3-1 白竜の神殿
次の日の朝、宿屋にいたシエナの元までマリア拘束の報を伝えにきたのは、バリスとベンだった。どうやらギルド経由で知ったらしい。
「――だそうだシエナ。お前マリアが何したのか知らないか?」
「悪い子じゃないと思うんスけどねー。」
「さあな。まあ本当に悪いことしてないならすぐに釈放されんだろ。」
「さあなってお前な。大事な女じゃなかったのか?」
「あぁ⁉うるせぇな!今から仕事なんだよ!どけや。」
「シエナ?」
「バリスさん、こんな奴ほっときましょ。勝手な奴っスから何言っても無駄っスよ。」
そう吐き捨てるように言うベンを尻目に、シエナはさっさと宿を出る手続きを終わらせる。
「おうバリス。数日後に大仕事がある。死にたくなかったら十分な装備にしておくんだな。」
シエナはそう言うとドアを閉めて宿屋を出て行ってしまった。
「数日後か。」
「バリスさん。あんなやつの言うこと聞く必要ないっスよ。」
「……」
バリスは何かを考えるように、閉まったドアを見たまま顎に手を当てるのだった。
「シエナ。今日は一段と荒れていますね。」
「ああ?夜の楽しみが無かったんだ。当たり前だろうが。」
「そんなに苛立つなら、『玩具』を手放す選択をしなければ良かったものを」
「うっせ。まさか拘束されるとは思わなかったんだよ。」
シエナは小さな火の球で顕現したヴァンスと話しながら歩いていた。早朝の王都は人影もまばらだ。
「ヴァンス。アタシが言ったこと、昨晩に済ませただろうな?」
「はい。滞りなく。このままいけば『作戦』は順調に進むと思われます。」
「ならいいんだ。」
火の玉からの報告を聞いて、シエナは少し機嫌を良くした。シエナが魔樹棒を咥えると、すかさずヴァンスが火を点ける。
「さて、シエナ。今日はどのようなご予定で?」
「王都の用事を済ませたら、速攻で宰相からの依頼を終わらせる。国の最北端にある山で出現した大型魔物の討伐だとよ。」
「これはまた、往復で7日と言ったところですかな?」
「だな。どうしても高ランクハンターを王都から遠ざけたいらしい。」
嘲笑めいた顔でシエナは煙を吐いた。ヴァンスも同意とばかりにフフッと笑う。
「ッチ。まあ、まずはメインイベントからだな。ほらヴァンス目的地に着いた。戻れ。」
「御意に。」
ヴァンスは短く答えると、スッと蝋燭の炎が消えるように体を霧散させた。
シエナは咥えていた魔樹棒の火を消しポケットに突っ込むと、前方に向かって軽く手を振った。
目の前にそびえるのは白竜の神殿。大陸で採れる希少な石で造られたその建物は、朝もやの中、昇る陽に照らされて荘厳な雰囲気に包まれている。真っ白な柱に支えられた立派な門には竜のレリーフが施され、その前では二人の門兵が槍を立てて仁王立ちしている。
そんな門兵の間に白竜の巫女であるアリクが立っており、シエナに手を振り返しながら小走りで向かってきた。
「シエナさんお待ちしておりました!昨日ぶりですね!」
「お、もう起きて着替えてんのか。偉いぞー。」
「ふふん。あたりまえです!巫女ですから!」
アリクはドヤ顔で胸を張った。
シエナは昨日のうちに竜官庁への訪問を予約していた。ダメ元だったがどうやらアリクが手をまわしていたらしい。
「大型魔物を討伐する前に神殿で礼拝したいと聞いております。」
「…そうそう。一人で行くからさ。はくりゅーさまの加護を受けたくてな。」
町の教会とは違い、神殿は特別な理由がなければ礼拝堂はおろか敷地内に入ることはできない。一般人は、竜官庁の人間に許可を得ることでようやく入ることが出来るのだ。
今回は巫女が許可したので、この程度の理由で入れるが、SSランクでもまず入ることはできない。ただ今は入ることが出来ないようでアリクは申し訳なさそうな顔で喋った。
「すいません。現在は神官が朝の礼拝をしておりますので、もう少し待っていただけないでしょうか?あと1時間ほどと聞いております。」
「じゃあ、その間どうするかねー。そういや飯食ってないな。一緒に来る?」
「あの、行きたいのは山々なんですけども許可が出るか…。」
「じゃあ聞いてきな。あ、これ持っていけ。」
シエナはアリクに自分のハンター証であるペンダントを渡す。
