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第5話:異物混入騒動


 この日もグラニットの中心部に来て、朝からパンを売っていた。

 連日大盛況で沢山の人が買いに来てくれたこともあり、品数も徐々に増やしていった。その作戦がさらに功を奏したようだ。


 これだけ順調に売れていれば、当面は不安なことも無い。でも、カイ様とアンディは「何かあっては大変だから」と、2人のどちらかが必ずその日の店番を手伝ってくれていた。

 この日はカイ様が手伝ってくれていて、ケイティも長い列の整理をしてくれた。



 残りのパンや焼き菓子も半分くらいになった頃、背丈の高いがっしりとした体つきの男性が、無言でパンを2つ買っていった。何も話さないので少し不安になったが、目の端で様子を見ていると、すぐ近くに座ってパンを食べ始めた。



(食べてもらえればもう大丈夫かな……)



 と、ホッとしたのも束の間、その男性は突然大きな声を上げた。



「うわっ! なんだぁ、このパンは!? 中に虫が入ってるじゃねーか。こんな物売るなんて、どんな神経してるんだ?」



「え!?」と私も列に並んでいる人達も驚いて、声を上げた人に視線を向ける。そして、その声の主は怒った様子で、こちらにずんずん近づいてきた。



「おい、なんだこの移動販売は。客の食べ物に虫入れて、平然と売ってんのかぁ? 舐めた真似しやがって、喧嘩売ってんのか?」


「お客様、どちらのパンでしょうか? 拝見させてください」


「アァ? 客のことを疑うってのか? これだよ、見てみろよ!!」



 手に持っているパンをズイッと突きつけられると、パンを齧った箇所に小さな虫がついている。正直、後から虫を載せたようにも見えるが、そうであるという証拠もない。それに、目の前の男性は今にも殴りかかってきそうな勢いで、前のめりになっている。



「オイ、どう責任取ってくれるんだ? 早く謝罪しろよ」



 手が出そうなことに気付いたカイ様が、腰に帯同している剣に手をかけ始めた。



(これはマズイ、この場を治めなくちゃ……ここで剣でも魔法でも、喧嘩が始まったら大変なことになるわ)



「……申し訳ございません。回収をして原因を究明します。既に購入された皆さんも! 返金しますので、一度ご返却ください!」



 連日買いに来てくれている人達が、ざわざわと話し始める。



「私が食べてるのは大丈夫だけど……」

「そうだよ、このおじさんが嘘ついてるんじゃない?」

「アァ? なんだと!?」 



 その様子を見ていた小さな子供が怯えている。せっかく食を通じて笑顔が広がってきたのに……今の状況は、私が作りたかったものではない。



「購入頂いた分も返金いたします。皆さん、本当に申し訳ございません! 原因が分かるまで、販売は中止いたします! 今並んでいる方も、今日はお引き取りください……」



 そう言って、深々と頭を下げた。その姿を、カイ様が悔しそうに見ていたことに私は気付いていない。先ほど苦情を言っていた男性は、いつの間にかその場からいなくなっていた。




***




 その後、回収したパンや売り切れなかった分も含め、沢山抱えて自宅に戻ってきた。

 仕事がひと段落したというアンディも合流して、4人で向かい合ってリビングの椅子に座る。私はつい、ため息が溢れてしまった。



「はぁ……まさか虫が入ってるなんて」


「エリアナ、君は本当にパンを作る過程で虫が入ったと思っているのかい?」


「……いえ、衛生面はかなり気を遣っているので、ほぼあり得ないと思っています」


「そうですよ! エリアナ様がパンを作る時は私も手伝っておりましたが、虫なんて入っているはずがありません!」


「……ですが、絶対とも言い切れないですし、証拠もありません。真実が分からない以上、他のお客様の不安を取り除くためにも誠心誠意対応するしかないと判断しました」


「そうだったのか……すまない、あの男が手を出そうものなら、私は剣を抜いていたかもしれない」


「私を守ろうとして下さっての判断ですから、大丈夫です。それにしても、あれが故意にやったことであれば、何が目的なのでしょうか?

 誰かから指示されたとしたら、私、恨まれるようなことをしてしまったのでしょうか……」



 ケイティは『納得いかない』という様子で、鼻息を荒くしている。

 せっかく軌道に乗り始めていたのに、誰かに意図して出鼻を挫かれてしまい落ち込んでしまう。でも、誰からの指示か、何となく見当がついていた。それを察したかのように、カイ様がアンディに話しかけた。



「アンディ、瘴気や魔獣の状況はどうだ? 拡大しているのは変わらないか?」


「はい、瘴気はかなり広がっていますし、以前は街に魔獣が現れることもなかったのですが、最近は突然現れる場所も出てきているようです。

 瘴気の影響で、体調不良を訴える国民も増えています」


「そんな……」



 乙女ゲームのシナリオ通りに進んでいれば、少しずつ瘴気が減り始めて「聖女様、万歳!」という声も聞こえ始める頃なのに、減るどころか増えているなんて。


 シナリオとは違うことが起こっていることに、動揺してしまう。でも、アンディの言うことは嘘ではない。先週パンを買いに来た住民との会話を思い出していた。



『いらっしゃいませ! アンさん、今日もありがとうございます。どちらにされますか?』


『エリアナちゃん、今日はこのサンドイッチとベリーのパンと、新作の食パン、どれも2つずつお願いできる?』


『はい、あれ? 今日は多めに買われるんですね!』


『そうなのよ、いつも買いに来ているララさん覚えてる? 最近、瘴気の影響で体調を崩しているみたいで。うちお隣さんだから、代わりに買ってきてくれないかって頼まれたのよ〜』


