第6話:可愛いって、私のことですか?
突然の同居生活の提案に、最初はどうなるかと思ったが、カイ様は相変わらず多忙を極めていて帰りも遅かった。
(きっと、今まで無理して時間を作ってくれていたんだわ……。
無理してパン売りまで手伝わなくて良かったのに、どうしてそこまでして下さるんだろう?)
せめて美味しいものを食べて、元気に過ごしてほしい。そう思い、ご飯は多めに作ってカイ様に残しておいた。朝にはいつも「美味しかった、いつもありがとう」と置き手紙があった。
パンを売りに行けなくなって、4日目。最初は魔力を溜め込むように沢山寝て、家の掃除をしたり本を読んだりしながらゆっくり過ごしていた。でも、流石に3日も同じ生活をすると飽きてくる。前世で社畜だったからなのか、持って生まれて性分なのか、どうにもじっとしていられなかった。
「ケイティ……もう、飽きたわ」
「お嬢様、早かったですね」
「もう自分で野菜を育てようと思うのだけど、ケイティも手伝ってくれる?」
「えぇっ!? 次は野菜を自分で育てるのですか??」
「そう。何から作ろうかしら? 考えただけでわくわくしてきたわ!」
ケイティは私の突拍子もない提案に驚いていたが、もうそれも慣れてきたようだった。
早速二人で家の裏庭に行き、土づくりから始めることにした。何を育てるにしても、土の環境は重要だ。ケイティの土魔法で、深く耕すのもとても簡単だった。
「ケイティの土魔法、本当に羨ましいわ。この力があればどこでも野菜を育てられるもの。それに、野菜だけじゃなくて、お花も上手く育てられるでしょう?」
「私はお嬢様の水魔法と火魔法の方が羨ましいですよ! 侍女は水魔法が必須のようなものですから。掃除、洗濯は特に」
「確かに掃除洗濯には便利ね。まぁ、こうやってお互い助け合って生きていけば良いものね」
「えぇ、そうですよ。私はお嬢様に助けて頂いてばかりですので、野菜を育てるのはお任せください!」
ケイティが胸にドンッと手を当てて、とても張り切っている。自分の本領を発揮できるのが嬉しいようだ。
「お嬢様、庭では何を育てましょうか?」
「そうね、グラニットの土地で育てるのは何が良いのかしら? 市場にはジャガイモとかニンジン、コムギがあったけれど……」
「ジャガイモとニンジンは良いかもしれませんね。ニンジンは確か種に保水力がないので、最初の水やりが肝心ですがお嬢様の水魔法で調整はできると思いますし。
あ、あと、ラディッシュはいかがでしょうか? 育てやすいと思います」
「ラディッシュ、良いわね! 収穫出来たらサラダにしようかしら。 ケイティ、あなた本当に詳しいのね。さすがだわ、沢山勉強したのね」
その後、グラニットに住む農家さんの所に行き、種を数種分けてもらった。裏庭に戻って早速、種植えを始める。
「ふーっ ケイティ、土いじりってとても楽しいわね!」
「そのようなことを言う貴族令嬢はお嬢様だけかもしれません。私は好きですが」
「ふふ、ありがとう。褒め言葉として受け取るわね」
二人で種植えを続けていると、そこにカイ様が現れた。
「エリアナ、ケイティ! 二人とも何をしてるんだ?」
「あ、カイ様、お帰りなさいませ! 今日はお帰りが早かったんですね!」
カイ様は私達が汗を滲ませながら土いじりをしている様子に、目を丸くして驚いていた。でも、すぐに状況を把握して笑みが溢れた。
「ハハ、次は野菜を育て始めたのかい? もちろん、言い出したのはエリアナだね?」
「はい、カイ様。エリアナ様が家でじっとしていることに飽きたそうでして」
それを聞いたカイ様が「プハッ」と吹き出す。
「全く、本当に突拍子もないお嬢様だ。私に手伝えることはあるかな?」
「いえ、私の土魔法とお嬢様の水魔法で、上手く出来たかと思います。そろそろ終わりますので、もう少々お待ちください」
