第7話:初めての魔獣退治
ガタガタ震えるケイティを置いていく訳にいかない。絶体絶命のピンチでも、なぜか私は冷静だった。
見た目がキツネを一回り大きくしたような感じだったから、あまり怖くなかったのかもしれない。体からは炎が渦巻き、額には小さな魔石が光っていた。
そして、昨日種を植えた畑の辺りをクンクンと嗅ぐように、歩き回っている。
(あの魔獣、お腹を空かせて街に降りて来たのかしら? もしそうならパンを取りに行きたいけど、このまま襲ってきて大火傷しそうだし、だからと言って放置する訳にもいかないわね……)
その時、私は良いアイデアを閃いてしまった。
「あ! 私、水魔法が使えるじゃない!! 自分で倒してしまえば良いんだわ!」
「おおおおお嬢様ぁっ! こんな時まで無茶なこと言わないでください〜〜〜ッ!!!」
「そうと決まれば、ケイティ! 家の中から余っているパンを持ってきて頂戴! あと魔石も!」
「魔石は分かりますけど、なぜ! 今!! パンなのですかッ!?!」
「あの魔獣、お腹が空いてそうだし、パンを食べてる最中に水魔法をかけるわ!!」
「そんな無茶な、いや、でも取ってきます!!!」
ケイティは走りながら「もうヤケクソ〜〜!!」と叫んでいて、つい吹き出してしまいそうになった。
でも、魔獣はこちらにジリジリと近づいてくる。今背中を向けたりでもしたら、襲いかかってくるだろう。昨日カイ様にもらったペンダントをぎゅっと握りしめる。
『エリアナ! 何かあったのか!?』
「カイ様、今目の前に魔獣がいるのですが……私、頑張って倒してみますね!!」
『ハァ!? ちょ、待てエリアナ、すぐ! 風魔法で飛んでいくから……!」
「すみません! お待ちしてます!!」
そんなやり取りをしている間に、ケイティが息を切らして戻ってきた。
「エ、エリアナ様っ……まず、パンですっ! ハァッハァッ」
「ケイティ、ありがとう! ほーらキツネさん! 美味しい美味しいパンですよ〜!」
「お嬢様……イヌじゃないんですから……」
ケイティは呼吸を整えながらも、私の緊張感のない発言に力が抜けているようだった。私はパンを魔獣に向けて投げる。魔獣は『アァ?』とでも言いたげな顔をしているが、クンクン嗅いでパンを食べ始めた。
その間に、私は渡された魔石を握り締めながら、自分の中心に沢山の魔力を集めるようなイメージをする。ギュウッと魔力を凝縮するイメージが出来たら、バッと両手を前に出し、そしてその魔力を一気に放出した。
あまりの威力に強さに、反動で体が倒れそうになるが、足を踏ん張って持ち堪える。
『ギィアァァァァァッッ!!!!』
大量の水を浴びた魔獣が、叫び声をあげた。それと同時に、体に纏っていた炎がシュゥゥと消えていく。あっという間に小さくなった魔獣の額から、魔石がポロッと落ちていった。
そして魔獣だった生き物は、森の方に向かって逃げていった。
その様子を見た私は、ホッと胸を撫で下ろした。ケイティはへなへなとその場に座り込んでしまう。
「お、お嬢様……お見事でした……もの凄い威力でしたね」
「えぇ、魔石があったお陰様かしら? あんなに水魔法を放出したの、初めてだわ……」
呆然としていると、「エリアナ!!」と叫ぶカイ様の声が聞こえてきた。
「あ、カイ様! 来て下さったのですね!!」
そう言って顔を向けると、カイ様に突然ぎゅぅぅっと抱きしめられる。
「え!?カイ様? ど、どうされました!?!」
「目の前で、君が大量の魔力を放出する瞬間を見て、私は卒倒しそうだった……」
「ごめんなさい、私、どうにかしないとって焦ってました」
「本当に無事で良かった……」
カイ様の私を抱きしめる力が強くなる。カイ様の香りが強く感じられて、何だかホッとしてしまった。
それと同時に、昨夜ネックレスをつけてもらった時のことを思い出して、ドキドキしてしまう。
「カイ様、魔獣にも私のパンは美味しいみたいです。フフッ」
「全く、魔獣まで手なづけるつもりだったのか? 困った人だな君は」
カイ様も笑みを溢しながら、私の話を聞いてくれている。そしてふと思い出したように、尋ねられた。
「そうだ、エリアナ。あれは本当に水魔法なのか?」
「え? えぇ、私が使えるのは水魔法と火魔法ですから、先ほどは水魔法を使うイメージをしていました。それが何か?」
「いや、ただの水魔法に見えなかったから、気になっただけだ。気にしなくて良い」
「魔石の力を借りたからですかね? いつもより威力が増したような気がします。あ、何だか眠くなってきました……」
力の使いすぎか、意識が朦朧としてくる。私はカイ様にもたれかかりながら、徐々に意識を手放していた。
(そういえば、あんな通信機能のついた魔道具、とても高価なものだわ。
きっと、持っているのは王族くらいじゃないかしら? なぜ、カイ様はあれを持っていたのかしら……)
そんな魔獣と何ら関係ないことを考えながら、意識がプツンと切れてしまった。
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