第20話:大切な存在
クリス様との話が終わり、アンジェロ様のもとへ戻った。部屋に入ると、カイ様はまだすやすやと眠っている。
「アンジェロ様、ありがとうございました」
「いえ、殿下とゆっくりお話できましたか?」
「はい、婚約破棄の件があってから、二人きりで話すことも殆どなかったので。久しぶりにお話しできて良かったです」
「そうですか。カイ殿はまだ眠っているのですが、そろそろ起きるかもしれません。少しだけ治癒魔法を施して、私の魔力を分けました」
「ありがとうございます」
通りで先ほどより顔色が良いわけだ。やはり治癒魔法使いの魔法は凄いな、と改めて感じた。
せっかくアンジェロ様とゆっくり話ができそうだから、マリア様のことをどう思っているか聞いてしまいたくなるけれど……二人の問題だから、余計なことを言ってはいけない、とグッと言葉を飲み込んだ。
「それでは、私は戻りますね。また何かあればいつでも呼んでください」
「はい、お忙しい所ありがとうございました」
アンジェロ様に一礼して、再びベッド横の椅子に腰掛ける。先ほどまでのクリス様との会話を思い出し、私はついカイ様の手をぎゅっと握ってしまった。
「先ほどクリス様に、カイ様が目覚めなかったらどうするんだ? と聞かれてしまいました。そんなの、答えは一つに決まっているのに……ねぇ、カイ様。絶対に目を覚ましてくださいね……?」
そう告げた時だった。カイ様の手がピクッと反応する。「え!?!」と思い顔を確認すると、カイ様はうっすらと目を開けた。
「……カイ様?」
「あぁ、エリアナ」
ずっと聞きたかった愛しい声が、私の名前を呼んでいる。
あまりにも動揺してしまい「あ、だ、誰か呼びに行かないと」と立ちあがろうとした時だった。カイ様に手をぎゅっと引っ張られる。
「待っ……すまない、水を」
「あ! ごめんなさい、水こちらです!」
久しぶりに声を出すカイ様に、コップに入った水を差し出す。それを飲み干すとコップを置き、私に近くに座るよう促した。
そして、ぎゅっと抱きしめられる。カイ様の体温と香りが、生きていることを改めて証明している。私は堪らず、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「うぅ……カイ様、生きてて良かった……」
「待たせてすまない、長いこと寝ていたんだよな?」
「あの戦いから1週間経ちました」
「そうか、その程度で済んだのは……もしかして、エリアナの光魔法のお陰かな?」
「え? どうして分かったのですか? だって、光魔法が発現する前にカイ様は倒れたのに」
「以前、君が料理をしている時に『まるでマリン帝国の聖女が放つ、光魔法を見ているようだ』と言ったのを覚えてる? 今回あの魔獣の王に勝つためには、君の力が目覚めることが不可欠だと思っていたんだ」
「まぁ……! もし目覚めなかったらどうするつもりだったんですか!? 本当に死ぬつもりで……?」
「勝負ごとには強い方だが……危険な賭けだったかな?」
「もう〜〜〜カイ様のバカバカっ もう絶対そんなことしないでください!!」
ニコニコしながら抱きしめるカイ様に対し、私は泣きながら彼の胸板をぽかぽかと叩く。すると、カイ様に涙の跡をぺろりと舐められ始めた。
「カイ様、だ、だめです! 恥ずかしいから……」
「エリアナ、可愛い。また顔が真っ赤だ。それに誰も見ていないから、大丈夫」
「カイ様に真っ赤な顔を見られるのが恥ずかしいのですっ もう〜っ」
「ハハ、すまない。怒ったエリアナも可愛いな」
カイ様に揶揄われてしまったが……もし目が覚めたら、言葉でも行動でも伝えたいことがあったことを思い出した。そして私は自ら、カイ様の唇に自分の口を押しつける。最初は驚いていた様子のカイ様も、すぐに受け入れてくれた。
「……エリアナ?」
「カイ様、愛しています。これからもずっと」
「ハハ、やっぱり大胆なお嬢様だな。でも、私もだ。愛してる、エリアナ」
そうして互いに引き寄せられるように、再び口付けを交わしたーー。
