第3話:街の人にもお裾分け
「カイ様! アンディ様も、突然こんな所にどうされたんですか?」
「やぁ、エリアナ。久しぶりだね。この街に用事があって来たんだが、この家の前からとても良い匂いがして、ついドアをノックしてしまったよ。
ここはエリアナが住んでいたんだね。何を料理していたんだい?」
そう言って、カイ様が室内を覗き込もうとしている。
誰かのお腹からタイミング良く『グ〜』と音がして、つい皆から笑みが溢れてしまった。
そして、カイ様の隣にいたアンディ様が手を挙げた。
「……すみません、お腹が鳴ったのは私です」
「フフッ せっかくなので、皆さんでご飯を食べませんか? ちょうどパンも焼けたと思うので。
あと、パンの発酵を待っている間、シチューの下ごしらえもしておいたので食べられますよ。ハムやチーズも用意してあるので是非」
「エリアナがパンを焼いたのか? 食堂や学校でよく食べていたパンと違うな。ふっくらとしていて、とても美味しそうだ」
「はい。侍女のケイティにも手伝ってもらい二人で作りました。食材を市場で調達して、スライムにも酵母菌を生み出してもらいまして……」
「スライムをそのように応用するとは、面白いな」
カイ様が感心するように「なるほどな」と頷いている。
「このシチューというスープは何だ? ただの野菜スープではなく、白いスープに見えるのだが。ミルクが入っているのか?」
「カイ様、さすがです! 少し高級な食材になりますが、ミルクを入れています。その他にはジャガイモ、ニンジン、タマネギといった野菜も入れていますし、鶏肉、コムギコなども入っています。決して甘ったるいスープではありませんよ」
「そうか、早速頂こう」
「あ、今日はこの家での初めての食事なので、ワインも用意しました!皆さん、乾杯しましょう!」
早速、皆でグラスを寄せ合って乾杯した。見たことの無いスープに躊躇うかと思ったものの、カイ様が最初に口につけた。そして……
「うん! 美味い! 初めて食べる味だな。エリアナ、この料理はどこで学んだんだ?」
「あ、えっと……創作料理です?」
(前世の知識、ありがとう……!)
「とっても美味しいです、エリアナ様! 公爵家でもこの料理は出たことがないのではないでしょうか? それに、パンと言えばもっと平べったいと言いますか、これ程ふっくらしておりませんし」
「美味しいですね。マリン帝国のパンも平たいものが多いです」
「あ、そうだ」とふと思いついたようにアンディ様は続ける。
「エリアナ様、私のことは『アンディ』とお呼びください。私はカイ様の護衛騎士ですので、エリアナ様に『様』付けで呼ばれるのは心苦しいと言いますか……」
「あら、護衛騎士ということは、カイ様はマリン帝国で偉い立場でいらっしゃるのですか?」
「まぁ、エリアナと同じような貴族だよ。アンディの言う通り接してもらえると嬉しい」
「そうですか? かしこまりました」
カイ様の素性は詳しく知らなかったけれど、貴族であること以外の情報を話さない点を踏まえると、これ以上根掘り葉掘り聞かない方が良さそうだ。
私達は引き続き、食事と歓談を楽しんだ。皆でご飯を食べ終わる頃には、私はセカンドライフの新しい目標を見つけていた。
「私、いつか自分で飲食店を開きたいです……! こんなに皆さんに喜んで頂けて、笑顔を見れてとても幸せです。
あ、でもその前に。色んな国を旅して、その土地の食材や料理を食べて、もっと食について勉強したいです」
公爵家の娘ということもあり、今は定期的にお金を渡されている。でも、もう魔法学園を卒業した私は良い大人だ。
これからは自分の力で生計を立てていきたいし、出来ることで人の役に立ちたい。
「貴族の令嬢が自分で経営をするなんて……」と一般的には白い目で見られるかもしれない。それでも、この想いを止めることはできなかった。
そんな私の想いに対して、最初に反応してくれたのはまたしてもカイ様だった。
「それは良い考えだね。こんなに美味しいご飯が毎日食べられるなら、人も沢山集まるだろうし。キアラ王国の食文化も発展するに違いない。
旅に出るのも良いけれど……マリン帝国に是非来てもらいたいね。ちなみに、今日作ったもの以外のメニュー案はあるのかい?」
「はい! 他にも作りたいものは沢山あります! 明日から早速練習していこうかと思います。婚約破棄されて時間を持て余していますし」
それを聞いて「うーん」と考えるような仕草をしたカイ様は、ふと思い付いたように素晴らしい提案をしてくれた。
「そうだエリアナ、いきなりお店を構えるより、移動販売のような形で売ってみてはどうかな? マリン帝国では移動販売が盛んなんだ」
「とっても良いアイデアですね! 移動販売でしたら、手軽に手に取って食べやすいものが良いでしょうか。うーん……何を作ろうかしら?」
「美味しいご飯をご馳走してくれたお礼、と言ってはなんだけど、皆で考えてみるのはどうかな? エリアナの力になれるかもしれない」
「カイ様、ありがとうございます! 是非!」
そうして、市場で食材を買い集めては、試作品を作る日々が始まった。