「あぁ、片付けだけでも手伝うよ」
カイ様に片付けも手伝ってもらい、裏庭の畑づくりは無事に終わった。部屋に戻り、私とケイティは一度シャワーを浴びることにした。シャワーを浴びてスッキリした後は、二人で料理に取り掛かる。今日はカイ様も手伝ってくれた。
「今日は何を作ろうかしら……。そういえば。カイ様の祖国、マリン帝国では何か珍しい食材などあるのですか?」
「そうだね、キアラ王国になくてマリン帝国にあるものと言えば……香辛料は色んな種類があると思う。あと、レモンやオリーブもあるかな」
「わぁ! 良いですね。香辛料があればカレーも作れそうですし、レモンケーキとかオリーブオイルのサラダとか……あぁ、早く行ってみたいです!」
「ハハ、エリアナが行きたいならいつでも招待するよ」
「カイ様、エリアナ様を口説いてますか?」
「あら、ケイティ。そういうことではないんじゃない?」
「……」
ケイティは黙ったまま、ジッとカイ様を見ていた。そんなに警戒しなくても、カイ様にその気は無いと思うのだけど……。
「そうだ。せっかくチーズも手に入れたし、これを丸ごと使って料理をしたいわね。
あ! チーズフォンデュなんてどう? 料理と言えないくらい手抜きディナーになってしまうけれど……」
「お嬢様、チーズフォンデュというのは何ですか?」
「熱々のチーズにパンやジャガイモ、ブロッコリーなんかをたっぷりつけて食べるの! とっても美味しいわよ!」
「良いじゃないか、美味しそうだし、ワインにも合いそうだ。今日は畑仕事をして疲れただろうから、手抜きくらいが丁度良いだろう」
「では、そうしましょう!」
火魔法を使って、チーズを熱々とろとろに溶かしていく。ジャガイモやブロッコリーといった食材は、ケイティがカットしてくれた。カイ様はテーブルの準備をしてくれる。
「それでは早速……」
「「「いただきます!」」」
少し硬くなったパンでも、熱々のチーズで食べやすくなった。
「アフっ ん〜!おいひいです!」
「フフッ ケイティったら、そんなに急いで食べなくても」
「エリアナ、とても美味しいよ! これが手抜き料理だなんて思えないな」
今日も美味しいご飯で皆が笑顔になってくれる。早く飲食店を開きたいな……と改めて思った。
「そういえば、カイ様はどうして早く帰ってこられたんですか?」
「あぁ、不安にさせるようで申し訳ないんだが……この辺りで魔獣が出没していたらしく、急いで帰ってきたんだ」
「「えぇ!?!」」
「こんな街中にまで降りてきているのですか?」
「そうなんだ、今回は火属性の魔獣のようだから、何かあったら私が君達を守るよ。安心してほしい」
「そうなのですね……ありがとうございます、カイ様」
さすがの私も、魔獣と直接戦ったことはないし、魔力が切れた時に接近戦となれば、剣を扱うことも出来ない。カイ様がいてくれて、安心した。
『お父様にお願いして公爵家の護衛を連れてきてもらった方が良いかしら?』なんて頭を過ったけれど、そんなことをしたらすぐに公爵家に連れ戻されてしまう……。
(突然魔獣が襲ってくることなんて無いでしょうし、大丈夫!ここはカイ様に甘えてしまおう!)
***
その後、3人でチーズフォンデュを楽しんだ後は、畑仕事で疲れたこともあり早めに自室に戻った。そこで、ふとシャワールーム隣の脱衣スペースに、薄手のストールを忘れてきたことを思い出した。
(今なら誰もいないだろうし、取りに行っちゃおうっと)
脱衣スペースのある部屋の扉を『ガチャッ』と開けた時だった。
「あれ、エリアナ? どうしたんだ?」
「キャァッ!! カ、カイ様……!?!」
シャワーを浴びたばかりのカイ様と、ばっちり目が合ってしまう。
(ま、待って、は、裸!?)
