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第8話:シナリオ通りにいかない世界


 目を覚ますと、そこは家のリビングの天井だった。どうやら意識を手放した後、カイ様がリビングのソファでまで運んでくれたようだ。起き上がると、ケイティの声が聞こえた。



「お嬢様! 起きたのですね! 体調はいかがですか?」


「ケイティ、まだ魔力は少ない感じがするけど、もう大丈夫よ。私、結構寝てしまったのかしら?」


「いえ、数時間ですよ。アンディ様も帰ってこられたのですが、少しお話しできそうでしょうか?」


「えぇ、もちろんよ。街の状況も確認したいし」


 

 そう言って皆が座っている場所に移動する。ケイティの隣に腰を下ろし、カイ様、アンディと向かい合わせになった。



「エリアナ、もう体調は大丈夫?」


「えぇ、カイ様が運んでくださったのですよね? ありがとうございました」


「いや、とても軽かったよ。エリアナは人に料理を振る舞うだけじゃなくて、自分でもしっかり食べた方がいいな」



 ふわっと微笑むカイ様。以前だったら何とも思わなかったのに、最近カイ様の距離感がおかしいからか、いちいちドキドキしてしまう。

 二人の間に甘い雰囲気が流れ始めた所で、アンディが咳払いをした。



「エリアナ様、ちょうどお二人には話していた所だったのですが、街の状況を報告しても宜しいでしょうか?」


「えぇ、もちろん。お願いします」


「ここ最近、魔獣の目撃情報はあったのですが……どうやら、今日エリアナ様が退治して下さった魔獣が連日街に降りてきていたようです」


「なるほど、あのキツネみたいな魔獣が……」


「あの、キツネとは?」


「あ、いえ、それは大丈夫。それで?」


 アンディは『キツネ』について気になったようだが、話を続けた。



「それで……その合間も、水魔法が使える住人が退治を試みたのですが、警戒心が強いのか逃げるのが早く、なかなか攻撃が当たらなかったそうです。それで、次の日には畑が焼けたようになっていて、収穫前の野菜を食い散らかした跡が残っていたそうでして」


「それは、きっとお腹が空いていたのね!」


「そうなんです。あの魔獣、お腹が空いていたようなんです。それにしてもエリアナ様、どうしてお腹が空いていると分かったのですか? パンを投げたとケイティから聞きました」


「畑の辺りで匂いを嗅ぐ仕草をしていたんだけど……でも、本当にお腹が空いているかどうかは分からなかったわ。ただ、真っ向勝負をしたら負けると思っていたから、何かで気を引くしかないと思って。それで思いついたのがパンだったの」


「なるほど……」



 アンディは納得いったような、いかなかったような顔をしているが、本当に思いついたのがパンだったのだから仕方がない。

 


「エリアナ様が退治して気を失われた後、私もすぐにこちらに来たのですが。さらに時間が経ってから、ようやく王家の騎士がやってきましたよ。もう数日前から魔獣は現れていたというのに」


「あら、やっと来たのね! それでどうなったの!?」


「もうこちらで退治したので帰ってもらって問題ない、と帰らせました。王家はこの辺りで魔獣が出ると想定していなかったそうで、来るのが遅れたと言っていました。全く、本当に仕事が出来ない人達です」


「全くだな。あぁ、そうだ。エリアナ、魔獣が落としていった魔石はこれだよ。君が持っていると良い」



 そう言って、カイ様が魔石を差し出す。小ぶりの魔石だが、透き通った紫がとても綺麗だった。質の良い魔力が流れていることが分かる。自分の魔力に余力がある時は、こうした魔石に力を移しておいて、いざという時のために力を温存することもできるのだ。



「有り難くいただきますね」


「もちろんだよ、君が浄化したのだから。ただし!」


「ただし?」


「……あまり危ないことはしないでほしい、私が必ず助けに行くから。エリアナが魔獣と対峙しているのを見ると、私の寿命が縮まりそうだよ……」


「フフッ カイ様、優しいのですね」



 ふと、『これからも、こうやって魔獣が現れるのだろうか。瘴気の問題もあるし……根本的な解決になっていないわ』と不安が襲ってきた。



「エリアナ、どうかした?」


「えぇ、今回魔獣を退治しただけでは、根本的な解決になっていないような気がして……本当は聖女様が各地を浄化して下されば良いのですが」


「そうだな。皆、何か良いアイデアはあるか?」


「他国の聖女様をお呼びするのはいかがでしょうか?」


「効果はあるかもしれないが……各国の交渉に時間がかかるかもしれないな。

 それまでこの状況を抑え込めればいいが……それに呼んだとしても、この国の魔獣や瘴気に効果があるかは保証出来ないな」


「そうですよね……」


 