カイ様とアンディは仕事の合間に度々駆けつけてくれて、試食をして感想を教えてくれたり、重い物を運んでくれたりした。
そんなある日、アンディは仕事に、ケイティは日用品の買い出しに行って不在にしており、カイ様と二人きりで試作品を作る機会があった。
「移動販売と言ったら、手軽に手に取って食べやすいものが良いですよね。それに、全く見たことがないものより、日常的に食べていて、でも少しだけ見た目が凝った物が良いかなと思っています」
「良いアイデアだね。エリアナが以前焼いてくれたパンはとても美味しかったけれど、少しアレンジを加えることはできる?」
「そうですね……うーん」
私はカイ様の意見をもとに、パンを中心にアイデアを膨らませていく。
「パンにチーズやハム、トマト、レタスを挟んだサンドイッチも良いですし、果物を使ったパンもありますね。パンに限らず、焼き菓子やクッキーでも良いですし、朝食用に食パンやフランスパンのようなものも良いですね……あ、ごめんなさい一人の世界に入っておりました」
「いや、良いんだよ。エリアナから突拍子もないアイデアが出ると思うと、とても楽しみだね。
力仕事は手伝うから、指示してほしい。今日は一日仕事を休みにしたから」
「まぁ、せっかくの休みなのに宜しいのですか?」
「あぁ、エリアナと一緒にいるととても楽しいからね」
(そういうことをさらっと言ってしまう方なのね。私じゃなかったら勘違いしてしまいそうだわ!)
にこりと微笑むカイ様の顔を見て、魔法学園時代に多くのファンがいたことを思い出す。
カイ様は濃いグレーの髪色に、目の色は薄く青みがかっていて、身長も高く引き締まった体つきから、学園にいる令嬢達が「異国の王子様みたい……」とよく騒いでいた。
カイ様は誰かと群れることなくいつもアンディと一緒にいたこともあって、令嬢達も積極的にアピールするというより陰ながらその姿を拝んでいたのだった。
反対に、王太子のクリス様は誰に対しても愛想良く振る舞っていたし、やはり王太子ということもあってか令嬢達からも人気があった。
『私という婚約者がいながら……!』とヤキモキしていたが、今となっては何とも思っていない。乙女ゲームをプレイしていた時は色んな男性キャラが登場したが、私は『王太子推し』というわけでも無かった。『箱推し』とでも言うのだろうか。
どのキャラもそれぞれ良さがあったと思う。でも強いていうなら、あのキャラとは一度会ってみたいのだが……。
「エリアナ、今何を考えてた?」
「え! あ、ごめんなさい、色々と考えを巡らせておりました」
「そう? 他の男のことでも考えてるのかと思った」
(何で考えてることがバレてるの!?)
思わず「ヒッ」と声が出てしまいそうになるが、それでは「そうです、他の男性のことを考えてました」と認めるようなものなので、務めて平静を装った。
カイ様は、揶揄うような視線をこちらに向けている。
「すみません、何を売るか集中して考えますね」
「あぁ、まずは何種類か売ってみて、反応を見ながら売るものを変えても良いかもしれないな。エリアナの負担は増えてしまうが……」
「確かにそれは良いですね。メニューは固定にせず、お客様の反応を見ながら変えていくことにしますね」
その後はひたすら生地をこねて、色々なパンを作っていった。カイ様は私のパンを作る工程を見て、改めて感心したように言った。
「パンを作るというのは、こうも手がかかるんだね。我々には魔法や魔道具があるし、こうやって手間をかけて何か作る、という考えが欠落していたような気がする」
「フフッ そうですよね。でも、こうやって無心になってパン生地を作るの、すっごく楽しいですよ」
「私も手伝ってみて良いか?」
「えぇ、もちろんです! 一緒にパン生地をこねましょう! あ、手は私の水魔法で洗って……」
「私も水魔法が使えるから大丈夫だ。あと、風魔法も使える」
「あ、そうでしたね! 以前、授業でご一緒した時に使い分けておられて素晴らしいなと思ったことを思い出しました」
「覚えていてくれたのか、ありがとう」
嬉しそうに微笑むカイ様を見ていると、何だかこちらも嬉しい気持ちになってしまう。
魔法学園にいる頃は、授業でたまに一緒になれば話すこともあったけれど、そこまで話したことはなかった。今が一番、カイ様と沢山会話をしている。料理という共同作業を通じて、互いのことを知り、心を通わせることができたような気がした。
二人で作ったものの中から、森で採取したベリーを使ったパン、野菜やハム・チーズを挟んだサンドイッチ、クッキーといった焼き菓子から販売することにした。
本当は朝食用に食パンも売りたかったが、最初なので見た目が分かりやすい方が良いだろう、という判断になった。販売する物が決まれば、後はそれに向けた準備だ。
久しぶりのパン作りということもあり、何度も練習を重ねた。アンディとケイティは仕事の合間に、街中でチラシ配りといった広報活動まで手伝ってくれた。
――そして、とうとう移動販売の初日を迎えた。
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