「これ見せながら、これ持ってるやつと行くって言ってみな。」
「はいっ。行ってきます!」
「おう。行ってらっしゃい。」
アリクは嬉しそうに返事をすると大急ぎで神殿の中に入って行った。
「おいふぃいです!」
「朝からパンケーキってどうよ?」
SSハンターが一緒なら特別にと30分の外出許可が貰えた。アリクはご満悦でパンケーキを食べている。
「シエナさん!これ美味しいです‼シエナさんは食べないのですか?」
「朝っぱらから喰いたかねぇわ。アタシはこのハムサンドで十分だよ。」
シエナの言葉にアリクは残念そうな顔をしたが、ケーキを頬張ることはやめない。
「そうですか…。そういえばマリアさんが拘束されたと聞いているのですが。」
「ああ、面接で宰相の気に喰わないことでも言ったんだろ。」
「チャイカルヤードさんを知っていると答えた後すぐに拘束されたと聞きました。シエナさんはチャイカルヤードさんについてご存じですか?」
シエナは真顔になるとじっとアリクの顔を見た。
「チャイカルヤードねぇ。知りたい?」
「この国の巫女として知っておきたいとは思います。」
シエナは一瞬躊躇いはしたが、真剣な眼差しで見てくるアリクに嘘は付けぬと、ため息を吐いた後に語り始める。
「しょうがねぇな。チャイカルヤードは一児の母だ。八年くらい前に他界しているがな。」
「え?すでに亡くなられているのですか?」
「ああ、四歳のガキを連れてアターニャ王国から亡命したが、その先で病死しちまったのさ。」
「そのお子様はどうなったのですか?」
「同じ村に住んでいた気さくな兄さんに引き取られて、世話になっていたが村が魔物に襲われて壊滅。他の村に避難したが、なんやかんやあって捨てられた」
「…ではその子は…。」
「んでガキがアタシだ。」
「…え?」
アリクは、少しして間抜けな声を出した。
「シエナさん?もしかしてチャイカルヤードさんとは…、お母様ですか?」
「そうだな。」
「ちなみに宰相さんの質問には何と答えたのですか?」
「知りませんって答えた。」
「大嘘じゃないですか!」
アリクは机をバンと叩いて立ち上がった。早朝だったため客はいなかったが、店員が何事かとこちらを見ている。
「こら大声出すなや。」
「すいません。…ではなぜマリアさんは知っていると答えたのですか?」
「そう答えろと指示しといたからな。」
「それはどうしてです?」
訝し気な顔をしたアリクにシエナは肩をすくめながら答えた。
「いや、アターニャ王国の女をどうして探してるのか知りたくてな。まさか監禁するとは思わなかったが」
「…なにかあるということですね…」
顎に手を当てウーンと考え込むアリクに今度はシエナから話しかけた。
「うっし。アタシが秘密を教えたんだから、次はアタシの番な。」
「…竜官庁関連でなければお教えしますよ?」
アリクは少し警戒した顔でシエナを見た。昨日の今日でさらなる機密事項は漏らしてはならないという強い意志を感じた。
しかし、シエナの質問は竜官庁ではなく王政の方だった。
「いやね、そっちに宰相から何か通告とかなかったかなーって」
「ジェーンズさんからですか?一応、十日以内に大事な催し物をするから必ず王都に待機せよとは聞いています。この件でお母様も帰ってくるのですよ。」
アリクは嬉しそうな顔でシエナに言うが、シエナは逆に苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「…へー。なんかこの王国に危機が訪れてる的な話とかは聞いてる?」
「いえ。なにか近場であったのですか?」
「……いや。なにもないよ。そういう話があるのかなって思っただけ。ほらそろそろ時間だぞ。早く食いな。」
「あ!そうですね!もう少しで食べ終わります!」
アリクは急いでパンケーキを頬張った。滅多に口にできないスウィーツなのだ。残すことなく食べたアリクは締めのリンゴジュースを飲んで満悦の表情を浮かべた。
「あ、シエナさん。ここで私がこのようなものを食べたことは…」
「分かってる。誰にも言わない。ほら行くよ。」
安心そうな表情をしたアリクの手を引き、シエナは神殿へと向かうのだった。