 解決方法が見出せず、少し暗い雰囲気になっていく。

 既にシナリオ通りの展開にはなっていないものの、私は乙女ゲームで把握しているシナリオをどこまで皆に話して良いのか、迷っていた。



(乙女ゲームなんて言っても絶対分からないだろうし……『何でそんなこと知ってるの?』と聞かれても、信じてもらえるかどうか……。でも、これを話してしまったら、もうここでゆっくりスローライフを過ごしていくのは無理かもしれない)



 ああでもない、こうでもないと頭で考えていたが、もうグダグダ考えるのも面倒になってしまった。



「あの……皆さんに信じてもらえるかどうか分からないのだけど……」


「エリアナ、どんなことでも話してほしい」


「寝ている時、夢を見たんです。これからどこに魔獣が現れるのか、聖女様がどこに行って浄化をすべきか……」


「それ、詳しく教えてくれる?」



(本当は夢じゃなくて、前世でプレイしたゲームのシナリオなのだけど……!)



「本当にこれ通りになるかどうかは、分かりません。でも、何もしないよりは、参考になるかもしれません」



 そうして、私はこの先どこの街でどんな属性の魔獣が現れるのか、本来なら聖女が王太子や騎士団長・魔法使い・神官らと共に各地を巡って浄化活動をするはずであることなど、三人に話していった。

 話し終えて皆の反応を伺うと、カイ様がすぐに切り出した。



「それは、あり得るね。これからその街に現れるのかもしれない。私達もそこに向かうことにしようか」


「え!! 良いんですか? もし私が行きたいって言ったら、カイ様は絶対反対するかと思いました」


「うん、危険な目に遭わせたくない、という意味では絶対止めたいんだけど。

 一緒に行こうって先に言っておかないと、エリアナ、一人で飛び出して行っちゃうでしょ?」


「ウッ……」


(私の取りそうな行動、カイ様にはお見通しなの!?)


「……図星です。反対されていたら、一人で行っていたかもしれません」


「だろう? だったら、私も一緒の方がまだ安心だ。私は水魔法に加えて風魔法も使えるし、アンディは雷魔法、ケイティは土魔法が使えるんだ。4人いれば基本属性は抑えられるし、一人より仲間は多い方が良い。まぁ、治癒魔法使いがいないのはネックだが……エリアナの作るご飯を食べれば元気が湧いてくるしな」


「フフッ カイ様、食いしん坊なのでしょうか」


「あぁ、これからも美味しいものが食べたい、というのは嘘ではないな」


「アンディとケイティも、大丈夫? 無理はしないでほしいわ」


「お嬢様!! 何をおっしゃるんですか。公爵家を一緒に飛び出した時点で、どこまでもついていきますよ! むしろ一人で行ってしまったら、私は怒っていたと思います」


「私も、カイ様が行く所にはどこまでお供します」


「みんな……」



 こんなことに巻き込むのはどうなんだろう……と思っていたけれど、そんな気遣いは不要だと皆が教えてくれた。のんびりとセカンドライフを過ごすのは難しそうだけれど、この国の魔獣や瘴気を解消してから、また時間を作れば良い。楽しみは後に取っておこう。



「みんな、頑張りましょう!! ……ついでに、現地の食材で美味しいものを作るわ!!」



 『ついで』の宣言に、3人がズルッとずっこける。やっぱり、食への想いを捨てられないのだから仕方がない。


「あ、エリアナ様。美味しいものと言えば、グラニットの住人に魔獣について聞き取りをしていた際、皆さん口々に言っていましたよ。『エリアナさんの作るパンがまた食べたい、この間騒ぎを起こした男は絶対に嘘をついてる』と」


「まぁ! それは嬉しいわね! でも、各地を巡っている間はグラニットでパンを売ることは出来ないし、どうしたら良いかしら」


「そうですね、もし出発までに数日猶予があれば、パンを販売するか……」


「あ! だったら、パン教室を開こうかしら! 前に『今度作り方を教えて』って言ってくれた子供がいたし、大人数は無理だと思うけれど……」


「エリアナ、良い考えだね。作り方を教えておけば、この後も自分達で再現できるだろう。ケイティ、エリアナが無理し過ぎないよう監視を頼む」


「もちろんです! 最近のお嬢様は(とど)まることを知りませんので、私がついておりませんと!」


「フフ、みんなありがとう!」



 その後、住人数名に声をかけて、自宅でパン作り教室を開催した。パンを焼く時は火魔法使いの力を借りたり、自宅にある魔道具で皆どうにかなりそうだ。


 こうして、グラニットで出来ることをやり切った私達は、各地を巡る旅を始めるのだったーー。




*** 

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