1ー2 依頼主との対談
第二ギルドがある村から目的地の都市へは山を一つ越えなければならない。
山を越えた頃にはすでに空は明るみかけており、今は森の中を進んでいる。此処まで来ると道は幾分か整備され、両脇にある木々には、魔物除けの効果もある魔石灯が吊るされている。道の両脇にはいたるところに光苔が生えており、薄青く光るそれはとても幻想的だ。
そんな森の中、マリアの頬は赤く染まっていた。それはマリアの後ろに乗っている少女のせいだ。
「あの…シエナさん?」
「あぁ?なんだよ?」
「いえ、その…ずっと胸を触ってくるから…やめてくれませんか?」
シエナは移動を始めてからずっと、葉巻のようなものを吸いながら暇つぶしにとばかりにマリアの胸を触り続けていたのだ。最初は黙っていたが流石に我慢の限界だった。
「ああ、こっちのほうが良かったか。」
「ピャッ⁉ななななななななにおおおおおおおお⁉」
「うおおおお⁉アブねぇ‼暴れんな馬鹿‼」
言うが早いかシエナがマリアの股に手を突っ込んできた。マリアは驚いて馬の手綱を離してしまったのだ。シエナに怒られ手綱を握りなおしたマリアは一言物申した。
「ちょっと急になにするんですか‼非常識にもほどがあります‼反省してください!」
「あ?なんか萎えたから帰るわ。」
「わぁん!胸ならいくらでも触っていいので帰らないでくださいいいいいい!」
「わーい。」
恥も外聞もなく自分の胸を餌にして引き留めるマリア。ここで帰られては堪ったものではない。結果、シエナは大いに喜び、再び胸をさわり始めた。思う壺である。
マリアはもう諦めの境地である。そうではあるのだが出来れば止めて欲しい事がもう一つ。恐る恐る小声でお願いしてみた。
「あの、シエナさん。胸を触ったままでいいんで聞いてください。」
「ウヘヘー。なんだー?」
「あの、その煙なんとかなりませんか?」
「これか?」
シエナはそう言うと同時にマリアの顔に向かって煙を吐いた。蜂蜜を濃くしたような甘い匂いのそれは、吸うと頭がクラクラしてなにやら心地よい気分になる。しかし、どれだけ心地良いとはいえ煙は煙。吸い慣れていない物を吸い続けた結果、喉が痛くなってきてしまったのだ。
「そ…それです。あの煙を吸い続けて喉が痛くなってしまってですね。」
「ははは。煙に慣れてない証拠だなぁ。でも心地いいだろ?」
「ええ、それは…その…そうなんですけども」
シエナの言う通り、煙を吸うたび体から力が抜けフワフワとしてくる。それに何だか妙に体が火照る。
「そういえばシエナさんが吸っている棒は何ですか?私は初めて見たのですが。」
マリアはシエナが口にくわえている棒をちらっと見た。明らかに細い枝を小指ほどの太さと長さに切ったものなのだが、先端に付けられた火は炎となって燃え広がらず、葉巻のように少しずつ炭となって短くなっていくだけだ。
「ああ、『魔樹棒』のことか?こりゃ吸血樹の枝を加工したもんだよ。」
「ピエ⁉吸血樹って魔物じゃないですかぁ!」
「そう驚くなよ。吸血樹の樹液は甘くて精神安定の効果と媚薬効果がある。しかも耐火体質だから火を付けても一気に燃え広がらないし、数本の管があるから火を付けると煙になった樹液を吸える。ほら画期的だろ?」
「そういう話じゃないですううううう‼」
マリアは再び暴れたが、今度はシエナにチョップされて大人しくなった。
吸血樹は獲物を触手のように動く枝で捕獲した後、枝を差し込んで樹液を体内に注入する。その樹液にはシエナが言った効果の他にも麻酔のような効果などがあり、これを注入することで獲物の動き止めるのだ。
シエナはその原液を煙にして摂取していた。もちろん非売品である。
「って、シエナさん今媚薬効果って!」
「ああ。さっき突っ込んだが濡れてたぜ?まさか気づいてないのか?」
「ビャアアアア!この話題終わり‼後その煙は禁止ですうううう‼」
「分かったから暴れんな‼落ちるだろ‼」
シエナは必死の訴えに気圧され、それから目的地に到着するまで魔樹棒を吸わなかった。