***
王家の一室を借りていた私とケイティは、一度公爵邸に戻った。
久しぶりに会った父も母も、弟・レオンも、皆感極まった様子で私を抱きしめてくれた。特に過保護な父は、我慢していた涙腺がすぐに決壊して号泣していた。心配をかけて、本当に申し訳なかったと思う。
そして翌日には、公爵邸の庭師が綺麗に整えたガーデンにマリア様を招いて、お茶会を開いた。一部のお菓子は私の手作りだ。お茶は侍女のケイティが淹れてくれた。
「マリア様、お元気でしたか? すみません、目覚めてすぐに伺えなくて……」
「とんでもないです! カイ様も目覚めておりませんでしたし、ドタバタしていましたもの。あ、私エリアナ様にきちんと謝っておきたくて……」
「なんのことでしょうか?」
「魔獣の王の言う『負の感情』が何のことか分からないまま、意識を失ってしまったのですが……。後からクリス様に聞きました。聖女としての力も発現せず、役に立てず……周りから愛されているエリアナ様への妬みや嫉妬が奥底で渦巻いていたと。嫌な気持ちにさせて、本当に申し訳ございません……」
「いえ、謝る必要はありませんよ。誰しもが黒い感情を持っていると思います」
「エリアナ様も? 黒い感情を持つことはあるのですか?」
「えぇ、いつも清廉潔白という訳ではないです。あと、私もマリア様に謝らなければならないことがあります」
「え!? 何ですか??」
「実は……以前、臨時で採用された侍女の『オフィーリア』という者にお会いしたことがありますよね? あれ、実は私なのです。ちなみに一緒にいた侍女も、変装をしたケイティです」
近くにいたケイティも、ニコニコしながらマリア様を見る。
「えぇぇぇぇ!? 全っ然気が付きませんでした! でも、どうして潜入のようなことをされたんですか?」
「それは……」
乙女ゲームの話はケイティに聞こえないよう、声のトーンを落として話す。
「それは、あまりにも乙女ゲームのシナリオと違う展開だったので、何が起きているのか調査するためです。嫌な思いをさせていたら申し訳ございません」
「いえ、嫌ではないのですが……驚きました。あのオフィーリアさんがエリアナ様だったなんて」
「はい。これでお互い隠し事は無しですよね? おあいこ、ということで。本当の意味での『友達』になれたら嬉しいですわ!」
「エリアナ様……」
目元が赤くなるマリア様を見て、ふふと笑みが溢れてしまう。隠し事がなくなって、私も心が軽くなったような気分だった。でも、他にもマリア様には聞きたいことが沢山ある。ズイッと身を乗り出して、「それで!」と切り出した。
「は、はい?」
「マリア様は、元の世界に戻るのですか? あと、アンジェロ様の件もお尋ねしたいです!」
突然の質問に目を丸くしているマリア様。すると、驚きから穏やかな微笑みに切り替わった。
「今後ですが、元の世界には戻らず、この世界で生きて行こうと思います。時間軸のズレがどれくらいあるのか、分からないというのも怖いですし……。何より、この世界にはエリアナ様もいますからね! 後、推しのアンジェロ様も!」
「まぁ、そう決められたのですね!」
「はい。お二人だけでなく、皆さん良い人ばかりですし。もちろん、今のところ無属性なので、生きづらい場面も多いかと思いますが……。それと、アンジェロ様の件ですが」
「はい……!」
「クリス様にも、アンジェロ様が好きなことは伝えました。なので、ここはアンジェロ様にもきちんと想いを伝えたいなと思っていて……今度デートして頂けませんかと思いきって誘ってみたんです!」
「まぁ! それで!?」
「はい、喜んでと言ってもらえたんです……!! もう、推しとデートだなんて、考えただけで卒倒しそうです……」
「マリア様、すごい! 大きな一歩ですわ!!」
つい拍手をしてしまう。前世で言うところの『女子会』のようなノリになっていた。
「エリアナ様は今後どうされるのですか? カイ様と結婚をして、皇太子妃に?」
「はい、そのつもりです。マリン帝国には行ってしまいますが、定期的にキアラ王国には聖女として浄化に訪れる予定です」