あまりにも突然のことで気が動転し、手で目を覆い隠してしまう。つい指の隙間から、カイ様が腰にタオルを巻いていることだけは確認してしまった。
「ご、ごめんなさい、もう誰もいないと思って! ストールを!取りに!」
「あぁ、これのことかな?」
近くに置いてあったストールをカイ様が取りに行き、私の様子を見て「フッ」と笑みを溢した。そして、お目当ての物を持って近づいてくる。
「あの、すみません、また後で……」
「エリアナ、はいどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
見上げると、ニヤリと笑うカイ様の顔が目の前にあった。心臓が飛び出るかと思うくらい驚いて、私は完全に固まってしまう。
「エリアナ、顔が真っ赤。可愛い」
「へっ…? かわいい……??」
「そうだ、エリアナにはこれも渡しておくね」
ストールを持つ手とは反対の手で、魔石のついたネックレスを見せられた。
「これは何ですか? 魔道具ですよね?」
「そう、エリアナに危険なことがあった時、これを少し握りしめてもらえば、私の指輪の色が変わるようになっている。少し会話もできるよ」
(何これ、前世で言うところのスマホみたいな!? す、すごい……)
驚いていると、カイ様に肩を掴まれクルッと後向きにさせられた。
「え!? カイ様?」
「ネックレス、早速つけて欲しい。エリアナに何かあっては困るから」
「は、はい……」
カイ様の体温がとても近くに感じられて、心臓の音が耳の真横で聞こえるかのように、ドクドクと激しく脈打っていた。
「あの、ありがとうございます」
「今日はゆっくり休むんだよ? おやすみ」
「は、はい……おやすみなさい……」
そう言って、脱衣スペースの扉を閉めた私は、一目散で自室に戻る。戻った途端、その場でへなへなと座り込んでしまった。
頭の中はパニックで、ブツブツと独り言が止まらない。
「え、何、あの溢れ出る色気は……!? 色気に当てられて、クラクラしちゃうわ……。あれ? そういえば、あんなスチルが乙女ゲームでなかったっけ? えぇっと、そう! クリス王太子のオフショットだわ! 『水も滴る良い男スチル』!!
でも、クリス様のオフショットより圧倒的にカイ様の方が色気が溢れ出てた……目の前で本物を見ちゃったからかな? それに『可愛い』って言ってたし、『おやすみ』は耳の真横で言われるし、もう何あれ反則でしょ……」
前世では大して恋愛もせずに死んでしまったから、こういう時にどういう態度を取るのが正解なのか分からなかった。
というか、これが恋心なのか、突然の事故でドキドキしているのか……多分、後者だろうと言い聞かせるように結論づけたのだった。
***
次の日の朝。
今日は三人で朝食を食べていた。準備をしている時、あまりにも私の動きがぎこちなくて、ケイティは何か勘付いているようだった。
「お嬢様、何かありましたか?」
「えっ!? あ、な、何も無いわよ! 寝る前に読んでいた本が面白くて、つい夜更かししてしまって寝不足なの」
「そうですか、なら良いのですが」
実際、昨日はあまり眠れなかった。そこにカイ様が登場して、さらに動きがぎこちなくなる。カイ様が何かをボソッと言っていた。
「これは俺にもチャンスがあるということかな?」
「……カイ様、まさかエリアナ様に手を出した訳では無いですよね?」
「ハハ、そんなことはしてないよ。ちょっとした事故があってね。フッ……本当にエリアナは可愛いなぁ」
二人の会話はよく聞こえなかったけれど、ニコニコしているカイ様と、何だか納得いっていない様子のケイティが私を見ていた。
この後、三人でご飯を食べた後は、カイ様は仕事があると言って外に出た。私達は家の掃除や洗濯を終えてから、畑の様子を見に行くことにした。
昨日種を植えたばかりだし、何も無いはずなのだが……
「きゃぁぁあ! な、何あれ!?!」
「お嬢様!! あれ、カイ様がおっしゃっていた火属性の魔獣では無いですか!!?」
「えぇえーーーーーーーーっ!?!」
この辺りに魔獣が出たと言っていたけれど、まさかこんな日中の街の外れに出てくるとは思わなくて。
というか、魔獣と対決するのは聖女様とその取り巻きの仕事じゃないのーーーっ!?!
「やだ、ケイティ、あの魔獣こっち見てるわよ? というか、見た目がほぼキツネじゃない!!」
「え、お嬢様、キツネって何ですか!?! ここは私が注意を引きますので、お嬢様は誰か助けを呼んできてください……!!」
ケイティは箒を持っているが、足がガタガタ震えている。こんな状況で一人残していけないし、カイ様はいない。
セカンドライフ始まって以来の、絶体絶命のピンチだったーー。
***