った幼女は見つからない。
「うえぇ。結局見つかりませんでしたあ…そもそも今日は商業広場に来てるんでしょうか。」
泣き言を言いながら歩いていると、ふと甘い匂いが鼻をくすぐった。
シエナが吐く煙の甘い匂いとは違う、お腹に直接訴えかけてくる匂いは近くの屋台からだ。
マリアは引き寄せられるようにその屋台に近づいた。そこでは女性二人が手際よく何かを作っていた。一人が鉄板で薄い生地を焼き、もう一人がその上にジャムや果物などの甘味を乗せて四方から折りたたむように包んでいる。
「いらっしゃいませー。ガレットはいかがでしょうかー。一つ1250ピールですー。」
「ふああああ。すごい。がれっとって言うんですかぁ?初めて見ましたぁ。」
元貴族とは言え、田舎育ちのマリアはこのような甘味を見たことがない。目を輝かせ、財布の中身を確認した。シエナから貰ったお小遣いでギリギリ買える。
「うーん。財布が空になってしまいます。ですが…た…食べたいですう…。」
「あ、ガレットお作りしましょうか?三種類からお選びいただけますよ。」
「ぴえっ⁉あ、待ってください!検討中ですう!」
「そうですか?では、そちらのお客様はお決まりでしょうか?」
「えぅっ⁉あの…食べたいのは山々なのですが…」
「え?」
次の客はとても可愛らしい声の女の子だった。マリアは、その客を見て思わず間抜けな声を出す。
年は九歳くらいか。目深に被ったフードからは白い髪がこぼれている。全身を茶色のポンチョで包みまるで自分を隠しているかのようだ。マリアの脳裏に一つのワードが浮かぶ。『フードを被った幼女』と。
お金を持っていないのか、もじもじと動く少女にマリアは後ろから小声で問いかけた。
「あの…間違ってたらすみません…。巫女様ですか?」
「っ⁉」
マリアの言葉にバッと振り向いた少女は驚いた顔をしていたが、諦めたように俯いた。
「…とうとうバレてしまいましたか。すいませんでした。とりあえず儀式場には戻りますので拘束はしないでください。」
「いえ…あの…私は竜官庁の人じゃないので。」
「あれ?違うのですか?ではなんで私が巫女だと?」
ヨルカル国では新しい巫女のお披露目は十五歳になってからという決まりがあり、それまでは市民の目に触れることは無い。その為、城の者以外にはバレないと思っていた巫女は可愛らしく首を傾げる。
「あの、それは事情があるのですが、すこし巫女様に会ってほしい人がいてですね。」
理由をはぐらかして、マリアは巫女に同行の願いをした。しかし、巫女は半眼でマリアを睨みつける。
「怪しいですね。私は巫女ですので、危ない人には付いていきません。当然です。」
「そんなぁ。」
エッヘンと胸を張る巫女に困るマリアだが、ここで逃すわけにはいかい。見つけておいて逃げられましたでは、シエナに何をされるか分からない。
マリアは巫女の両肩を縋るように掴んで必死に交渉をした。
「お願いですぅ。ガレットを買ってあげますからぁ。少しだけ会ってくださいぃぃぃ。」
「え?このお菓子をですか?」
「そうですううう。好きな味を選んでくださいいい。」
「へー。うーむ。ですが…」
「やっぱり駄目です…よねぇ。」
ハハハと乾いた笑いをして巫女から両手を離したマリアは、絶望した顔でカフェへと歩き出した。そんなマリアのスカートを巫女が引っ張る。
「待ってください。」
「はい?」
「どこに行くのですか?あなたが可哀そうだから付いて行ってあげます。別にお菓子が欲しいのではないのですよ。私は巫女ですから。困った人を助けるのも大事なお仕事なのです。あ、でもガレットは食べてみたいです。」
上目遣いにそう言う巫女に、マリアは思わず笑ってしまった。
「どうして笑うのですか‼」
「いえ、可愛いなと思って。では、好きな味を選んでくださいね。」
「っ‼ありがとうございます。少し待っていてください!」
マリアは嬉しそうにフレーバーを選ぶ巫女を微笑ましい顔で見ていたがボソッと独り言を呟いた。
「私が言うのもなんですけど、後で知らない人には付いて行かないように教えてあげないとマズそうですねぇ…。」
二人が別れて一時間。苛立ちを隠せないシエナだったが、ガレットを持った少女と一緒に歩くマリアを見つけると、口を開けて咥えていた魔樹棒をポロリと落とした。
「あ、シエナさんお待たせしました。連れてきましたけど、決して無礼なことをしないでくださいね。」
「あなたがシエナさんですね。お話は伺っております。」
「マジでか…。お前みたいな奴でも少しは役に立つんだな。」
「『少し』は余計ですぅ‼」
マリアの訴えを無視して、シエナは巫女に近づいた。
「おう。あんたが巫女様か。アタシはシエナってんだ。SSランクのハンターだ。よろしくな。」
「よろしくお願いします。私はアリクと言います。白竜の巫女をしております。」
アリクが綺麗にお辞儀をすると、シエナも軽く頭を下げた。
「え⁉あのシエナさんがお辞儀を⁉そんな馬鹿な‼」
「うっさい。ちょっと黙ってろ。」
マリアを睨み付けて黙らせ、そのままアリクに話し掛ける。
「アリクって言ったっけな?ちょいと聞きたいことがあるんだが良いか?」
「うーむ。どうしましょう。白竜の巫女たるもの。悪い人とはお話は出来ません。」
「あ?悪い人?」
「あなたは咥えていた棒を私の目の前で捨てました。」
「あー。」
先ほど驚いて落した魔樹棒の事だ。まだ煙が出ており、道行く人が迷惑そうな顔をしている。シエナは面倒くさそうにため息を吐くと、パッと拾って頬張った。それを見たマリアが驚きの声を上げる。
「びゃあああああ‼なにやってんですかああああ!ッぺってしなさい!っぺ‼」
「ん。これでいいだろ?アタシは良い子だ。」
ボリボリと魔樹棒を噛み砕きドヤ顔で言い放つ。その姿にアリクは恐れるように後ずさった。シエナはその反応に小さく舌打ちして、最終手段に出る。
「っち。ようアリク。ガレットだけじゃ物足りんだろ?カフェで好きなの頼んでいいぜ。」
「えっ!仕方がないですね。お話だけですよ?いえ、ぱんけーきという食べ物が気になったわけではないのです。シエナさんは良い人そうですし。少しお話したら帰ります。」
アリクはそう言いながら、シエナが座った席の前にちょこんと座った。マリアはシエナに呼ばれて隣に座る。
「はあ…。本当に後で知らない人には付いて行かないように教えてあげないとですねぇ…。」
マリアは二人に聞こえないようにそう呟いたのだった。