目的地に着いた時にはすでに昼前であった。第二ギルドの拠点である村と違って、レンガで舗装された道や綺麗に整列するように並んだ石造りの建物はまるで別の世界に来たかのようだ。出歩く人の数も桁違いに多い。
シエナとマリアは軽く露店で昼食を済ませると、依頼主である領主の元へと向かった。
都心部にある領主の屋敷は町の景観を損なわないよう質素な造りであった。門の前で掃除をしていたメイドに依頼書を見せるとすぐに応接室へと通され、部屋に入ってすぐに領主が焦った様子で部屋に入ってきた。
「やあ。待ってましたよ。」
「あ…どうもはじめまして…。」
「おう来たぜー」
「いやーようやく来てくれましたか。忘れているのかと思いましたよ。」
「すいませんね。このノロ…いや失敬。この子が予想以上に別件で手間取ってね。」
シエナの説明に領主のハロウが顔をしかめた。マリアは居心地が悪そうに縮こまる。
一時の時間も惜しいハロウはそれ以上の事には言及せず、気を落ち着かせる為に対面の長椅子に座り、パイプを取り出して火を点けた。シエナも、ここぞとばかりに魔樹棒を咥えてマッチで火を点ける。
それを見たハロウはシエナの方に灰皿を押しやって、話を続けた。
「さて、本題ですが。明日は市街地でパレードがありましてね。どうしても今日の夜までに、下水道に潜んでいる魔物を全て討伐して欲しいのですよ。」
「ほう全滅か。普通ならどれくらいかかるもんなんで?」
「そうですね。前来てくださったDランクのハンターが二週間ほどで終わらせていました。」
「なるほど。それで今回の期限も二週間と。」
「はい。ですが残り半日しかない現状で全ての魔物を狩れるのですか?」
「問題ないぜ。その為に二人で来たわけだしな。」
シエナはそう言いながら煙を深く吸って吐いた。室内には煙草と魔樹棒の煙が充満して異質な匂いのする空間となったが誰もそこには触れない。
「ハハハ。威勢の良いお嬢さんだ。お若い二人が協力すれば確かに早く終わるかもしれませんが…半日で終わるとは思えませんね。」
ハロウは睨みつけるように二人を見た。マリアは「ひっ!」と体をさらに縮こませるが、シエナは美味そうに煙を吸うだけだった。
「まあ、今日の夜には分かるよ。時間が惜しい、下水の地図を頼むよ。」
「…用意は出来ています。ちなみに魔物の個体名は大鼠です。夜の市街地にも度々出没しており、すでに一〇体以上には繁殖していると。」
「ああ、問題ない。行くぞマリア。」
「あ、はい‼」
ハロウが机の上に置いた資料を乱暴に取ったシエナは部屋を出ようと扉を開けた。そこでハロウから声を掛けられた。
「急いでいるところ申し訳ありませんが、最後に一つよろしいですか?」
「あ?なんだ?」
「そちらの子はEランクだと聞いているが…君のランクは?」
ハロウの言葉にシエナは面倒くさそうな顔をするが、依頼だと割り切って服の中に入っていたハンターランクを表すペンダントを外へ出した。
それを見たハロウは目を見開き、次に疑いの眼差しとなった。
「あなた…それは本物ですか?」
「ああ、本物だ。まあ、信じられないかもしれんが今夜に真偽は分かるよ。」
「え…ええええ‼」
マリアも信じられないという顔で、口を両手で覆った。
ハンターのペンダントは木板から始まり、ランクが一定量上がることで鉄板になる。また板には羽のマークと星のマークが描かれており。羽の枚数が多いほどランクが高く、そこに星が付いていると+であることを意味している。
シエナのペンダントは木板でも鉄板でもなく金でできていた。そこには三つの羽が描かれており左側には星のマークが刻まれている。
これは国内に数人しかいないSSランクのハンターだという証拠だ。
マリアは信じられないという顔でシエナを見た。シエナはその顔が気に入らなかったのかマリアの髪を引っ張って、急かすように怒鳴る。
「なんでお前も驚いてんだよ!ほら行くぞ!夕方までには終わらせんぞ!」
「痛いでずうううう!引っ張らないでくださいいいいい!」
二人の少女の声は遠ざかっていき、ハロウだけが部屋に残った。
「ハハハ。あんな女の子がSSランクか…世も末だな。」
ハロウは、閉まった扉をじっと見つめたままそう呟いた。