「そうなのですね! 今のように気軽には会えなくなってしまいますが……また、会えますよね?」
「えぇ、もちろんです。ぜひまた近況報告をしましょう!」
「あ、そうだ。出来ればエリアナ様にお願いがあるのですが……」
「??」
マリア様から思いがけない依頼をされたが、私はそれを叶えられるよう努力する旨を伝え、お茶会はお開きになったーー。
***
その後、私はカイ様とアンディ、そして侍女のケイティと共にマリン帝国に渡り、皇太子妃になるための準備を始めた。
聖女不在となってしまったキアラ王国はというと、魔獣の王・サタンを弱体化させたこともあり向こう数年は瘴気など問題にならないだろうとなった。しかし、『本当の聖女』と婚約破棄してしまった代償はとても大きいと判断され、クリス様は王位継承権を剥奪されてしまったそうだ。彼の歳の離れた弟が、王位を継承することに決まった。
クリス様は今回の一件で心を入れ替えたのか、腐敗した政治や貴族社会の膿を取り除くべく尽力した。そういった所から生まれる『負の感情』が魔獣の王の栄養になることが分かったからだろう。
そして、キアラ王国の国民がもっと手軽に魔道具を使えるよう、魔法使いのニール様と共に目下取り組んでいるらしい。魔道具が広まれば、より手軽に美味しい食事を作れるようになる。私はマリア様に別れ際に頼まれた、レシピ本を作ってキアラ王国に広めた。聖女が作ったレシピ本と言うこともあり、爆発的に流行しているそうだ。
そんな『キアラ王国の聖女様』となった私が今、何をしているかと言うとーー。
「エリアナ、調子はどうだ?」
「カイ様! 少し味見してみて頂けませんか?」
そう言って、カイ様に出来立てのオリーブパンを差し出す。今日は城内にあるキッチンの一部スペースを借りて、新作のパンを試作している所だ。
カイ様が嬉しそうにパンを食べ始めた。
「どうですか?」
「ん、このオリーブパン、オリーブの香りと程良い塩味でとても美味しいよ」
「フフ、良かったです! 試食ありがとうございます」
「これからも、エリアナの作るパンの最初の試食係は私だと嬉しいな」
今日も優しい笑顔で、甘えてくるカイ様。そんな彼に絆されてしまっている訳なのだが……でも、これからは皇太子妃になるのだから、飴と鞭は使い分けが必要なのかもしれない。
「カイ様、そろそろアンディが迎えに来るのではないですか?」
「ん、あぁ、それはまずいな……」
「あ! カイ様!! 見つけましたよ、やっぱりこちらにいらっしゃったんですね!」
紙の束を持ったアンディが、息を切らしてキッチンの入り口に立っている。カイ様は、また執務の途中で抜け出してきたのだろう。
「カイ様、すぐに仕事を終わらせて下さるのは良いのですが……突然『休憩だ!』と言って消えないでください」
「どんなに早く仕事を終わらせても、アンディはすぐに新しい仕事をたんまり持ってくるからなぁ。エリアナの作るパンを食べて休憩したくなってしまうんだ。美味し過ぎるのも、罪だな」
「カイ様ったら、食いしん坊ですね! 後ほどお菓子とお茶を執務室に持っていきますよ?」
「本当か? よし、もう少し仕事を頑張るか」
「……エリアナ様、ありがとうございます。カイ様の手綱を握って下さって感謝します」
そこでふと、カイ様が何かを思い出したようで立ち止まった。
「あ、エリアナ。今度マリン帝国の西の方に視察に行く予定があるんだが……少し余裕を持った日程で行こうと思っているんだ。向こうで採れる食材でニンニクやハーブがあるらしいんだが、一緒に行くか?」
「本当ですか!? はい、是非行かせてください! 最近マリン帝国で始めたレストランでも、新作を出したいなと思っていたので」
「よし、じゃあ決まりだな」
こうして、クリス様に婚約破棄された時には全く想像もできなかった人生を歩んでいる。
これからも各地で美味しい食材を探しながら、沢山の人に幸せを届けて行こう。そう、改めて誓ったーー。
fin.




