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第4話:広がる幸せ、忍び寄る影


 移動販売、初日。

 私たちは、朝早くから街の中心地に来ていた。



「カイ様やアンディまで、一緒に来て下さってありがとうございます!」


「エリアナ様、これまで毎日沢山練習されていたとカイ様からも伺っております。まずは初日、無事に終えられるよう微力ながらお手伝いいたしますね」


「アンディったら、そんなにかしこまらなくて良いのに」


「フフッ エリアナ様、アンディ様はとても真面目で優しいお方なんですよ」



 ケイティに褒められたアンディは、照れた様子だった。二人は一緒に広報活動もやってくれていたので、その過程で少しは仲良くなったようだ。


 皆が来てくれて心強い反面、本当にお客さんが来てくれるのか心配で、実は昨夜もあまり眠れていない。それに、今日は焼きたてのパンを届けるためにも、夜が明ける前にはパン生地をこね始めていた。



(食へのこだわりが薄いキアラ王国の人々に、果たして受け入れられるのかしら……)



 ここまで努力してきたが、全く受け入れられないかもしれない。そんな悪い結果も頭をよぎる。カイ様が不安を察知したのか、私に声をかけてくれた。



「エリアナ、不安にならなくて大丈夫だよ。君の作るパンや焼き菓子の美味しさは、僕らのお墨付きだからね」


「そうですよ! エリアナ様。今まで食べていたものは何だったんだろう? と思うくらいには、毎日革命が起きています!」


「フフ、私は革命を起こしてしまったのかしら」



 二人に励まされて、再び元気を取り戻した。『作った本人が一番自信を持たなくてどうする?』と、何度も自分に言い聞かせる。

 そして、私達は焼きたてのパンの販売を始めたのだった。



***



 最初はまばらだった人の波も、事前の広報活動の効果もあってか、あっという間に人の列ができた。最初は皆様子を見ていたので、一人目のお客様と相対した時はとても緊張した。



「いらっしゃいませ、焼きたてのパンを販売しています。いかがでしょうか?」


「あら、これはあなたが作ったの? 見たこともないようなパンね」


「はい、私が作りました。こちらはベリーを使ったパンで、こちらは野菜やチーズなどを挟んだサンドイッチです。焼き菓子もあるので、こちらはおやつにおすすめですよ」


「どれも美味しそうね。いつも食べているような平たいパンとは全く違うわ。それぞれ一つずつ頂いても良いかしら?」


「はい! ありがとうございます!」



 その後に並んでいた親子は、子供が早速クッキーを食べ始めたので驚いた。でも、すぐに笑顔に変わっていく。



「これ、すっごく美味しい!!」


「やだ、ここで食べてしまったの!? お行儀が悪いでしょう。すみません、すぐ行きますので……」


「いえ、大丈夫ですよ。僕、クッキー美味しかった?」


「うん! これお姉ちゃんが作ったの? どんな魔法を使うの?」


「フフ、これは魔法じゃなくて、自分の手で生地をこねてじっくり時間をかけて作るのよ?」


「え! じゃあ僕にも作れる?」




「もちろんよ! やり方さえ覚えれば、誰にでも作れるわ。あとはパンを焼く時に、火魔法が使えるか、魔道具があれば良いのだけど……」


「僕のパパが火魔法を使えるから、パンを焼けるね! 今度教えてね〜!」


「えぇ、いつでもうちに遊びにいらっしゃい」



 嬉しそうに母親と一緒に去っていく少年。やっぱり自分の作ってくれた物で、誰かが笑顔になってくれるのはとても嬉しい。



(火魔法が使えなくても、魔道具がもっと手軽に入手できて一般の人も扱えたら良いのに……)



 魔法にも得意・不得意はそれぞれあるから、お互い助け合っていくのは良いことだと思う。でも、魔力持ちは貴族が多いし、貴重な魔道具を手入れられるのも必然的にお金のある貴族が多い。


 食文化もある程度は貴族の間で発展してきたが、一般市民の間では質素なものしか食べられていない。



(食に対してこだわりが無いのではなく、それを発展させる環境が無かったのかも。

 魔道具をいきなり普及させるのは難しいから、まずは飲食店を開いていつでも美味しいものを食べてもらえるようにするしかないかしら……。

 ひとまず、今は目の前のことに集中しよう!)



 気を取り直して、再びパンの販売に集中した。初日にも関わらず沢山の人に買いに来てもらえて、あっという間に売り切れとなった。



***


〈side カイ〉



「アンディ、瘴気の拡大具合はどうだ?」


「カイ様、予想以上に早く拡大しているようです」


「そうか……マリン帝国まで影響が拡大する前に、何とかしたいな。

 それにしても、この国の国王や王太子は何をやってるんだ? 聖女を召喚したというのに何も改善していないとは」


「王宮の方も情報収集しておりますが、恐らくカイ様が予想している通りかと」


「あぁ、召喚した者が聖女ではない、ということだろう? その可能性は濃厚だろうな」



 フーッとため息をつく。キアラ王国の瘴気の影響がマリン帝国にも波及する恐れがあり、その調査のため留学終了後も滞在期間を延長していた。


 もしマリン帝国まで影響が及べば、それこそ国際問題に発展してしまう。


 マリン帝国にも聖女はいるのだが、他の国でも効果があるかと言うとそういう訳でもなく、ましてや国唯一の存在となると、そう簡単には「はい、どうぞ」とは出来ないのだ。


 聖女は政治的な切り札としても、利用されてしまっている。



「カイ様、本当にマリン帝国に戻らなくて大丈夫なのですか? 私が滞在して都度報告するでも構いませんが……今は帝国の方が安全かと」


「何を言う。エリアナを危ない目に遭わせるなんて、もっての外だ。それに、私がいない間に他の男と婚約でもしたら……あぁ、そうなったら私は一生お前を恨むだろうな」


「カイ様……実は愛が重いタイプなのですね……。というか、まだ恋人の仲になっていないのですか?」


「なっ…! 私だって、すぐにでもエリアナと恋人らしいことをしたいんだ! 今はまだ距離を詰めている最中で……」



「フッ すみません、つい笑ってしまいました。カイ様ともあろう方が、こんなに慎重になるとは。私が仕えてきた中でも初めてでは?」



 弱点を見つけた、とでも言うように『ニヤリ』と口の端を上げるアンディ。


 学園にいた頃から私がエリアナに片想いしていたことを知っているから、グラニットで再会してすぐに想いを伝えるとでも思ったのだろう。


 早く伝えたい気持ちと、失敗したら絶望する……という気持ちの両方が混在していて、まだエリアナに自分の想いを伝えられずにいた。



「あ、カイ様。今日パンの販売時に、遠くからこちらを見ている怪しい奴がいたと思うのですが」


「あぁ、アイツな。クリス王太子の差金か? 何もしてこないと良いが」


「はい、私もその男については調べておきます。聖女様の件も上手くいっていないようですし、何より王太子殿下はエリアナ様にまだ未練があるかと」


「自分から捨てておいて、良いご身分だな。エリアナは絶対に渡さない」


「……それは、早く恋人になってから言ってください」


「ハハッ アンディ、お前、結構厳しいな?」



――その後も、エリアナは連日、グラニットの住民に向けて移動販売でパンを売り続けた。噂が噂を呼び、並ぶ列がさらに長くなっていった。


 そして、移動販売を始めて1週間後。突然、事件は起きた。



***

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