『えぇ!? そうだったんですか? 心配ですね……。それにしても、パン食べられますかね?』


『エリアナちゃんのパンやお菓子を食べると、元気になるって言ってたのよ。だから、食べられるならしっかり食べた方が良いと思うの』


『そうですか……そう言って頂けて嬉しいです』



 アンさんから、ララさんが体調不良になっていることを聞いていたから、本当に瘴気も魔獣も増えているのだろう。

 それにしても、クリス様や聖女様は何をやっているのだろうか。乙女ゲームに登場する他の男性キャラも含めて、一緒に各地を回って浄化をしていないのだろうか?



「カイ様、今回の瘴気や魔獣の件と、パンの異物混入の件はどう繋がってるのでしょうか? まさかとは思っていましたが、もしかしてクリス様の差金……?」


「あぁ、エリアナの言う通りだよ。今回の異物混入事件は、王太子が指示したことだと思っている」


「えぇ!? 何のために? というか、もう婚約破棄されて何も関係がないのに……! でも、瘴気や魔獣が減らないことの腹いせなのかな? という考えは少々よぎっておりました」


「それはあるかもしれないな、そんな腹いせなどしている場合ではないのに。聖女に出来ないなら、力づくでも魔獣を抑え込むしかないだろう。あとは、まだエリアナに気があるのかもしれない」


「クリス様が? それはあり得ません。学園時代は私のことはそっちのけで、色んな人に愛想を振り撒いていたので」



 ハハ、とカイ様が笑い出す。カイ様から見たクリス様の印象も、同じようなものなのだろう。



「エリアナ、君は王太子のことをそのように見ていたのだな。二人は愛し合っていた訳ではないのか?」


「えぇ、確かに幼い頃から何度かお会いしておりましたが……貴族の結婚とはそういうものだと思っておりました」


「そうか。私は結婚するなら、そこに愛があると嬉しいが」



 カイ様はにこりと微笑み私の方を見る。少し甘い雰囲気を感じるのは、気のせいだろうか?



(もう、私じゃなかったら勘違いしちゃうってば……)



「それで、エリアナは明日からどうする? 原因を究明すると言っても難しいと思うが……日を改めて、また販売を始めるか?」


「そうですね……あのような騒ぎになってしまったので、当面は販売を止めようと思います。

 それに、連日水魔法や火魔法を酷使していたので、そろそろどこかで休憩しなければと思っていたんですよね!

 思ったより売れてしまったので、休むタイミングも失ってましたので。ちょうど良かったのかもしれません」



 しんみりとした空気を打破するよう、私は務めて明るく言う。

 でも、本当は自分が瘴気を浄化できたり、直接的に役に立てればどんなに良いかと思う。結局私は特別な魔法は使えない、ただの貴族令嬢なのだ。内心では『私って無力だなぁ……』とも思っていたし、余計に外面だけでも元気に見せようとしていた。



 その時、突然カイ様が何かを思い出したかのように、私に話しかけた。



「そういえば、魔獣がこの街の近くに出没したらしい。私も一緒にこの家に住んでいいか?」


「「え??」」



 私とケイティは目が点になっていたと思う。「ちょっとそこまで買い物に行ってくる」くらいのノリで言うものだから、頭が追いついていなかった。

 その言葉の意味を理解した時には、二人して大きな声を出していた。


 

「「えぇーーー!?!」」



「いや、余っている部屋とか、なければリビングのソファで寝るでも良いから。女性二人だけ、というのも何かあったら心配だと思っていたんだ。近隣の魔獣騒動が落ち着くまでで良いんだ」

 

「え、カイ様、もしかしてエリアナ様を……!? そちらの方が危ないです!!」


 

 近くにある箒を掴もうとするケイティ。それは流石にマズいのではないだろうか。


 

「おい、ケイティ、何も私はエリアナを襲うなんてことはしないぞ? 不安なら寝る時に縛ってくれても良い。いや、それではしっかり寝れないな……」

 

「ケイティ! 大丈夫よ、カイ様は私のことをそんな風には思っていないもの。ねぇ?」


 

 そう言って3人に目を向けるが、皆曖昧な表情というか……アンディとケイティは目を合わせてくれないし、カイ様はニコニコしている。


 

「え……? ちょっとよく分からないけれど、カイ様がいて下さるなら安心ですわ」


「あぁ、そう言ってもらえると嬉しい。私もマリン帝国から依頼されている仕事で夜遅くなったりするから、長時間はいないよ。

 あぁ、でもエリアナの作るご飯が食べられるなら、頑張って早く帰ってこようかな」


「カイ様、それはちょっと……完全にエリアナ様に胃袋を掴まれているじゃないですか。きちんと仕事してくださいよ?」


 

 アンディからの鋭いツッコミに、苦笑するカイ様。



 ーーこうして、私とケイティ、カイ様、3人での同居生活が始まったのだった。




***

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